表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/61

第五十七話 その男、最悪無慈悲の教育係

 騒がしい乗客を乗せた馬車は悪路を走り抜け、窓から見える風景が緑茂った木々から厳然な白い塔が立ち並ぶのが見えた頃、馬車はその足を止めた。

 急に止まった馬車に、立ち上がっていた斎鹿はサリルトに抱きつくように倒れこんだ。当然、サリルトは斎鹿が倒れこんだ位ではビクともせず、逆に好都合と背に手を回して抱き締めた。もはや斎鹿もその腕の中から逃れようとはしなかった。

 好きになったから逃げないんじゃない、今は逃げたくない気分なだけ。斎鹿は自分にそう言い聞かせながらサリルトの心音をただ聞いていた。

 2人がお互いに何も言わず、静かに、しかし甘い時間が包み込んでいた室内。その扉が大きな音を立てて開き、2人の甘い時間は終わりを告げられた。


「 どーも、 相変わらず似合いの2人やな 」


 現れたのは、教皇・鞍馬 総一郎だった。

 緑を基調とした足元まで覆い隠すような祭服は、襟首は銀色でY字に縁取られ、所々に金糸で華やかな模様が描き、頭には五角形の宝石の散りばめられた豪華なミトラを身に着けていた。その姿は昨日見た男の姿とは重なり合わない、姿だけは教皇のものだった。


「 あらま、お取込み中やった?」


 総一郎は左手の手のひらを口元に持っていくと、からかう様に言い放った。その眼は確実に2人をからかっている。サリルトはその様子から総一郎のからかいに気付いて乗る気がないようだったが、それに乗ってしまうのが斎鹿だ。

 斎鹿は、耳を真っ赤にしながらサリルトから無理矢理離れると、勢いよく立ち上がり総一郎に人差し指を向けた。もちろん左手は左脇腹に添えて、徹底抗戦の構えだ。


「 お取込み中じゃありません‼︎」


「 えぇんやで。 あんた等、これから夫婦になるんやし? まぁ、ちょっと順番違っても俺は心が広いでちゃんと式挙げたるで?それに、子はかすがいと申しまして」


「 ば、馬鹿じゃないの⁉︎」


 斎鹿は総一郎の発言に顔を真っ赤にしながら今にも飛び掛かりそうな勢いだ。サリルトもさすがに教皇に手を出させる訳にはいかないとため息を吐き、声を掛けようとしたそのとき、総一郎の頭の後ろから錫杖が突然生えたかと思うと、その錫杖はそのまま傾き、総一郎の頭に落とされた。派手とは言えない鈍い音が響くと、総一郎は頭を抱えてしゃがみこんだ。


「 ったいな‼︎」


 総一郎の後ろ、そこには色素の薄い茶色の髪を白い紐で顔の横で束ね、紺色の燕尾服とズボン、薄紅色のベストを着用し、白いウィングカラーのシャツと黒い赤紫色のネクタイをして足には黒い紐革靴を履き銀縁の眼鏡をかけた上品な紳士が総一郎を呆れたように見つめ、立っていた。男は、総一郎の首の後ろを捕まえると、まるで猫のような扱いで無理矢理立たせた。


「 何をしているんですか、あなたは」


「 ちょ、ちょいと悪ふざけ?」


 総一郎は手をに胸の上で猫手のように丸め、身体を縮こまると、ゆっくりと振り返り愛想笑いを浮かべた。男に向けられた笑顔は、引き攣っているのがサリルト達からもよく見えた。男は、首から手を放すと再び錫杖を振り上げて、総一郎の頭に落とした。


「 相変わらずの頭の軽さに驚いてしまいますねぇ。どうしたらこんなに軽くなるのやら…。 ほら、中身がないものだから頭の中で音が反響してますよ?」


「 何するんや⁉︎」


「 それはこちらの台詞です。 あたながどうしてもご自分で御2人を祝福して出迎えたい、とおっしゃるから私は許可を出したんですよ。からかうためではありません」


「 そやけど、そんな正論言わんでも」


「 正論を言わずに何を言うんですか」


「 …すいませんねぇ」


「 謝るくらいなら最初からしないように。本当に…たまに谷から放り投げたくなりますよ」


「…嘘やろ?」


「 私は嘘は言ったことはありません。 あぁ、申し訳ありません。 たまにではなく、最近は毎日の間違いです」


 総一郎は男の言葉を聞くと、膝をついて叫んだ。


「 ひ、ひどい‼︎」


「 私はまだ自己紹介もこちらの御2人にしていないのですから、しばらくお静かに願います。 本当に…今すぐ谷に落としたくて仕方ありませんよ」


「 ……エリスぅ」


「 お騒がせして申し訳ありません。 どうぞ、お降りください」


 男は馬車の中にいたサリルトと斎鹿に声を掛けると、馬車の扉近くに移動し、馬車から降りる斎鹿に手を差し伸べた。斎鹿は戸惑いながらもその手に自分の手を重ね、馬車を降りた。間近で見る男の顔は、聞いていた言葉の印象とは違い、目は穏やかで優しかった。斎鹿が男をじっと見ている間にサリルトが降りると、男は2人の前で姿勢を正した。


「 お初にお目にかかります。 私は、エリスリトール。 最悪無慈悲の教育係です」




ありがとうございました。


2014/11/03 編集致しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ