第五十八話 夢じゃなかった⁉︎
「 最悪無慈悲って?」
斎鹿は大きな目をきょとんとさせ、横に並んでいるサリルトの顔を見上げた。
サリルトの表情はいつにも増して厳しく見えた。眉間にはいつもの2倍皺が寄せられた。瞳は美しいが冷たく細められ、その眼差しはエリスリトールに真っ直ぐに向けられていた。エリスリトールは、その穏やかで優しい眼でサリルトを一瞥すると、斎鹿の頬へと右手を伸ばした。
「 お可愛らしいお嬢様ですね」
頬を撫でたその手はそのまま耳に触れ、斎鹿の耳朶を擦る。その思わぬ行動に斎鹿は身体を硬直させて赤くなった。エリスリトールは不敵な笑みを浮かべると、触れていた手を放して斎鹿の前へと差し出した。差し出された手を取ろうかと斎鹿が視線を彷徨わせる。
「 申し訳ないが、パートナーは間に合っている 」
サリルトはエリスリトールへと鋭い視線を投げ掛け、斎鹿の手を取った。エリスリトールはその様子を見てさらに笑みを深めた。総一郎は我慢できないとばかりに吹き出した。
「 やきもち焼きやなぁ、公爵は。こりゃ苦労すんで……」
「 まったく…あなたはすぐに物事を面白がる」
エリスリトールは眉間の皺を一瞬だけ寄せ、ため息を吐くと3人に背を向けて歩き出した。総一郎はその後を追うように歩き出すと、斎鹿とサリルトへと手招きをした。突然連れられてきた場所で置いていかれてはかなわないと2人は顔を見合わせて歩き出した。
4人が白いレンガ造りの建物が大小立ち並んだ通りを抜け、いくつかの分かれ道を通り過ぎると左右には広大な竹林が広がる広場が見えた。そこは中心にある小高い丘を取り囲むように竹が植えられ、その内側には丘を取り囲むように道が円形に作られていた。斎鹿は辺りをきょろきょろと見回しながら周囲に何かないかと探したが、あるのは竹と丘と丘に生えている芝生と小さな草花、道といえば4人が歩いてきた石畳の道だけだった。
「 では」
エリスリトールは丘の手前で止まり、振り向きざまに2人へと声を掛けた。総一郎は、頭の後ろで両手を組んでにやにやとしている。斎鹿はその様子に頭を抱えたくなった。
エリスリトールは笑みを浮かべながら、眼鏡のブリッジを押し上げる。
「 まず先程のご質問に答えてから始めさせて頂きす。 …最悪無慈悲というのは教皇様がつけられた渾名。 目的の為なら手段を選ばず、ほぼ年中無報酬・無休で働かせ続ける男、とあちらの方が言ったそうですが…それだけ口が回るのであればまだまだ働けますね」
「 これ以上働いたら倒れてまう!」
「 あなたは丈夫ですから大丈夫ですよ。 もし倒れても私が看病してあげます。 …さて、残る質問ですが、ここに来て頂いたのは、お嬢様についてヘンリー卿より御連絡頂いたためです。 あちらでは詳しく話せなかったので、こちらで解決するようにと」
ほんの数時間前までシェークしていた相手だ。嫌でも覚えているが、どうやら先達ての話では彼は地位はかなり上だったはずだ。斎鹿はクレームでも来たのかと思わず身構えた。
「 な、なにか言ってた?」
「 お嬢様の守護精霊について調べるように賜わりました。 あぁ、意味はわかりませんが、振るのはやめろ、と…」
斎鹿はぽかんと口を開けて目を瞬かせ、サリルトが斎鹿を覗き込むように屈む。すると、目を見開き叫んだ。
「 ゆ、夢じゃなかった‼︎」
「どういうことだ」
「 馬車で寝てる時に夢見てて…ヘンリー卿って小さいへんてこなヤツにサリィは精霊だって…」
サリルトは目を見開き、斎鹿の肩を掴んだ。斎鹿は力の強さに顔を顰めた。
「 ヘンリー卿にお会いしたのか⁉︎」
「 う、うん。 ルー、痛い」
「…すまん」
サリルトは肩から手を離すと、優しくその肩をさすった。
しかし、斎鹿は手から逃れると、この状況を楽しんでいる総一郎の元へと近付き、脛のあたりを蹴った。
「 いった! 何すんねん⁉︎」
総一郎は右脛を押さえてしゃがみこみ、口を尖らせる。
「 …また知ってたんでしょ?」
「 あ、バレてた? 」
総一郎の悪びれる様子もない態度に斎鹿は顔を顰めた。
ありがとうございました。
2014/11/04 編集致しました。