第四十四話 むっつりな男?
斎鹿の頭の中に重厚な辞書が現れ、薄い紙のページがペラペラと捲られる。
電子レンジのようなチンッという音と共に開かれたページには、斎鹿がまさに知りたい言葉が記されていた。
婚姻
1、結婚すること。夫婦となること。
2、男女の継続的な性的結合と経済的協力を伴う同棲関係で、社会的に承認されたもの。法律上、両性の合意と婚姻の届け出によって成立する。
( 本当の意味では合意してないけどね)
斎鹿は何故か再び腹に巻かれているサリルトの手を一瞥し、ベットに入る前の出来事を思い返そうと目を閉じた。
「 契約結婚の勧め・3カ条。 その1、性的な行為の禁止。 その2、元の世界へ戻る方法を自由に探すことを許可すること。そのかわり、私もルーのお役に立つことは妻として出来るだけ協力する。 その3、ルーの不貞行為はOK。 こんな感じでどぉ?」
仁王立ちで腰に手をあてる斎鹿にサリルトは言葉を失っていた。同じくぽかんと口を開けて斎鹿を凝視していた総一郎は口元を緩めにやりと悪戯を思いついた子どものように笑った。
「 ええ条件やな」
言いながらもちらりとサリルトに視線をやると総一郎を射殺さんばかりにサリルトが睨む。どうやら『契約結婚の勧め・3カ条』はサリルトにはお気に召さないらしい。
「 不利な条件じゃないと思うけど?」
斎鹿は何が気に入らないのかとばかりに頬を膨らませる。
「 そもそも契約結婚である必要がない。 普通に婚姻関係を結べばいいだけだろう」
「 私がどんなに流されやすくても、昨日会った男と普通に明後日に結婚出来たら異常よ! そもそも何で結婚することが決定事項なのか未だに疑問なんだから仕方なしなの! 今の私には、式場をキャンセルするお金もない、戸籍もない、職もない、逆らう力もないんだもん!」
斎鹿は早口にまくし立て、自身の頭を思い切り掻き乱した。
「 契約結婚なんてまるで物語のようだわぁん‼︎ 是非ともその案で結婚生活を送って頂きたいわぁ」
シアンは右手の人差し指を唇のすぐ下にあて、ロハスにもたれ掛かったまま笑みを浮かべた。先程まで斎鹿達を空気扱いしていたシアンが眼をきらきらとさせてサリルトを見詰めていた。その顔は明らかに面白がっている。サリルトは、姉のこちらの気持ちを考えない反応に苛立った。
思わず舌打ちをしてしまったほどに。
「 面白がらないで下さいよ」
しかし、その舌打ちは斎鹿の冷静な言葉により、シアンの耳に届く前に掻き消されたようだ。
「 俺は、何でサリルトが納得しないかわかってるぜ‼︎」
ロハスはそういうと指に巻きつけたシアンの髪に口づけを落とした。
その言葉に総一郎は興味津々という顔をロハスに向け、右手の指の間の間隔を大きく空けて口元にあてた。あまり隠れていない顔は笑顔満面だ。
「 性的な行為の禁止が嫌なんだろ?」
「 いややわぁ、公爵‼︎ むっつりなんやから」
サリルトはその言葉に顔を大きく歪めた。総一郎はロハスの言葉に悪乗りするようにサリルトへとからかいの視線を向ける。
「 いや、それしかないだろ? 今まで女の影が見えなかった男だぜ? そりゃ、結婚したら我慢したくねぇだろ」
「 でもぉ、ロハス様ぁ。 サーちゃんは不貞行為はいいって言っているのよぉ?」
ロハスは静かに息を吐きながら、ゆっくりとシアンの言葉に首を横に振った。
「 浮気ってもんは、結婚生活があってこそ楽しめるもんだ。 それを最初っから浮気をしてもいいなんて……全くハラハラ感がねぇじゃねぇかっ!」
「 さすがはロハス様ぁ! 確かにそうですわぁ」
シアンはさすがはロハス様っとロハスの胸に再び飛び込んだ。
サリルトはそんな姉の様子と歯を食いしばって笑いを耐えている総一郎に思わずため息を吐いた。
「 …ルー、顔怖い」
斎鹿は部屋の空気が変わって、サリルトからの冷たい冷気が部屋を冷やしているように感じていた。
「 そろそろルーの血管切れそう…」
「 そうかぁ! 性的な行為の禁止がそんなに嫌か!」
「 それしか考えられないだろ!」
総一郎は話の途中で腹を抱えて笑いだし、椅子から落ち、膝をついて大声を上げて涙まで浮かべ笑っている。その後をロハスがさらに意見を押し通そうとする。
斎鹿は1度大きく頷くとサリルトに向き直り肩に手をポンと置いた。サリルトはその行動に顔を上げ、斎鹿の顔を見るとその顔には邪気のない満面の笑みが浮かんでいる。その顔を見てサリルトはほんの少し幻想を抱いた。
斎鹿が『そんなことない』と言ってくれることを。
「 実際はどうなの? そうなの?」
幻想は所詮幻想だと知ったサリルトだった。
ありがとうございました。
2014/11/03 編集致しました。
結婚について、大辞泉辞書より