第五十二話 偉大な俺様?
狼が片手でパチンと指を鳴らすと、光と共に緑の溢れる地面に先程まで斎鹿が枕に使っていた大きな白いクッションが現れた。どうやら座れということらしい。立たせておくと危険と考えたのか、気を遣ったのかはわからないが、若干及び腰なところを見ると先程のシェークがだいぶ効いたようだ。
「 それで?」
斎鹿は不遜な態度でどかっとクッションへと腰を下ろした。狼は斎鹿の顔の位置まで高度を下げると両手を腰に当てて胸を張って話し始めた。
「 あー、あー、オッホン! 俺様は、管理人・ヘンリー卿。 人間、まさか人間界に轟く俺様の名前を知らない訳じゃねぇだろうな?」
「 知らないけど」
「 え」
「 いや。知らないって」
斎鹿とヘンリー卿は見詰め合ったまま固まっていた。
ヘンリー卿には自分を人間界にいるものが知らない者はいない有名人物だという自尊心があった。王立教育機関ではヘンリー卿に関することだけの教科があるほどだ、と人間好きの精霊に聞いたからだ。そう聞いてから1000年以上ここに来る人間はヘンリー卿を敬ってきたというのに、その自尊心を一気に斎鹿は傷つけた。
斎鹿にとってはヘンリー卿だろうが空飛ぶただの狼だろうが関係ない。元々生きる世界が違っていたのだから。それを知らずにヘンリー卿は戸惑ったように斎鹿に聞いた。
「 王立学校では、ヘンリー卿について学ばなくなった…のか?」
「 王立学校行ってないし」
「 なっ⁉︎」
ヘンリー卿は片手で顎を押さえながら考え込んだ。もしやこの人間は親から愛されてなかったのではないか、と。勝手な勘違いながらも脳内では物語が進んでいく。
( 人間の少女は親に愛されることなく、幼い頃から毎日毎日マッチを売っては病弱な母親と飲んだくれのダメな父親の面倒をみてきた。 川での洗濯で手は荒れ、きつい日差しの中での肉体労働に肌は小麦色に焼け、そうした季節をいくつも巡り少女は成長し、王立学校へと入学する歳となった。 が、当然家には少女を学校に行かせる金などない。 得られるべき当然の知識も得られず、そんな家庭環境では少女が自分にした数々の無礼も屈折した性格も仕方がないと言えるだろう。 それは酷過ぎる‼︎)
勘違いも甚だしいヘンリー卿が顎を押さえていた手をジャケットのポケットへとつっこむとそこから白いハンカチを取り出して目を押さえた。
「 お、おばえ、ぐろうじだんだなぁ」(お、おまえ、苦労したんだなぁ)
「 …何言ってるの?」
斎鹿は目の前で泣いているヘンリー卿を呆れたように見詰めるとため息を吐いた。
「 よし、わかった‼︎ 俺様がすべて説明してやる。 安心しろ」
突然張り切り出したヘンリー卿はフォークを頭上で大きく2回振るとそれは大きな黒いペンへと姿を変えた。そして、ヘンリー卿は斎鹿に背を向けて空に文字を書くように自分の体格にはあっていないペンを必死に動かした。空に文字は書けるはずがないという常識はここでは通用しないらしい。空には立派に『偉大なヘンリー卿‼︎ その全てとこの世界における常識~初級者編~』との文字が書かれている。
文字を書き終わったヘンリー卿は斎鹿へと向き直った。
「 この世界には人間界と精霊界がある。 そのちょうど真ん中にホールロウっていういくつもの穴があって、そこが精霊界への入口って言われてる。 人間界ではな。 まぁ、実際はそのホールロウは管理人が勝手に作ってんだけどな。 これ内緒な。 で、その管理人ってのが俺様。 管理人は精霊と人間との契約の管理、精霊界への異物の出入りの管理とかまぁ色々やってて、大変な仕事で偉大な俺様しか出来ねぇ仕事なのだ‼︎」
「 ふんふん」
「 俺様、ヘンリー卿は元々この世界を創った。 ってか、世界を創った精霊を創ったのが俺様であるわけよ。俺様、すげーだろ⁉︎」
「 …うーん?」
「 俺様は、世界を作った立役者だぞ‼︎ 1番すげーんだ‼︎」
「 もぉー、生意気言うと振るよ?」
「 すいませんっした」
世界で1番偉いヘンリー卿も斎鹿には逆らえなかった。
ありがとうございました。
文章についてコメントを頂きましたが、途中から文章を変えることは私の実力では難しく本編完了後にすべて編集していきたいと思います。
ご了承願います。
2014/11/03 編集致しました。