第三十五話 死闘の先に見たもの
痛々しい程の真琴とお雪の遺体……ん? 待てよ。なまはげもそうだったが、他の妖怪達が死ぬ時煙のように消えるのに対して、肉体は残ったままだ。となれば、あるいは……。
考えるのは後だ。取り敢えずは、コイツを倒さないと話にならない。オレは気を落ち着かせ、DDを振った。出た目は1。灼熱の炎だ。
輪入道のスキルの中で、恐らく一番の破壊力。幸い輪入道は無傷。真琴が頑張ってくれたお陰で、一体でも十分やりあえる筈だ。
「これに賭けるしかない……そして、お雪と真琴を……。輪入道よ、お前の力を見せてやれ」
「御意」
輪入道はこれでもかというくらい深く息を吸い込み、口いっぱいにそれを溜めた。やがて輪入道は熱を帯始めた。少し離れた場所にいても伝わる熱気だ。
「ぐわぁぁ――っ!」
輪入道の吐き出した灼熱の炎は、大天狗の巨体を丸飲みにした。火だるまになり、炎の中でもがき苦しむその姿は、正に地獄絵図。60もの大ダメージを与えた。――HP142/460――
「ふぁぁ……」
灼熱の炎を出し切った輪入道は、ギリリと車輪を鳴らしながら空を駆けた。
「フッ……輪入道の奴なかなかやりやがる……」
輪入道の"灼熱の炎"の圧倒的破壊力に、オレは酔いしれた。"なんとかなる"と確信した瞬間でもあった。
「己れ……我をここまで追い込むとは……」
しかし、大天狗も黙ってはいない。大量に吸い込んだ黒煙を吐き出すと、直ぐ様反撃へと移った。
大天狗は空を駆ける輪入道に狙いを定め、自らも空へとジャンプした。僅かな跳躍で輪入道に追い付く大天狗。そして背中に隠し持っていた羽扇で、輪入道を叩き落とし32のダメージを与えた。
更に地面に這いつくばる輪入道にのし掛かり、32のダメージを与えた。合計64のダメージ。――HP87/151――
「輪入道――っ! 大丈夫か?」
「あぁ……」
無傷だった輪入道に、たった二発でここまでダメージを与えた大天狗。やはり、ただ者ではない。
大天狗の残りHPは142。輪入道の力を持ってしても、厳しい展開だ。
「もしかしたら、アレに賭けるしかないかもな……」
オレは手元にあるカードを見つめそう呟いた後、DDを転がした。出た目は5。踏みつけだ。
「希望は捨てない……行け! 輪入道よ」
「……御意」
輪入道は泥にまみれた車輪を振り払い、大天狗の頭上に全体重を乗せ踏みつけ45のダメージを与えた。――HP97/460――
ようやくHPを、ここまで削った。輪入道を褒めてやりたい。だが、問題はここから……。大天狗の攻撃を何処まで耐えれるか……だ。
大打撃を喰らった大天狗は、奇声を発し輪入道に襲い掛かる。
呆気なく輪入道は大天狗に捉えられ、マウントポジションから左右交互に強力なパンチを受けた。32ダメージ。32ダメージ。合計64のダメージ。――HP23/151――
何とか耐えきったが、もう後がない。やはり、"あの手"を使うしかあるまい。
オレは意を決して、DDを振った。恐らくこれが最後の攻撃。そして、最後の賭け――。
DDは、運良く再び1の灼熱の炎を示した。
輪入道は傷付いた体を震わせ、灼熱の炎を撒き散らし60のダメージを与えた。――HP37/460――
予想通り仕留めるには、まだ足りない。やはり……。
「どうやら、年貢の納め時のようだな……死ね……風神の術」
「一本だたら、村正を借りるぞ!」
「主よ、そのようなことをしたら、そなたの魂が……」
「止めるな。一本だたらよ。男にはやらなきゃいけない時があるんだ。今がその時!」
禁じ手……村正に魂が喰われるかもしれない。しかし、今はそんなことも言ってられない――。
「喰らえ、村正の切れ味を!」
握り締めた村正は、腕を伝い精神を蝕む。そして、襲い掛かる軽い目眩……。
「風神の術――っ!」
紙一重……オレは風神の術が放たれるより先に大天狗の懐に潜り込み、渾身の力で切り裂き37のダメージを与えた。
「わ、我が敗れるとは……どはっ……」
大天狗は凄まじい断末魔を上げると、顔面から地面に倒れ、煙のように消えさった。代わりに残された巨大なクリスタル……。
「大天狗……手強い相手だった」
「タクマさん、やったわね」
「あぁ……。うっ……」
川姫に返事を返した瞬間、電気が走る。これが村正の影響? まだ、何とも言えないが、今の所は大丈夫だ。
「さぁ、勾玉を手に入れるぞ」
オレは、茅葺き屋根の家に奉られていた勾玉を手にした。鈍く光る勾玉は、手にするときらびやかな光を放った。
「良くやった、タクマよ。これでワシの呪いも解けた」
突然、現れた大きなお神輿の妖怪。
「アンタ誰だ?」
「ふぉふぉふぉ。今まで一緒に旅して来て冷たいのう。妖怪百科事典こと妖怪大翁じゃよ」
「お前が、妖怪百科事典だったのか?」
「タクマさん、頭が高いわよ。妖怪大翁様と言ったら、何千年も生きてる妖怪の中の長よ」
「そうなのか?」
「ふぉふぉふぉ。川姫よ。そう畏まるでない。ワシはただ年を食っただけの老いぼれ」
「所でじいさんよ、何で本になんかされていたんだ?」
「鬼骨王に呪いを掛けられたんじゃよ。どうやら、鬼骨王に取ってワシの知識は煙たかったみたいじゃ。それよりタクマよ。大切な人を迎えに行かなくていいのか?」
「大切な人?」
「お兄ちゃ~ん」
「へへっ。タクマ」
見覚えのある二人……お雪と真琴だ。
「お前ら、死んだんじゃ?」
「一度は死んだみたいなんだけど……」
「勾玉の力じゃよ。タクマの二人を思う気持ちが、魂を呼び寄せたのじゃ。」
「良かった……本当に良かった。お雪……おかえり」
「ただいま……」
オレはお雪を抱き締めた。
「あ~ズルい。ボクは?」
「真琴、すまない。お前も来い」
「へへぇ……」
「再会を喜ぶのはいいが、まだ二人は完全じゃない。妖怪温泉で魂を定着せねばなるまいな」
「妖怪温泉? 定着?」
「いかにも。傷付いた体を癒し、魂を定着することが出来る神秘の温泉じゃ」
「よし、決まったな。勾玉も手に入れたことだし、妖怪温泉に浸かって残りの"剣"と"鏡"を探すぞ。じいさん、案内してくれ」
こうしてオレ達は、お雪と真琴の魂を定着するべく妖怪温泉へと向かった。
この時オレは忘れていた。"なまはげ"と"酒呑童子"の存在を。
そして、村正に魂を喰われかけていることを――。




