第十話 テイマーとしての器
「真琴――っ!」
お雪は真琴に駆け寄り、患部に手を翳した。どうやら真琴は一命を取りとめたようだな。ナイスだ。お雪……。
問題はこのオレだ。体は動かないが、声は出る。手の目は、オレの指示を待っているのか攻撃に転じない。
「手の目――っ! オレはDDが振れない。自分の意思を持て……」
「主…………わかった。やってみよう」
手の目は、探るように両手を開く。
「そうだ、それでいい……うぐっ」
病田の霊の怨念は強い。下半身だけだったのが、上半身も動けなくなり、今は首から上しか自由が利かない。このまま、全身に怨念が及ぼせば呼吸さえ出来なくなる。つまり、それはオレの死を意味するってことだ。
「虫けらは、所詮虫けら。どうやっていたぶってやろうか……クックック。楽し……んで……」
「我が主を舐めるな」
「何……」
まるで閃光のような速さで、手の目は病田の霊に不意打ちを喰らわせ16のダメージを与えた。――HP15/50――
「よくやった、手の目……」
あと一撃。しかし、オレの命も迫って来ていた。駄目だ……首から下の感覚が全くない。それに口元の辺りも、痺れてきている。話すことはおろか、呼吸さえ困難になってきた。
「無駄な足掻きを……」
病田の霊は自らのあばら骨を砕くと、骨を尖らせ凶器に変えた。あんなもの喰らったら、さすがに手の目だってヤバい……回復出来れば……回復? そうだ、川姫からもらった薬草を使えば……。
「手の…………目」
駄目だ。いよいよ持って終わりか。声まで出せなくなってきた。
病田の霊は苦しむオレを横目に、激しく手の目を尖った骨で突き刺し、8のダメージを与えた。――HP15/47――
手の目の体内から、深紅の血が迸った。
「くぅぅ……」
痛みに耐えしのぐ手の目。オレの代わりに、手の目もまた全てを賭けていた。
ここで攻撃出来れば病田の霊を撃破出来るのだが、こいつはAI二回行動。あと一回の攻撃を残している。
オレは、ただただ通常攻撃になることを祈った。通常攻撃なら、病田の霊が与えるダメージは8。つまり、HP15を残している手の目は耐えることができ、次のターンでミスがでなければ倒せる算段だ。
病田の霊は傷付いた手の目に、にじり寄る。
「死ね――っ! 祟りだ!」
病田の霊は両手を挙げ、そう叫んだ。すると手の目の頭上に積乱雲が現れ、雷がその体を突き破った。
「どぉぉあ……」
手の目は14のダメージを喰らい膝間付いた。――HP1/47――
運がいいのか悪いのか、辛うじて手の目は耐えることが出来た。
「主……はぁ……はぁ……はぁ」
「おっと……殺しそこなったか……」
どうにもならない。手の目が攻撃して病田の霊を倒したとしても、オレはもう駄目だ。目まで霞んできている――。
「川姫、タクマを助ける方法ないの?」
「残念ながら、私達では太刀打ち出来ないわ」
「じゃあ、このままタクマと手の目がやられるのを、指を加えて見てろって言うの?」
「お姉ちゃん……お願いがあるんだ……」
お雪と川姫の間に、真琴が入る。
「お願いって何よ」
「ボクがお兄ちゃんの代わりに戦うから、お兄ちゃんの回復をしてあげて」
“何を言ってるんだ。真琴……。クソ……声が出ない……アイツの言うことを手の目が聞くはずない“
しかし、体の利かないオレは真琴の作戦に乗るしかなかった。危険な賭け……失敗すれば、オレと手の目だけじゃなく、真琴も……。いや、真琴がやられればお雪も川姫も命はない。
「旦那……旦那」
密かにオレの足元から話し掛ける人物。忘れていた。コイツもいたんだ。そう、小豆洗い――。
「旦那、オイラが病田の霊の気を引くよ。気を引くくらいなら容易い、容易い」
「小豆洗い……」
小豆洗いはそう言うと、前に出て得意の小豆を研ぎ始めた。
「何だ、お前は? 小豆洗いか?」
「へい。よくご存知で」
――シャリシャリ。
「うるさい、うるさいぞ! 耳障りだ止めろ!」
“いいぞ、小豆洗い”
その様子を見ていた真琴とお雪は、急いでオレに駆け寄った。
「タクマ、今助けるから」
「お兄ちゃん、ボクにDDを貸して」
素晴らしい連携だ。お雪はオレに手を翳す。
真琴は一か八かDDを振った。出た目は1。通常攻撃。手の目が攻撃を仕掛けてくれれば、撃破は間違いない。
その間に、お雪のお陰でオレの呼吸は楽になった。
「手の目、ボクの言うことを聞いてよ」
手の目は混乱したのか、右往左往を繰り返す。早くしなければ、この攻撃が無効になってしまう。
「……あぁ……出る……声が出る。よし、真琴サンキューな。あとはオレがやる」
「うん」
「手の目! 攻撃だ! 行け!」
「その声は、主……。承知した」
手の目のHPは1。瀕死の状態にも拘わらず、目の覚めるような一撃を病田の霊に喰らわせた。16ダメージ。
病田の霊はおぞましい声を張り上げ、のたうち回った。通常ならここで消えてクリスタルが残る筈だが、なかなか消えない。
「お兄ちゃんに、テイムして欲しいんじゃないかな」
「何だと?」
オレは広げた両手を、病田の霊に向けた。眩いばかりの光――。みるみる病田の霊の悪しき心が浄化される。
「その意思、しかと受け止めた。心を入れ替え忠誠を誓う」
共鳴する二つの心。オレは病田の霊を改心させ、テイムに成功した。




