第五話 謎のチモシー
マゼンタが部屋を退出した後、楽しそうに笑っていたシアンが立ち上がり、斎鹿を東の客間へ案内しようと言い出し、両手を胸の前で合わせた。
金の細やかな細工を施した手すりに手を置き大理石の階段を上り、ふかふかの赤い絨毯の上をサリルトとシアンが前を歩き、斎鹿がその後を辺りを見回しながらついていく。
時々すれ違う使用人達は一様に2人を見つけると廊下の端により2人が通り過ぎるまで頭を下げていた。敬われることに慣れていない斎鹿はそれに違和感を感じ、ガラスで花を模ったブラケットがつけられた壁とは反対側の窓に視線を移した。
窓から見える庭園には様々な形の木や左右対称の花壇、バラやアサガオのような花が這う白亜のアーチがある西洋式庭園であった。その奥には広大な森があり、森の入り口近くに咲く青い花や白い花と湖が見え、それが青の苑であろうことが見て取れた。さらにその奥に屋根の青い白亜の城を守る城壁と城門が見え、小さな家がいくつも見下ろせることからこの城は小高い丘に建てられていることがわかった。
「 この部屋だ」
サリルトの声に窓から目を前に移すと、そこは廊下の一番突き当たりの部屋で焦げ茶色で花や蔦の模様を施した高さ2メートルほどの扉があり、周りを見るとそれは他の扉よりも豪華につくられていることがわかった。斎鹿が扉を凝視していると、シアンが斎鹿の手を取った。
「 このお部屋は豪華とは言えないけど、とっても景色が綺麗なのぉ」
斎鹿を急かせるように言うと、サリルトが右手で扉を引き無言のままもう片方の手で2人を部屋に入るように進めた。
そこは30畳ほどのイタリアンブラウンの大理石の床でできた部屋で、出入り口である扉の向かい側はすべて天井まで届くほどの大きな窓がはめられ、窓の左右にはパロットグリーンのカーテンが金の結い紐で留められ、天井には蔦をイメージしたと思われる黒色の真鍮部分と9つの黄色い花型ガラスのシャンデリアが吊り下げられていた。
扉から見て右側にはダークブラウンのクラシックスタイルの天蓋付きのクィーンサイズ猫脚ベット、窓側のその側には優美な曲線と自然をモチーフにした精緻な装飾を施した白いナイトテーブルが置かれその上に花を模ったテーブルランプ、ベットの壁側には白いドレッサーとチェストが置かれていた。
シャンデリアのすぐ下にはベットと同じ猫脚の気品ある茶色のクイーンアン様式のテーブルと椅子が四方に配置され、床には白いふかふかの絨毯。ベットとは反対側には小さな窓があり、その側には白い椅子が一脚。
「…凄過ぎる」
斎鹿が感嘆の声を上げると、シアンがふふふっと笑い斎鹿の手を引き、窓際まで連れていく。
「 そうでしょそぅでしょぉ。 景色だけはこの城一番なの」
斎鹿は部屋の内装を言ったのだが、シアンは大きな窓から見える景色に感嘆の声を上げたと思ったようだ。それまで豪華な部屋の内装に気を取られていたが、シアンに言われ窓からの景色を見てみる。
青く澄んだ空に波のような白い雲の間から太陽の光が雄大な緑の森と湖と青の苑を照らしている。太陽によってきらきらと光る水面は宝石のように輝いていた。森を見下ろし、街を見下ろし、まるで自分が天界から下界を見下ろしているような気分にさえなる。
「 元々は城の主人部屋だから、きっと一等景色のいい部屋なのね」
「主人って…」
部屋の持ち主が誰であるかを聞き、斎鹿はサリルトの顔を見て嫌そうに眉をひそめた。
「なんだその顔は」
嫌な顔をされて嬉しいはずもなく、サリルトは不快そうに斎鹿を見ると、後ろ手で扉を閉め、そのまま斎鹿にギリギリまで近づき上から見下ろした。
「見下ろすなぁ!」
上から見下ろされた斎鹿は、シアンに握られていた手を離し、右手で拳を振り上げると勢いよく下ろした。サリルトはそれを難なく受け止めると、そのまま受け止めた手を強く握る。斎鹿は体重をかけて何とか一撃を与えようとするがサリルトはビクともしない。
「フン、相手の力量を見極めて挑むものだ」
嘲笑するサリルトにますます怒りが収まらない斎鹿。
「もぉー、手なんか握りあっちゃってぇ」
2人を見て微笑ましそうに言うと、シアンは後ろを向きゆっくりと中央に置かれた椅子まで歩き向き直るとそのまま腰かけた。そして左手の掌を上向きにし、ゆっくりと2人に向かって動かし座るように促した。サリルトが斎鹿の手を離すと、もう一度斎鹿を見下ろし椅子に向かう。
「サリーちゃんたら好きな子はいじめ過ぎると逃げちゃうわよぉ。 斎鹿ちゃんもこっちへいらっしゃい。 明日からのことも話さないといけないし」
穏やかな声色だが、けして逆らうことを許さない雰囲気が言葉にはあった。両手に握り拳をつくり苛立っていた斎鹿は、掌を緩めゆっくりと椅子に向かい斎鹿は大窓に背を向ける真ん中に座り、その左側にシアン、右側にはサリルトが腰かけていた。
「 明後日にはお父様とお母様がいらっしゃるわ。 明日はドレスを選んで、少しお勉強も必要ね。それから、」
「 ちょ、ちょっと待って‼︎」
「 なぁに、斎鹿ちゃん?」
斎鹿は、なぜかサリルトとまだ結婚するということで話が進んでいるシアンの口ぶりに慌てて待ったをかけた。
「 結婚するつもりなんか…」
斎鹿がサリルトの腕を叩く。
「 あんたも何とか言ってよ‼︎」
叩かれた腕を見た後、サリルトは斎鹿をもう一度見て深くため息を吐いた。
「 姉上、このチモシーと私が結婚するということはありえません」
「 チモシー? 」
斎鹿が怪訝そうな顔をして首を傾けると、それをみていたシアンが右手を口元に当てクスクスと笑いだした。何のことを言っているのかわからない斎鹿と笑い続けるシアン、それに斎鹿を一瞥したサリルトのため息がやけに大きく聞こえた。
「 チモシーって何?」
ありがとうございました。
2014/10/24 編集致しました。