第五話 座敷わらしの真琴
夕食はお絹ちゃんの計らいで、豪華な食事にありつけた。何の肉かはわからないが、兎に角、オレの口に合った。
「お絹ちゃん、旨い肉だな。これ何の肉だ?」
「ネズミですよ。この村で一番の贅沢と言ったら、ネズミ料理ですから。この宿で、一番のおもてなしですよ」
「ふぅん。ネズミの肉ね……。ネ、ネズミ?」
それまで絶品だと思っていた肉が、ネズミだと聞いて吐き気を催した。
ネズミといったら、かつてオレの配下にいたケルベロスのエサだ。がっついて食ってた自分が情けない――。
「悪い……ちょっと外の空気吸って来る」
気分を落ち着かせる為に、オレは座敷を後にした。
「タクマ、どうしたのかな?」
「厠じゃないかしら」
思いの外、広い宿屋。特に明かりもなく、薄暗い廊下を手探りで歩く。静寂の中、廊下の軋む足音だけが後から付いてくる。
「ねぇ、遊ぼう……」
今度は空耳か。とんでもない物を食ってしまったから、意識まで可笑しくなったか。
「遊ぼうよ」
いや、空耳じゃない。確かに聞こえた。遊ぼうっていう声を――。
「誰か居るのか?」
か細い声で返す。幽霊が出ても不思議じゃない、この宿――。
妖怪ならまだしも、幽霊だけはごめんだ。幽霊に弱いのがバレたら、それこそ元魔王としての名折れだ。
「ここだよ、ここ」
暗闇に目が慣れ、声のする方に目を向けると、おかっぱ頭の子供が立っていた。人間で言う五歳くらいってとこだ。
オレ達の他にも客が居たのか――。
「オレは暇じゃないんだ。他に行け、他に」
「行くとこなんか、ないもん……」
「何を言ってるんだ? さぁ、そこをどけ!」
「遊んでくれなきゃ、退かないよ」
ったく……最近のガキは自己中で困る。何でオレがガキ相手に遊ばなくちゃならないのだ。部下達に知れたら、それこそ事だ。
「大体、お前は誰だ?」
「ボクは座敷わらしの真琴だよ。ねぇ、遊ぼうよ~」
しつこいな……座敷わらしか。ん? 座敷わらし? 聞いたことがあるな。確か……。
オレが記憶を辿っていると、妖怪百科事典がパラパラと開いた。意思があるみたいで便利だ。
――座敷わらし……突然、気に入った家に住みつき、その家に幸福をもたらす。しかし、座敷わらしが去ると、その家に不幸が訪れる――
そうそう、オレの言いたかったことはそう言うことだ。
てことは、この宿屋は繁盛する。だが、問題はその後だ。ここに住まれたら、お絹ちゃんが間違いなく困るぞ。
「おい、座敷わらし」
「真琴だよ」
「どっちでもいい。ここに住むのだけは、勘弁してくれないか? 遊んでやるから頼むよ」
「え~。どうしようかな~」
「頼むよ……この通りだ」
「仕方ないなぁ、それじゃボクの言うことを聞いて」
「わかった。何だ、言ってみろ」
真琴はニコッと笑うと、廊下の天井に向け『ピィ――っ』と口笛を拭いた。すると、天井からボロ布を纏った大ネズミが姿を現した。
「何ですか、坊っちゃん」
「鉄鼠、このお兄ちゃんと、遊んであげて」
「ちょっと待て、真琴。何で大ネズミと遊ばなきゃならないんだ? オレはお前と遊ぶと言った筈だ」
「やだなぁ、お兄ちゃん。遊ぶって言っても、本当に遊ぶと思ったの? 遊ぶって言ったら、バトルに決まってるでしょ。見た所、お兄ちゃんはテイマーなんだよね? 一応、ボクもテイマーなんだ。どう? テイマー同士戦うのって、面白いと思うよ」
正気か、このガキ。しかし、テイマー同士のバトルも面白そうだな。
「よし、やろうじゃないか」
「決まりだね。それじゃ、先に外に行ってるね。ワクワクするなぁ」
オレはとんでもないことに、首を突っ込んでしまったのか? どっちにしろ、座敷わらしに住まれたら、お絹ちゃんが困るもんな――。
オレは座敷に戻り、事の発端をお雪達に告げた。
「すみません、私の為に」
「な~に、テイマー同士のバトルに興味があったからな。お雪、手の目、行くぞ」
「私は、行かないわよ。だって、まだネズミを食べ終わってないもん」
「相手の妖怪は、それよりもっと大きい鉄鼠だぞ」
「鉄鼠~。食べた~い。行く行く」
現金な奴だ。ネズミの肉の何処が旨いかわからない。いや、オレもネズミと知るまでは旨い旨いと、食ってたしな。
そんなことより、バトルだ。
「手の目、行くぞ」
「主よ、任せてくれ」
「期待してるぞ」
こうしてオレ達は、真琴のいる外へ向かった。
冷たい風が吹き荒れる中、一丁前に真琴は腕組みをして待っていた。
「お兄ちゃん、遅いぞ。さぁ、始めよう」
オレに取って、初めてのテイマー対テイマーのバトルが始まろうとしていた。