第三話 絡新婦(じょろうぐも)現わる(前編)
宿屋の扉は、木製で出来ている所為か立て付けが悪い。無理矢理に抉じ開ける感じだ。
「お絹ちゃん、いるかい?」
お雪が、宿屋の入り口からそう呼ぶ。どうせ、この宿屋の女将で、妖怪なんだろうが――。
「いらっしゃい。あら、お雪。久しぶりだね。おや、今日は珍しい客人も一緒だね」
違った……この『お絹』という女、相当可愛い。魔族にもそれなりに可愛い女はいるが、ずば抜けて可愛い。青い髪にツインテール。大きな瞳に、長い睫毛。ぽってりとした唇には、艶やかなグロスが塗られている。
身体はというと……あれ? ない……なぁぁぁぁぁい。首だけが座敷の方から伸びている。
「あががが……」
「タクマ、どうしたのよ」
「首が……首が」
「あぁ、お絹ちゃんは、ろくろ首よ」
「驚かせちゃったかい? ごめんね」
お絹はそう言うと首をするすると戻し、改めて全身で現れた。
首を戻したお絹は異国の和服を崩しながら纏い、胸元を大きく開けていた。少し背を伸ばせば、谷間が見えそうだ。お雪も美人だけど、お絹は可愛い系だな……う~む。迷うな……。
「タクマ、タクマったら? 聞いてる?」
「ん? 何だよ、お雪」
「さっきから呼んでんのに。さては、イヤらしいこと考えてたでしょ?」
女の勘は鋭い。いや、そう言う問題ではない。仮にもオレは魔王だ。いや、元魔王と言ったところか……。
「ちょっと、タクマ!」
「な、何だよ」
ダメだ。すっかりお雪に支配されてる。尻に敷かれる気は毛頭ない。
「お絹ちゃんがね、タダで泊めてくれっるって」
「マジかよ。それはありがたい」
「但し……」
ほら来た、ほら来た。こういう時は、大抵何かあるものだ。
「松風の間に住み着いた、絡新婦を倒したらって条件付きだけどね。そいつの所為で、商売あがったりなんだって」
「タクマさん、お願いです。あの女の毒には対抗する手立てがないのです」
「可愛い子の頼みとあっちゃ、断れねぇな。よし、オイラに任しておきな」
「タクマ、何故に江戸っ子風?」
「お雪、気持ちの問題だ。気にするな。目目連、行くぞ!」
「御意」
そのままズカズカと上がり込み、長い渡り廊下を歩いて行く。一歩、進むごとに軋む廊下はお化け屋敷そのもの。こんなとこに泊まるのは、イヤだが疲れもたまってきたし早く寝たい。
と、次の瞬間、空気の流れが変わった。元々、カビ臭い感じはしたが、違う何か。恐らくこれが妖気というものなんだろう。
「なぁ、お雪……。何処にいった?」
見捨てられたのか、振り返るとお雪の姿はなかった。恐らくお絹ちゃんと喋ってやがるんだ。あのくそアマ……。
「主、恐れるな。着いたぞ。ここが松風の間のようだ」
「目目連、お前がいて助かったぜ。行くぞ」
オレは松風の間の襖を蹴り飛ばし、派手に登場して見せた。ある意味、非力なオレの威嚇であり、デモンストレーションってとこだ。
「どなたかしら?」
またもや、美人。お絹ちゃんに勝るとも劣らない和服美人だ。やりにくい……実にやりにくい。オレは気付いた。美人にめっぽう弱いと。
「あ、あの。絡新婦さん。アンタの毒の所為で、客足が遠退いてるらしいんですよ。ですから、その……」
「私に出て行けと仰るんですね? 酷い……ちゃんとお金はお支払いしてるのに」
「そうなんですか。そいつは参ったな。ハハハ……」
オレが作り笑いを見せると、絡新婦は優しく微笑んだ。
”何だ、悪い客じゃないな“
そう思った瞬間だった。オレの頬を毒針がかする。まともに喰らったら、今の身体では死んでいたかもしれない。
「成る程……どうやら遊びたいらしいな。目目連、出番だ! バトルフォース展開!」
絡新婦 LV7 Dランク
HP30 MP5
攻撃力7
素早さ10
スキル『蜘蛛の糸』『毒攻撃』
――絡新婦……見た目は美しいが、それは仮の姿。和服に隠された毒は、妖怪でさえ死に至らしめるほど。更に蜘蛛の糸は、絡まれば呼吸が出来なくなるという――
「かなりの強敵ってわけか」
「何をぶつくさ言ってんだい!」
絡新婦は、手のひらを返したように態度を変えた。その方が助かる。女として見て戦うと手を抜いちまうからな。
目目連 LV5 Dランク
HP34 MP10
1 通常攻撃
2 クリティカル
3 火の玉
4.5 通常攻撃
6 睨み付け
まずは目目連の攻撃だ。オレはDDに全て託す――出た目は4。通常攻撃だ。
目目連は障子の間からその目をギラつかせ、絡新婦に襲い掛かけ10のダメージを与えた。――HP20/30――
絡新婦は負けじと反撃する。蜘蛛の糸を吐き出しながら、縛り上げ7のダメージを与えた。――HP27/34――
「目目連、追い打ちを掛けるんだ!」
「御意」
DDを放り投げる。DDは6を示した。
目目連は、全ての目で睨み付ける。しかし、絡新婦はそれを受け付けない。
「何で効かないんだ……」
オレが絡新婦に目をやると、静かに目を瞑っていた。確かに目を合わせなければ、効果はない。今までの敵とはワケが違うってことだ。
「長期戦になるかもな……」
一撃必殺のスキルが仇となってしまったようだ。だが、勝機はこっちにある。
絡新婦はニヤリと美しい笑みを浮かべると、毒針を繰り出した。目目連は、幾多の毒針を受け3のダメージを受けた。――HP24/34――
何だ、大したことないなと思っていると、目目連は突然苦しみ出した。
「うぐっ」
更に3のダメージ。――HP21/34――
オレは初めて、この毒の恐ろしさを知った。