第六十五話 不安より期待
オレは拳を握り締め、水天坊を具現化した。しかし、戦いには手を出さない。この場で義経達を助けたいのは山々だが、卑弥呼が言っていた通りそれでは作戦が水の泡だ。不甲斐ない自分に怒りを覚えながら、その時を待った。
「タクマ殿、今は辛抱の時……あの二人のことです……必ずや、再び立ち上がり作戦を実行してくれるはず……」
「あぁ、わかった。でもな、オレが危ないと感じたら、行くからな!」
「その時は、お任せします。わらわには、止める権利はございませぬ……」
「いや、そこまで言わなくても……」
「あっ! タクマ殿。二人が……」
卑弥呼にそう言われ、再び視線を二人に向けると、お互い傷付いた体を庇い合いながら立ち上がろうとしていた。
「大丈夫か? 弁慶」
「だ、大丈夫だ。お前に心配されるようじゃ、弁慶の名に傷が付く……それより、自分の心配をしたらどうなんだ?」
「よく言う……」
「お前もな。さぁ、義経。もう一踏ん張りだ」
「あぁ……」
傷付きながらも、相手を思いやる二人にオレは心を打たれた。その二人の絆に、オレの入る隙はない。妬いているわけではないが、つまりはそういうことだ。
「タクマ殿、見て下さい。ほら、二人が立ち上がりましたよ」
「あぁ、オレも見習わないとな」
義経は膝丸を構え、弁慶は薙刀を構える。そして、背後を取られぬように背中を合わせた。
「弁慶、準備はいいですね?」
「おう! 俺はいつでもいいぜ。なぁ、義経。この戦いが終わったら昔みたいに釣りでもいこうぜ」
「それもいいですね。その為には、生きて帰らないとです」
「あったりめぇだ」
「弁慶、お喋りはそこまでです。来ますよ!」
ヤマタノオロチはペロリと舌を出し、咆哮をあげながら長い首で二人を襲った。その攻撃は先程より、スピードが感じられない。
「どうした、ヤマタノオロチ。さっきより、キレがないぞ!」
「グォォォ! 早急に死なれても困るからな。もっといたぶらないと、我の怒りが収まらん……」
「言ってくれるぜ! 俺の薙刀で、その自信を打ち砕いてやる」
弁慶は、活発化する残り七つの頭に向かって薙刀を振るった。そして、その薙刀は、見事に二つの頭を巻き込み牙ごと叩き割った。
「どんなもんだ。俺はまだやれるぞ!」
弁慶がそう言ったのも束の間、ヤマタノオロチは素早く切り返し弁慶の腸に鋭い牙で食らい付き、噛み砕いた。
「どぁぁ……」
先に叫び声をあげたのは弁慶の方だった。その姿を見て、義経が声をを張り上げた。
「弁慶! 無事か?」
しかし、弁慶は弱々しく呼吸をするだけだ。
「己れ――! 弁慶を!」
負傷した弁慶を横目に、冷静さを失った義経が斬り込む。しかし、その攻撃は義経らしからぬ杜撰なものだった。結果として、義経は一太刀も浴びせることなく、額を床につけた。
「卑弥呼! オレはもう行くからな!」
「仕方あるまいな。わらわも行くとするか」
義経達のピンチ。作戦なんて関係ない。ここで出て行かなければ男じゃない。後悔なんてしたくない。
「バトルフォース展開!」
オレはヤマタノオロチの前に立った。
「何だ? もう一匹ゴミが混じっていたか?」
「ヤマタノオロチ! わらわもいるぞよ」
「き、貴様は卑弥呼! ちょうどいい。我をここに閉じ込めた恨み……晴らしてやるぞ!」
「怨念の鎖に繋がれたお前に何が出来る?」
「小賢しい……こんな 物、断ちきってやるわ!」
鎖に繋がれたヤマタノオロチは、全身に力を込めるも断ちきることは出来なかった。
万が一、この忌々しい鎖が断ちきられたらどうなるのだろうか? 今の状態でもあの攻撃力……飛んでもないことになることは安易に予想がつく。これは楽しみだ。オレは心の底から、喜びに震えた。
水天坊 LV20 ランクB 水に強い
HP269 MP54
攻撃力61
素早さ48
1 クリティカル
2.3 通常攻撃
4 ミス
5 おばけ胡瓜
6 水遊び
茨木童子との戦いで途中交代した水天坊だったが、レベルは上がっていたようだ。それはいい。問題は卑弥呼の方だが……。
卑弥呼 LV25 ランク 特性 神々の力
HP350 MP210
攻撃力45
素早さ50
スキル『神の手』『治癒』
流石に言うだけのことはある。猫の手も借りたいこの状況……戦力になるとオレは感じた。そして倒すべきヤマタノオロチだが……。
「じいさん、頼んだぜ」
オレは、妖怪大翁に探るように頼んだ。
「タクマよ。策が失敗した今、ヤマタノオロチを倒すには、ちと厳しいわい」
そんなことはわかなかっている。オレはより期待が膨らみ、ステータスに目をやった。
ヤマタノオロチ LV25 ランクA
HP255/510 MP25
攻撃70
素早さ48
スキル『噛み砕き』
成る程。体力と攻撃力だけのデカイ龍ってわけだ。しかも、義経達の活躍によって半分くらいは削ってある。
オレは僅かに抱いた“期待”ってやつに失望を感じた。尤も、怨念の鎖を断ちきった奴の強さはわからんが。
「義経、弁慶。あとはオレ達に任せろ!」
「忝ない……」
オレは二人を後退させると、ヤマタノオロチを指差しながら言った。
「さぁ、始めようか……地獄への片道切符を受け取れ!」




