第五十六話 絆されたのは間違い?
「 明らかにいつもの様子とは違うじゃない⁉︎」
斎鹿は球体を両手で掴み、苛立ちを押さえられない様子で映像を睨みつけた。一緒に映像を観ていたヘンリー卿は、ヒューとからかうように音をたてニヤニヤとしている。
球体の中ではサリルトと斎鹿(仮の精神体・ひとだま君)が口づけを交わし合い、サリルトの手が斎鹿の服の中にまで伸びている様子が映し出されていた。
「 ほれみろ。お前の旦那は普段のお前だと完璧に思ってるぞ!」
ヘンリー卿は誇らしげな顔で斎鹿に視線を移し、再び空中に浮くと斎鹿の頬を指でつんつんと突いた。
ヘンリー卿は満足そうではあるが、映像に映るサリルトは、決して普段通りの斎鹿だと思っている訳ではなく、おかしいと思いながらも斎鹿本人であることは確実であるし、弱弱しく可愛らしい斎鹿の行動につい欲情して「やっちまえ」という湧きあがった感情に流されているだけだった。けして、ひとだま君の性能がいい訳ではなく…どちらかといえば、失敗作だ。
「 どりゃあ‼︎」
バリン!
球体を地面に叩きつけた斎鹿の地の底から聞こえてくるような低い声にヘンリー卿が斎鹿の顔をおずおずと見ると、目は血走り、鼻の穴は荒い呼吸で膨らんだり閉じたりを繰り返し、口元は引き攣っている。短い時間しか付き合いのないヘンリー卿でもわかるほど、斎鹿は怒り心頭だった。
斎鹿は睨みつけながら頬をつついていたヘンリー卿の体を手で握るように掴んだ握力は、もはや加減もされずに息をするのが辛いほどだった。
「 今すぐ私を元に戻して‼︎」
「 …まだ精霊の話も途中」
「 貞操の危機なのよ⁉︎ 今すぐ戻してよ‼︎」
「 は、はいはい、戻します戻します」
ヘンリー卿を握りしめる手がきつくなり、これはいよいよ命の危機を感じるレベルである。これ以上、逆らわない方が身のためだと首を縦に振りながら必死に返事をした。斎鹿がようやく手からヘンリー卿を開放すると、ヘンリー卿は手を2回叩いて柄の長いフォークを出すと、それを頭上で2回大きく左右に振る。
「 いいか?」
「 急いでっ‼︎」
「 じゃぁ、目閉じろ!」
斎鹿は言われるがまま目を閉じるが、その眉間には皺がたっぷりと刻まれている。
「 あ、言い忘れたが、後のことはあいつに頼んどくからな」
パチン!と大きな音がすると、斎鹿は足元がいきなりなくなるような感覚に襲われた。まるで地面がなくなったかのように自分の身体は急にガクンと落ちていき、また突然今度は重力がなくなったかのようにフワフワと身体が漂う。かと思えば、重力がいきないかかり、ものずごいスピードで何かに吸い込まれるような感覚に襲われた。
斎鹿の気分は滅入る一方だ。行きは知らない間に向こうに行けたが、帰りはかなり大変だ。正直2度と体験はしたくないほどだった。
吸い込まれる感覚はなくなったが、今度は背中を這いまわる手の感触に斎鹿は急いで目を開けた。目の前にはサリルトの顔があり、その目はギラギラと光っていた。
「 っこらー‼︎」
怒り心頭の斎鹿は大声で叫ぶとサリルトの頬を思い切り叩こうと手を上げた。
が、いとも簡単にその手はサリルトの手で止められてしまった。その行動がますます斎鹿の怒りに触れ、歯を食いしばり悔しさを滲ませていた。
「 私があんなことする訳ないでしょ⁉︎ なんで怪しまないのよ⁉︎」
「 いつもと様子が違うことはわかってはいたが…危険もなさそうだったからな」
「 馬鹿ぁ‼︎」
サリルトは悪いと思っている様子もなく、逆に呆れたようにため息を吐いた。未だに片手は暴れる斎鹿の手を押さえている。
「 何がしたいのだ」
「 私がしたくてしたんじゃないの!」
斎鹿は掴まれた手をサリルトの手から逃れるように無理矢理外した。唇を尖らせてサリルトの膝の上からも退こうとするが、サリルトが斎鹿の腰に両手を回して向き合ったまま逃がそうとしない。斎鹿はせめてもの反抗に顔をサリルトから背けた。
「 斎鹿」
「 ふん!」
サリルトの問い掛けを無視し、斎鹿は何とか抜けだそうと背中にまわせれた手を解こうとしているがなかなか上手くいかない。サリルトは大きくため息をつき、背中に回していた手を離し、両手で斎鹿の両頬を挟み込むと目線が合うように無理矢理顔を向かせた。
「 私には、どうなってあのようになったのかはわからないが、 斎鹿の愛らしさに我を忘れてしまったのは謝罪しよう。 だが、私はお前のすべてが知りたい」
「……」
サリルトの真剣な瞳に斎鹿は胸が高鳴るのを感じた。なぜだか、斎鹿はだんだんとこの融通のきかない公爵に絆されていたのだ。
「 それに」
「 …ん?」
「 まだ、あと2回私を愛していると言っていない」
「 ……ばか、へんたい」
絆されたのは間違いだったのかも知れない。
ありがとうございました。
2014/11/03 編集致しました。