第八話 今日はため息記念日?
日は落ち、東の客間にも暗闇は訪れた。
サリルトは自身を睨みつける斎鹿の上から退き、そのまま出入り口の扉まで歩いて行くと扉の左側に埋め込まれている菫色のパネルに手をかざす。すると、天井のャンデリアに灯りがともり、黄色の花型ガラスが部屋を明るく照らす。
「…何であんなことした訳⁉︎」
斎鹿はベットから起き上がり、むっとして口を尖らせた顔を大窓に映し、ベットの端に座る。斎鹿の言葉に一度斎鹿に視線を向けると、中央に置かれた椅子に向かい、先程座っていた場所にもう一度腰かける。
「顔がぼやけて見えた」
「すいませんね、はっきりしない顔で」
口をさらに尖らせた斎鹿は、サリルトの代わりとばかりにベットに右手の拳を撃ちこんだ。
「 そういう意味ではない。視力が悪いという意味で言ったのだ」
「 目が悪いの?」
「 政務では眼鏡を使っているが、普段は来客中以外はかけていない。 ここにいる間はマゼンタと他の使用人の気配がわかれば用は済む。だから、青の苑で見知らぬ気配を見つけた時また姉上が婚約者候補を連れてきて迷ったのかと思い、丁重に扱ったが姉上も知らぬご様子だったので繕う必要もなくなった」
サリルトは話ながらも眉根を寄せ、ぼやけた視界を少しでもはっきりさせようとするがどうにもならない様子で額を右手で押さえた。サリルトの言葉に斎鹿は納得したように頷いた。
「姉上が記憶を視るまでは密偵かと怪しんではいたが、それにしては気配が漏れ過ぎている。 発言も怪しかった。 それに、」
サリルトが額にあてていた手で前髪を梳くとそのまま後ろに流した。
「 それに?」
「 自分こそ最初のしおらしい態度はどうした。 涙を見せていたではないか。」
サリルトが自分が原因であるという自覚のないまま真剣な顔で斎鹿に問いかけるので、斎鹿はさらに苛々を募らせベットにもう一撃あたえた。
「 あんたの腹立つ態度でそれどころじゃなかったの‼︎」
「最早しおらしいという言葉に失礼な態度だな」
斎鹿は歯を食い縛り座っていたベットに身体を捻って俯けに倒れ込むと唸りながら手をばたつかせ、ベットにさらなる攻撃を仕掛けたが、弾力のあるベットは斎鹿の攻撃をすべて受け止めてしまう。斎鹿がベットを攻撃していると、そこへノックの音が4回部屋に響いた。
「 助けが来た⁉︎」
「 馬鹿な。 姉上がそのようなことを許すはずがない」
「 あんたの姉上信仰はどうでもいいわ」
斎鹿は横になっていたベットから勢いよく起き上がるとベットを四つ這いに乗り越え、一目散に扉へと右足を引きずり走る。踏まれた右足はまだ痛いらしい。
「 セバスチャンでございます」
その声が聞こえると期待しただけに斎鹿は扉の前にがっくり膝が抜け、サリルトはやはりとため息を吐いた。
「 お食事をお持ち致しました」
その言葉にこれはチャンスと、急いで立ち上がり開くであろう左側とは逆の右側にその背をつけ開くのを待つ。しかし、開く気配はない。カチャっという可愛らしい音に斎鹿が視線を下げると、そこには横幅約25㎝縦約15㎝の小さな扉が開いていた。そこから2人分のサンドイッチと飲み物が入っているであろうティーポット、ソーサーの上に乗ったカップ、透明なガラスの容器に入った赤い葡萄のような粒の果物、紙ナプキンが銀のトレーに乗せられて部屋に入れられる。
斎鹿はあまりの出来事に言葉を失い、再びがっくり膝が抜け項垂れる。
「 何か進展は有りましたでしょうか?」
「 有るわけないでしょっ⁉︎」
「 それは残念でございました。 まだまだ明日までは時間がございますので、お励みください」
そう言うと再び小さな扉は閉められた。
「あっ、こらー‼︎」
急いで斎鹿が閉められた扉を押すが、どうやら内側からは開けられない仕組みらしい。
斎鹿がそうしているとセバスチャンの足音がどんどん離れていき、その内何も聞こえなくなった。
やはり悪魔シアンの執事はその命に忠実な使い魔らしい。
「 やはりな…姉上がそのように穴がある策を企てるものか」
いつの間にか座っていた椅子を離れ、斎鹿の近くにやってきていたサリルトが膝をつき銀のトレーを持ち上げる。
「あんたの姉ちゃん、恐ろしいわ」
斎鹿が扉を開けるのを諦め、扉にもたれ掛かりサリルトを見上げると大きなため息を吐いた。
「 今さら気付いたのか」
トレーを持ち立ち上がったサリルトはそのまま部屋の中央のテーブルにトレーを置くと、元の席に腰かけた。
「まず腹を満たさねば出来ることも出来ん」
サリルトが真っ直ぐなライトグリーンの瞳で斎鹿を見つめる。
見つめ合う2人。
「 やっぱり変態⁉︎」
「 違うっ‼︎ この状況を打開する良い案が考えられんということだ」
斎鹿が後ろ手を着いていた両手でファイティングポーズをすると、サリルトが机を叩いてすぐさま否定した。
その際、綺麗に並べられていたサンドイッチは倒れ、ポットとカップは大きな音をたて、赤い葡萄のような果物の数粒がガラスの器より飛び出すという被害を出した。
「はいはい、すいませんね」
斎鹿が謝る気もなさそうに言うと扉に摑まり立ち上がり、テーブルに向って歩き出す。
「 はい、は一度。 すいませんね、ではなく、申し訳ございません」
テーブルに向かってくる斎鹿に言葉を注意し、カップにティーポットからお茶を注ぐ。
柑橘系の爽やかな香りから察するに、どうやらサリエルお気に入りのトゥイートティーらしい。
「(結婚出来ない理由わかったかも)」
斎鹿もサリルトの隣の先程まで座っていた椅子に腰かけ、胸の前で手を合わせため息を吐く。
「今日はため息ばっかり吐いてる気がする……いただきまーす」
「ため息ばかり吐いているのは私も同じだ」
今日は、2人のため息記念日。
2人は全然嬉しくない初めての記念日。
ありがとうございました。
2014/10/24 編集致しました。