第七話 胸がいっぱい
鉄鼠を平らげたお雪と真琴は、満足そうだ。二人の話では脂が乗って美味らしい。妖怪ってのは、魔族より恐ろしい生き物だ。
◇◇◇◇◇◇
翌日、世話になったお絹ちゃんに別れを告げ、オレ達は宿屋を後にした。鬼骨王への手がかりを失ったオレは真琴に尋ねた。
「真琴、こう言っちゃ何だが、これからどうしたらいいんだ? オレの最終的な目標は、鬼骨王を倒すことなんだが……」
「鬼骨王? お兄ちゃん、何言ってんの? そんなの無理だよ。ボク達が束になったって、勝てっこないよ」
「真琴、タクマは本気よ。私も力を奪われたから、一太刀浴びせたいわ」
オレとお雪が真剣に話すと、真琴は一旦黙り込んだ後、再び話し始めた。
「う~ん。それじゃ、廃屋病棟に行くしかないね」
「廃屋病棟? 真琴! そこに何があるんだ! 教えろ」
「痛い……お兄ちゃん、痛いよ。話すから離して」
無意識のうちに真琴の胸ぐらを掴んでいた。まだ幼い真琴に取って、オレの力は強すぎたらしい。
「ご、ごめん。真琴、詳しく話してくれないか?」
「もう、乱暴しないでよね。乱暴はキライだよ」
よく言う。オレにバトルを仕掛けてきた分際で。
「廃屋病棟にはね、『勾玉』が眠ってるんだ」
「勾玉? それを手に入れると何かいいことがあるのか?」
「話は最後まで聞いて。実際、この勾玉だけがあってもどうにもならないんだ。各地に奉られた『剣』『鏡』、そしてこれから取りに行く『勾玉』、所謂、三種の神器を手にした者は、テイムした妖怪を究極進化させられるって話だよ」
「究極進化?」
「うん。その力を手に入れれば、鬼骨王にも勝てるかも知れない」
「成る程。興味深いな。よし、まずは廃屋病棟を目指すぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「何だ? お雪……」
「廃屋病棟には、凶悪な妖怪が巣くってるって聞いたことがあるわ」
「ビビってんのか? オレがいるんだ、任せておけ」
「う、うん」
「決まりだね。廃屋病棟は、この先の大きい川を越えた所にあるよ」
こうして、オレ達は三種の神器の一つ『勾玉』を求めて、廃屋病棟を目指すことになった。鬼骨王を倒すには三種の神器は必要不可欠のようだ。それに究極進化にも興味がある。
そうこうしていると、川のせせらぎが聞こえて来た。どうやら、川の近くに来たらしい。
「川のせせらぎが聞こえるな」
「行ってみる? お兄ちゃん」
「当たり前だ」
癒される川のせせらぎ。その音を頼りに草木を掻き分け、河原に辿り着いた。すると、そこに人影があった。
「おい、誰かいるぞ」
オレはお雪達を差し置いて、河原にいる人影に近付いた。
「おや、こんな所に旅人かい? 珍しいね」
「お前、ここで何をしてる?」
「見ての通り、小豆を研いでいるのさ。ん? 人臭いな。アンタ人間か?」
「あぁ、一応な。お前は何者だ? こんな所で小豆なんか研いでいるんだ?」
「オイラは小豆洗い。いや~、嬉しいね」
小豆洗いは、舐めるようにオレを見る。みすぼらしい格好をした気持ちの悪い妖怪だ。
「何が嬉しいんだ? 言ってみろ」
「だってな、久しぶりに人間が喰えるもんだから」
小豆洗いは小豆の入ったワッパを投げ捨て、襲い掛かってきた。
「我が主に何をする?」
気が付くと、小豆洗いの前に立ち塞がる手の目。心強い――。
「て、手の目! こいつは分が悪い」
「やめな。小豆洗い。アンタの勝てる相手じゃないよ」
後から追い付いて来たお雪が、小豆洗いに言い放った。
「お、お雪。何故、こんな所に……」
小豆洗いは恐れをなし、一歩身を引いた。
「お雪、コイツを知ってるのか?」
「うん、知ってるよ。コイツは私のライバルの川姫の舎弟だよ。恐らく、その川姫も近くにいる……川姫! いるんだろ? 出てきなよ」
お雪がそう言うと濁流の中から、肩まである黒髪を束ねた美しい女の子が現れた。大胆なビキニ姿に、豊満な胸。その女の子は潤んだ瞳でオレに近付いてきた。
「あら、いい男ね……」
軽いボディタッチ。人見知りしないというか、姿もそうだが大胆な女だ。そんなことを思っていると、左腕に川姫がしがみついてきた……。
「ちょっと、川姫! タクマを誘惑しないでくれる?」
負けじと、お雪も右腕にしがみつく。悪い気はしないが……。オレは思わず言葉を失った。
「あらあら、大丈夫?」
「だから、川姫! やめてよ。タクマが困ってるじゃない」
オレは冷静になり、我に返った。
「オレは大丈夫だ」
「ごめんなさいね。私があまりに魅力的だから……私って罪な女……」
「川姫のそういうとこが、キライなのよね」
「別にお雪に好かれなくったっていいわ。私にはタクマさんがいるもの。ね?」
「ん? あぁ……」
オレは川姫の気迫と色気に負けて、そう答えた。お雪は膨れっ面で、オレを睨む。後が怖い……。
「タクマさん、あのね。お願いがあるの?」
「な、何だ?」
直立不動のまま、そう返す。何があっても断れない状況だ。
「ほら、始まった」
お雪は腕組みをしながら、更に機嫌が悪くなった。女心はわからない。
「タクマさん、病田の霊を倒して欲しいの。最近、この辺を荒らされて困ってるんだけど、小豆洗いじゃ、役に立たなくて……。ねぇ、お願い……」
神妙な面持ちで話す川姫。さっきまでとは違う切実な表情だ。
「任せてくれ。そいつもオレがテイムしてやるぜ!」
と、オレはまだ見ぬ強敵に喜びを感じそう言った。その一言が、オレに更なる災いを招くとは知るよしもなかった。