表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

判決、鬼籍190組46番を地獄行きとする

作者: 夏川優希

「判決、鬼籍190組46番を地獄行きとする。亡者は速やかに地獄13番地に行き説明を――」


 その抑揚の無い機械のような女の声は、俺を地獄の底に突き落とした。

 おかしい、そんなわけない。俺が地獄行き?馬鹿言うなよ、何かの間違いだろ?


「では被告人は付き添いの獄卒に従って地獄講習を受ける事。はい、じゃあ次の亡者は――」


「そん……な」


「ほら、早くいくぞ」


 俺を連行しようと伸びる赤い腕を振り払い、目の前の女に噛みつくように怒鳴った。


「そんなのおかしい、俺は絶対認めない! なんだよ、いきなり現れて何の説明もなく2分で判決って、そういう大切なことはもっと長い年月をかけてやるもんだろ!」


 目の前にいる、スーツをビシッと着こなし、眼鏡をかけたいかにも堅そうな女が冷ややかな目で俺を見つめる。蒸し暑いのにもかかわらず、女は全く汗をかいていない。


「あなたはたったの2分で判決が下されたと思っているかもしれませんが、私たちにとってはあなたの人生自体が裁判だったのです。この壮大な裁判の判決は何者にも覆せません」


 この騒ぎを聞きつけたのか、赤や青や白い顔をしたやじ馬が集まってきた。女はとりつく島もない言い方だし、この状況は傍から見たらクレーマーみたいでどうにも居心地が悪い。しかし、普段は小心者の俺だがここだけは引き下がるわけにいかない!

 俺は意を決し、この不利な状況下であがいた。


「いや……だとしても俺が地獄行きなわけないんだよ! 本人が言ってるんだ、間違いないだろ!」


「あなたが認めるか認めないかは問題ではありません。被告人は黄泉裁判所の決定に従い、刑に服すだけです」


 女の事務的な口調にますます腹が立つ。俺のこれからがかかっているというのに、どうしてこうも冷淡でいられるのだろう!


「せめてなんで俺が地獄行きなのか説明しろ! 納得できなきゃ素直に刑に服せねぇよ」


 女は俺が食い下がるのを見て大きくため息をつき、一瞬目を閉じてから口を開いた。

「仕方ありませんね。普段はこういったことはしないのですが、今日は裁判が少ないですし、見物客もいますので……特別にあなたの罪状を説明して差し上げましょう」


 そう言うと女はそばに控えていた秘書のような鬼に耳打ちし、卓上のプリントをまとめ始めた。


 最初からそうしろよ!と心から思ったが、これ以上ゴチャゴチャ言うつもりはない。この善良な俺がどうして地獄行きなのかを説明してもらおうではないか。

 それにしても、他の者達はいきなり「はい、あなたは地獄行きです」って言われるだけで納得するのだろうか? そうやって大人しく従っちゃうからこいつらも調子に乗ってこんな舐めたマネするんじゃないのだろうか。ここはガツンと言ってやらねば!


「はい、準備ができましたのであなたの罪を指摘していきます」


 俺は恐る恐る頷く。大丈夫だ、俺は警察の厄介になったこともないし……人を貶めたりもしてない。いたって普通の、善良な人間だった。地獄行きだなんて何かの間違いだ。


「まず、あなたが12歳の頃ですね」


「12歳……?」

 12歳なんてまだ子供じゃないか。俺がいったい何をしたというんだ?


 女が巻物を開くと、あたりが静寂に包まれた。俺だけでなくやじ馬たちも息をのんで彼女の言葉を待っている。


「まず第一の罪状です」


 唾をのみこむ音が響いてしまいそうだった。もはや動いていないはずの心臓が高鳴っているような感覚に襲われる。


「クラスのケンタ君がトイレで大をしたのを学年中に吹聴して回りましたね?」


 俺は一瞬言葉を失った。


「ハァ?」


「罪を認めますね?」


 女は至って真面目な顔で俺に問いかける。どうやら冗談ではないらしい。


「えっ……覚えてないけど……いや、そんなこともあったような……? だっ、だとしてもこれで地獄行きはあんまりだ!」


「あなたのせいで彼のあだ名は『クリームうんこマン』になってしまったのですよ」


「えっ……そんなこと言われても」


「小学生における『うんこマン』という称号がどれほど不名誉なことが分かっておられないようですね。この事件のせいでケンタ君がどれほど傷ついたか」


「いや、だからってそれだけのことで……」


「鬼たちはそういう生理現象を馬鹿にするヤツが大嫌いなのです」


 この言葉に、俺の回りを取り囲んでいたやじ馬の中の赤いヤツらと青いヤツら大きくうなずいた。金棒を構えて睨みつけてくるヤツまでいる……


「それによってあなたは便意を我慢し続ける地獄に1週間の刑です」


「えっ、地獄にしては意外と地味……っていうかそんな刑あったんだ」


「当時子供であったこともあり、情状酌量されました。『クリームうんこマン』というあだ名の寿命が短かったのもポイントですね」


「あぁ、アイツのあだ名って中学入ってからむっつりなんとかになったんだよな」


「次に行きます」


 俺のつぶやきを無視するように女は次の巻物を開き、目を滑らせるようにして文字を追う。巻物の中盤あたりに差し掛かった時、女は目を止め、冷ややかな視線を俺に向けた。

「次の罪状です。この間にも小さな罪を犯していますが、割愛します」


「さっきの罪より軽い罪って相当だぞ……」


「あなたが中学2年生の時の事です」


「中2……か」

 中2はいろいろとやってしまっていた気がする……人生で1番罪深い時期だったかも。

 そんな事が頭によぎったおかげで、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。いや、だとしてもやったことなんてたかが知れてる。基本的には小心者だったし。


「修学旅行の時です。心当たり、ありますか?」


「うっ……」

 心当たり、ありすぎる!

 女子風呂覗いたり、女子が留守の間に部屋に忍び込んでパンツ探したり、土産屋で店員が嫌な顔するぐらい試食したり、夜中に抜け出して地元の不良に絡まれたり――


「どうやらあるようですね、では話が早い」


 いったいどのエピソードが罪に当たるのか……!?

 恐い、罪を指摘されるのがこんなに恐いなんて。


「あなたが仲間たち数人と調子に乗って女子のお風呂を覗いたときの話です」


「ううぅ……」


 やっぱりそれが罪になったのか……。

 嫌な汗を全身に感じる。あの時は何とかばれずにすんだが、天は俺を見ていたというわけだ。


「確かに、女子には悪かったと――」


「女子? 謝るべきなのは女子ではありません、ケンタ君です」


「は?」


「覚えておられないとは薄情な。女子に見つかりかけたあなた達はケンタ君を生贄にして逃げ出したのですよ。そのせいでケンタ君のあだ名はむっつりサイエンティストになったのです」


 その時の記憶が鮮明に蘇った。

 そうだ、物音に気付かれた俺らはケンタを女子の浸かってる温泉に突き落として逃げたんだった。


「むっつりは分かったけどサイエンティストって?」


 俺の隣で佇んでいた赤い担当獄卒が首をかしげる。


「あぁ、あいつ理科得意だったから……」


「これによってあなたは『歩くたびに脛をぶつけ続ける地獄』に5日です」


「地味に嫌なんだけどその地獄!」


「罪に見合った地獄ですよ。次に行きます」


 そう冷たく言い放つと、女は次の巻物に手を伸ばした。


「次は高校2年です」


 俺は犯した罪のくだらなさに辟易して返事をする気力さえ残っていなかった。どうせまた大した罪じゃないのだろう。そう思いながら、ただ女が巻物を読み上げるさまを眺める。


「杏子さんという方、知っておられますね?」


「もちろん、俺の妻だからな」


 ため息交じりに答える。今度はどんなくだらない罪が飛び出すのか。


「高校2年の時に付き合い始めてそのままゴールイン……間違っていますか?」


「いいや、その通りだ」


 分かりきったことを白々しく聞きやがって……一体なんだというんだ。


「杏子さんはその前に違う方とお付き合いしておられましたね?」


「あ……」


 そうだ、忘れていた。杏子は、杏子は――


「ケンタ君から奪った。それも汚い手を使って」


「いや……違う……」


 乾きかけた汗がドッと噴き出す。震えが止まらない。


「ケンタ君にも杏子さんにも入れ知恵して互いの嫌な面を強調して」


「ちが……」


「それでも別れない2人の仲を裂くため、ケンタさんの浮気を偽装して杏子さんに吹き込みましたね」


「もうやめてくれ!」


「やめてくれではないのです、これはあなたが望んだことでしょう?」


 女はさっきまでと少しも変わらない表情で首をかしげる。


「あなたが邪魔しなければ杏子さんはケンタ君と結婚していたことでしょう。彼らの相性は最高でしたからね」


「……すまなかったと思ってる」


「もう何をしても遅いのです。だってあなたは杏子さんと結婚し、そしてこちら側に来てしまったのですから」


 俺はがっくりうなだれ、何も言えなかった。

 これは地獄行きでも仕方がない……それよりもどうして今までケンタの事を忘れていたのか。あんなに酷いことをしたのに――


「裁判官!」

 先ほどの秘書のような鬼が女に走り寄り、そっと耳打ちをする。その瞬間、女の目がこれ以上ないくらいに開いた。


「鬼籍190組46番、喜びなさい」


「え……?」


「君の地獄行きは取り消されました。しばらく天国で療養し、次の転生に備えなさい」


 そう言うと、あの冷血な女が俺に向かって微笑んだ!


「え!? 本当ですか! でもいったいどうして――」


 喜びで飛び上がりそうになったものの、ケンタへの申し訳なさで胸が重くなり、地面に引き戻された。


「俺はケンタにあんなひどいことを……」


「もう良いのです、だって――」


「だって?」


「杏子さんはケンタさんと幸せにやっていたのですから」


「ん?」


 どういう事だ? そしてどうしてあの秘書の鬼は憐れみの目で俺を見ているんだ?


「あなたと結婚した後、同窓会で再開したケンタ君と杏子さんは誤解が解け、交際がスタートしたのです」


「え……」


「そして今回のあなたの死因は毒殺です。科学者になったケンタさんによって薬が用意され、杏子さんの料理によって口に運ばれました。2人の初めての共同作業ですね」


「……」


「さぁ、では天国へ連れて行きなさい。良かったですね、地獄行きへの不満を訴えて」



 俺は地獄に落ちたような気分で天国への階段をのぼった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まさかの!!これは可哀想だ、主人公
[一言] 因果応報で殺されたから自身の罪が帳消しになって天国行きとは…死後の世界も世知辛いのですね。 ケンタさん達こそ順序踏まずにやっているので罪深くなってしまったのでしょうか…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ