第六十三話 乱舞! 甘寧
「お嬢ちゃん、下がってな。ここは俺様に任せてくれ」
「は、はい。甘寧さん」
川姫は甘寧の言葉に甘え、石化したお雪に駆け寄った。
「さて……。何だか知らねぇけど、若い姉ちゃん相手に弱い者イジメは感心できねぇな」
「お前には関係なかろう?」
「確かに関係ねぇ。たがな、美女を放っておけないタチでね」
「余程自信があるようだな。メデューサよ、この雑魚を叩きのめしてやれ」
「酒呑童子様、仰せのままに」
メデューサが前に出ると、甘寧は首に下げた鈴を鳴らした。そして静かに腰に掛けていた鎖鎌を手にすると、弧を描くように振り回した。
「さて、行きますか!」
甘寧は、羽飾りについた羽を撒き散らしながら、高速回転させた鎌を器用に操り、メデューサの脇腹を切り裂いた。
「おぉ、蛇女。今のを喰らって立っているとは、なかなかやるな」
「何だい、あたいを見くびっているのかい? 石におなり!」
メデューサは眩い光を放つと、鋭い眼光で甘寧を凝視した。
「お前の技は、お見通しなんだよ」
甘寧はメデューサと目を合わせず、目を瞑りやり過ごした。
「ちょっとはキレるようだね。でも、目を瞑ったままじゃ戦えないね。この勝負、あたいが頂くよ」
「それはどうかな?」
甘寧は目を瞑ったままメデューサに駆け寄り、踊るかのように鎖鎌を振り回した。その姿は、まるで目を開いているかのような立ち振舞いだ。所謂、心眼というものだ。
鎖鎌が鈍い音を奏でると、メデューサは真っ二つに分断され、断末魔さえあげることなく呆気なく地面に倒れた。
「へっ。口ほどにもない奴だ」
ニヤリと微笑みを浮かべ、白い歯を見せる甘寧は、汗一つかかず呼吸の乱れさえない。
「蛇女も撃破したことだし、そっちのお嬢ちゃんも呪いが解けるだろう」
甘寧の言葉通り、お雪を初め、この国の民が石化の呪いから開放された。
「甘寧さん、お雪が……ありがとうございます。お雪、この方が呪いを解いてくれたのよ」
「まぁ、ありがとう。結構いい男じゃない」
「お嬢ちゃん達、礼はこのデカイ奴を倒してからだ」
「メデューサをたった二発で仕留めるとは。甘寧とやら、我輩は誤解をしていたようだ。どうだ? 我輩と一緒に来ないか?」
「生憎、野郎に興味がないもんでな。丁重にお断りするぜ!」
「そうか、それは残念だな。ならば、死を選ぶがよい」
「へっ、やれるもんならやってみろよ」
甘寧はそう言うと、手に持った鎖鎌を腰に掛け、背中に背負った青龍刀を手にした。甘寧は、その巨大な青龍刀を片手で軽々と持った。
「さぁ、デカブツ。この青龍刀の切れ味を試させてくれ。尤も、切れ味なんざ関係ねぇ、力で叩き斬るんだがな」
「愚か者めが!」
甘寧は素早く酒呑童子に足払いを掛け、体勢を崩した所に青龍刀を降り下ろした。
酒呑童子はそれを払いのけ、甘寧の背中に強力な拳を浴びせた。
お雪と川姫には何が起きているかわからない程の、連続攻撃の攻防だった。
「かはっ……。いってぇな。一瞬、呼吸が止まったぞ!」
「ほう、我輩の拳を喰らって立っているとは、ますます気に入ったぞ」
「そりゃ、どうも」
甘寧は息つく間もなく、酒呑童子の背後に回り込み、飛び膝蹴りを喰らわせると、足元に青龍刀を振るった。
酒呑童子も負けじと甘寧の胸元を掴み上げ、そのまま地面に叩き付けた。
「お、面白れぇ。一つ訂正させてくれ。ただのデカブツじゃなく、なかなかのデカブツだ」
「笑止!」
酒呑童子は、巨大な足を甘寧に向け振り上げた。しかし、そこに甘寧は居らず、羽飾りから溢れた数本の羽だけが舞っていた。
「何処狙ってやがる。俺様はここだ!」
空高く跳躍した甘寧は、両手で青龍刀を持ち酒呑童子に向け一直線で飛んできた。
甘寧の青龍刀は、酒呑童子の三本の角を弾き飛ばした。
「つ、角が。我輩の角が。貴様……我輩をコケにしおって。許さんぞ――っ!」
三本の角を失った酒呑童子は、怒り狂い甘寧の鳩尾目掛け体当たりした。
「かはっ……うぐっ。馬鹿力が……」
流石の甘寧も、この攻撃には一瞬恐怖を覚えた。しかし、恐怖を覚えたのは甘寧だけでなく、酒呑童子も同じだった。
どちらかが隙を見せた時点で、雌雄が決する。甘寧は痛みを覚える中、そんなことを思っていた。
「な~にしてるんだ、甘寧。面白そうなことしてるな」
そんな中、白馬に股がり颯爽と一人男がこの地にやって来た。甘寧はそうの男に向け言った。
「おぉ、凌統。遅ぇぞ!」
「すまん、すまん。ちょっと船の手配に手間取ってな。で、何だ? このデカイ奴は?」
「あぁ。ちょっとこの美女達を守る王子様になってたとこだ」
「そうか、ならば俺も手伝わせてもらおうか」
凌統の朱に染まるその武闘着は、細部にまで拘った龍の刺繍が施されていた。そして腰に掛けた曲刀の鞘には、色鮮やかな装飾があしらわれてた。見るからに、甘寧とは対照的だ。
「くっ……こうなっては分が悪い。不本意だが、出直すか……」
「逃げんのか?」
「次に会う時まで、首を洗って待っているがよい。さらばだ」
「甘寧、追わなくていいのか?」
「去る者は追わないのが、俺様の主義だ」
「お前らしいな」
見知らぬ二人の活躍でお雪と川姫は救われ、邪馬台国は再び平穏な日々を取り戻した。
一時的に酒呑童子は去ったが、アイツはまだ戻って来るに違いない……お雪と川姫はそう思っていた。




