第十一話 廃屋病棟
病田の霊のテイムに成功したオレ達は、廃屋病棟を目指していた。ここから廃屋病棟までは、そう遠くない。
「主よ、提案がある」
早速仲間になった病田の霊が、自己主張してくる。オレは面倒臭いと思いつつも、耳を貸した。
「何だ? 言ってみろ」
「これだけ妖怪がゾロゾロと歩くと、隠密行動が取りにくい。どうだろう、我々をカード化してはみないか?」
「そんなこと出来るのか?」
「一流のテイマーならな。尤も、カード化出来るのは戦闘に加われる妖怪……即ち、我と手の目……そして、……小豆洗いだけだが」
「成る程。んで、さりげなくオレのテイマーとしての技量も確かめようってんだな? 面白い……やってやるぜ」
「タクマ、そんなこと出来るの?」
「兎に角、やってみる」
例によって妖怪百科事典が勝手に開く。
――妖怪のカード化……一流のテイマーに与えらた能力で、テイムした妖怪との"契約"が達成できた時に出来る偉業。契約とは即ち、意思の疎通が出来た状態――
「成る程、契約をすればいいんだな。問題はオレにそれが出来るかだ」
オレは次のページに記されていた、呪文のような言葉を唱えた。
「ロシカドーカ……」
まず最初にカード化したのは、小豆洗い。そして手の目が続く。しかし、提案した病田の霊に変化はない。
「クソ……技量が足りないか」
もう一度と唱えてみる。するとようやく病田の霊もカード化された。
「うぅ……」
何とも言えない疲労感。しかし、三枚のカードがオレの手中に収まった。
カード化された病田の霊が、オレに囁く。
「よくやった、我が主。これで一流テイマーの仲間入りだ。さぁ、廃屋病棟へ行くぞ」
「お前に認めてもらわなくったって、オレは一流テイマーだ」
「ふっ、戯れ言を」
そんなやり取りをしながら、オレ達は歩みを進めた。
◇◇◇◇◇◇
この土地に、およそ似つかわしくない佇まい。建物の半分が朽ち果てた廃屋病棟が姿を現した。
病田の霊の話では、別名"妖怪病院"とも呼ばれているらしい。何でも、この病院の離れにある病棟……つまり廃屋病棟に担ぎ込まれた患者は、魂まで根こそぎ奪われるという、曰く付きの病棟とのことだ。
入り口に近付くと空耳なのか、叫び声が絶えず鳴り響いていた。多少ビビっていたオレだが、お雪や川姫の前で下手な立ち振舞いは出来ない。
高鳴る心臓を抑え、ドアに手を掛ける――。
ぬるっと、何とも言えない感触。オレは鳥肌を立てながら、その手をはね除け後方にやった。
今度はむにゅっと柔らかく、心地好い感触――。恐る恐る振り返ると、川姫の胸に手を掛けていた。思わず、二度程揉みほぐす。
「キャ、キャー、エッチ――っ!」
その叫び声で、驚くと同時にビンタが飛んでくる。どうやら川姫は、自分で触らせる分には抵抗ないが、こっちから行くのは駄目らしい。
手に残った感触の代償として、オレは頬が腫れたのだ。しかし、いい勉強になったし悔いはない。おまけに、不思議と恐怖心が消えたのだ。
「最低……」
オレを白い目で見るお雪に気付かないフリをして、建物内を見渡す。
目の前には、受け付けらしき場所があった。ガラスは砕け散り、血の付いたカーテン。いかにもって感じだ。
「どうなさいました?」
か細い女性の声が、耳を貫く。
「お雪! 何か言ったか?」
「言ってないわよ」
「川姫?」
川姫はビキニの紐を直している。てことは、声の主は誰だ?
オレは辺りを見渡した後、受け付けに目をやった。
「どうなさいました?」
再び問い掛けるか細い声。それは絵に書いたような、絶世の美女だった。こんな場所で美女に会えるなんてありがたい。しかも、艶やかな緑の髪をお団子にした、憧れのナースだ。
「あ、あの。勾玉を探しに来ました」
何、バカ正直に言ってんだオレは。横から鼻を伸ばしたオレをお雪が睨む。
「あぁ、勾玉ですね。それでしたら、手術室(オペ室)を経由して、第二病棟の"13号室"に行って下さい」
世の中には親切な人もいるもんだ。特に美女に親切にされると、心が踊る。
なんて、暢気なことを考えていると、美女は羽織っていたカーディガンを取り払った。すると、血糊の付いたナース服が姿を現した。
ここは黄泉……やはりまともな人間はなく、コイツも妖怪なのかと思っていると、そのナースはニコッと笑みを浮かべ言った。
「オペ室まで、案内します」
断るに断れない。しぶしぶ頷くと、ナースはロビーに出てきた。
「こちらです」
オレ達に背を向けるナース。その後頭部には、巨大な口があった。それを見て真琴が言う。
「コイツ、二口女だよ!」
真琴が気付いた時は遅かった。オレは不覚にも、この二口女の術にハマっていたのだ。