第五十話 しりとりは難しい?
止まらない馬車に飽き、サリルトとの会話にも飽き飽きした斎鹿は、両手の指先だけを合わせて親指から順番にぐるぐると回し始めた。もちろんサリルトの膝の上で。
馬車の中は車輪が回る音と馬の蹄の音、たまに御者の声が聞こえるだけで中では2人共先程までのことが嘘のように静かだった。
サリルトは相変わらず斎鹿の腹に片手を回し、もう片手で斎鹿の下ろした髪を指に巻きつけては戻し、巻きつけては戻しを繰り返している。最初こそ文句のひとつでも言ってやろうと思っていた斎鹿だったが膝の上に乗っていることもあり、サリルトの好きなようにさせていた。
「 ね、しりとりしない?」
斎鹿は突然サリルトに提案した。
余程退屈だったのか、指はぐるぐると猛烈な勢いで回され宙に浮いている足はバタバタと揺れていた。サリルトは斎鹿の言葉に動かしていた手を止めて眉間に皺を寄せ怪訝そうに返した。
「 しりとりとは?」
斎鹿はサリルトの問いに勢いよく首を振った拍子に首がゴキッという嫌な音をたてた。右手で首を押さえるとゆっくりと前を向いて口元を引き攣らせながら説明した。
「 言葉の語尾を繋げていくドキドキワクワクの痛快連想ゲーム! 例えば、『たぬき』だったら語尾は『き』だから次は『きのこ』、とか…」
斎鹿は幼い時には誰でもしたことがあるゲームをまさか大人になって説明させられるとは思わず、最低限のルールだけを簡単に伝えた。
「 なるほど。幼児が好みそうな単純なゲームということだな」
「 まぁ、腹の立つ言い方だけど、怒るのも疲れるから…。じゃぁ、私から、最初は、しりとりはじめのめで、め・だ・か」
「 メダカ、とは?」
しりとりは最初から躓いた。サリルトが真剣にメダカを尋ねるので斎鹿は戸惑いながらも詳しくは伝えられないと思い戸惑ったように答えた。
「 めだかっていうのは・・・小さい淡水魚」
「 なるほど。では、カミノハラムスキー」
斎鹿は耳を疑い、確認にもう一度訪ねた。
「 何それっ⁉︎ か、かみの」
「カミノハラムスキーだ。秋に野原で跳ねている5㎝ほどの昆虫だ」
サリルトは斎鹿に見えるように片手を伸ばして親指と人差し指を広げて見せた。斎鹿はそれをちらっと見るまだ納得いかないような顔をしながらもとしりとりを続けた。
「 かみのはらむすきーのき、きのこ」
「 ココソノ草」
またわからない言葉が出たが、斎鹿は流すように首を傾け、ため息を吐きながら進める。
「 ここそのそうのう、うさぎ」
「 待て、うさぎとは?」
「 もこもこした草食動物で繁殖力が高い小動物」
「 なるほど。では、ギノシス」
「……ぎのしすのす、すいか」
「 スイカとは?」
斎鹿は我慢も限界に達し、サリルトの膝の上で飛び跳ねて声を荒げた。
「 もう、そんな『何だ何だ』って聞いてたら進まない‼︎ ここそのそうって何? 草? 花? 何なの? 聞いたことない‼︎ ぎのしすって何? 美味しいの⁉︎」
サリルトは斎鹿の怒る様子には慣れたのか冷静に顔色を変えることもなく質問に答えた。そして、腹にまわした手に力を入れて暴れる斎鹿が落ちないように引き寄せた。
「 ココソノ草は葉が丸く、この国では一番良く見られる草だ。春には白い小さな花が咲く。それに、ギノシスは愛玩用動物だ。食べたことはないので味はわからん」
「 そんなこと聞いてんじゃないの‼︎ もぅいい、しりとり終わり」
斎鹿は冷静に答えるサリルトに腹を立てて自分の尻の下にある太股を横から音がするほどよく叩いた。サリルトはさらに深く眉間に皺が刻まれたが口元は緩んでいた。
「 …わからない」
斎鹿はサリルトの言葉を聞きながらサリルトにさらにもたれかかり、目を閉じて不貞寝の体勢だ。口を尖らせながら寝ようとする斎鹿の髪を再び遊び始め、しばらくすると斎鹿から規則正しい寝息が聞こえてきた。
「…本当にわからない」
サリルトは斎鹿を起こさないように横抱きにした。斎鹿の髪がサリルトの首をくすぐるがそれを気にせずにサリルトはその髪に頬を寄せた。
斎鹿が眼を覚ますとそこは一面の花畑だった。白いクッションに頭を埋め、横になったまま視線を巡らす。
「 え」
目をすり、もう一度景色を見廻すが色とりどりの花が咲き乱れた花園に間違いはない。
「 これは、ない。こんなメルヘン乙女な夢みるなんて疲れてんのね。とりあえず…寝る」
斎鹿はもう一度眼を閉じた。
ありがとうございました。
2014/11/03 編集致しました。