第四十二話 後見人と王様?
サリルトが長い指でダイヤルを何度か回し斎鹿を抱き締める。斎鹿は、行きと同じような身体の感覚を感じて目を思い切り閉じた。身体が弾んだように揺れ、閉じていた目をゆっくりと開くと白と赤のバラが辺りに咲いたアサガオの蔦が絡まる白亜のアーチの下へ一瞬のうちに到着していた。
サリルトは回していた手を外し、柱に手を当ててぼそぼそと何かを呟いている。
斎鹿はアーチから1歩前に出て大きく深呼吸をすると、花の香りと少し冷たい空気が身体へと入ってきた。首を右、左、右、とゆっくりと動かすと小さくゴキッという音が聞こえた。
「ぎゃっ‼︎」
斎鹿の思わず出た声に、サリルトは眉を顰めたが、斎鹿の横にぴたりと歩み寄るとその肩を抱いた。
「 …この手は何?」
突然肩を抱かれた斎鹿はサリルトの意図が分からず怪訝な顔で睨み上げた。
サリルトは斎鹿の様子を気にすることなく、肩を抱いている手に力を入れ進め始めた。押されるような形で歩き出す羽目になった斎鹿だったが、すでにサリルトが合理的主義者であることはわかっていた。これにも何か理由はあるのだろうと考えたのだった。理由といっても、おそらく例の女王であるわけだが。
しかし、勝手に肩に手を置くのを易々と許す斎鹿ではなく、パチンと気持ちのいい音と共にサリルトの手を軽く叩いた。
「 なぜ叩く?」
「 なぜでしょうねぇ?」
歩みを止めないままサリルトが問い掛ける
この男は全くわからない、と斎鹿が首を傾げて口元を引き攣らせた。
「 明日には結婚が決まっているのだ。 妻の肩を抱くくらい当然ではないのか」
「 あのねぇ……。 勝手に決められた相手、しかも、何者かもわからない相手と結婚って、それこそ非常識極まりないわ。合理的主義に反するんじゃないの?」
「 いや、合理的だ。 私は結婚相手を求めていた。お前は衣食住を求めていた。互いに解決できる要素があるのだから、結婚をして何がおかしい。前にも言ったとは思うが、お前に好意をもってはいるが、愛がある訳ではない。しかし、結婚してもいいと思っているのは間違いない」
サリルトは悪びれる様子もなく感情を表に出さない能面のような顔で前だけを見据えている。斎鹿は呆れて開いた口が塞がらなかった。
「 その顔はやめたほうがいい。 頭がより軽く見える」
「 …こう見えても結構中身詰まってますから‼︎」
サリルトは鼻で笑う。
斎鹿はその態度が腹立たしかったが不思議と肩を抱かれる手にはだんだんと違和感を覚えず、どうやら随分と絆されてしまったことに気付いた。それに気付いてしまうと、妙に気恥しく、城へと向かう道を誤魔化すように声を大きくして押し問答しながら歩いて行く。城の大きな玄関の前まで来るとサリルトは扉をノックした。きっとマゼンタが開けてくれるだろう、と思った斎鹿は見られるのが嫌だった。息を深く吐くと肩に置かれたサリルトの手を片手で肩から落とした。
「 おかえりぃ」
扉が開いたかと思うと、そこにいたのは穏やかな笑みを浮かべるマゼンタではなく頭の軽そうな笑顔を浮かべた総一郎だった。
「 お疲れやろ? 中に入ってゆっくりお茶でも飲もか」
総一郎は2人に向かって手招きをするが、サリルトの眉間には深い皺が刻まれ、斎鹿は口を引き攣らせている。2人にはまだ状況が掴み切れていないが顔を見合わせて扉を潜った。扉がパタンと閉まると総一郎は先導するように前を歩いていく。その後をサリルトと斎鹿は仕方なくついていく。
総一郎が止まったのは例の部屋だった。シアンが敏腕家庭教師として教鞭をふるった場所だ。ノックをすると中からシアンが入るようにとの声が聞こえた。
「 入るでぇ」
何とも軽い言葉と共に部屋に入ると、落ち着いた色ですべて整えられ中央に机と机の両側に2人掛けの長椅子が置かれその間に1人掛けの椅子が置かれた立派な応接室へと戻っていた。
2人掛けの椅子にはシアンが焦げ茶色の毛先がランダムに動きを出した短髪で瞳は蜂蜜色で好奇心に溢れている20歳程の青年にもたれ掛かっている。青年はもたれ掛かっているシアンの肩に手を回して空いている方の手をサリルトに向けて軽く上げた。役目を終えたと思ったのか総一郎は1人掛けの椅子にドカッと音を立てて座ると両手をのばして伸びをする。
「 お2人さんも座りぃ」
「 …状況が掴めないんだけど。 とりあえず、何で居るの?」
斎鹿が総一郎に向けて言葉を放つ。サリルトは2人掛けの椅子の前に立つ。前に座るシアンと青年に向かって深く礼をし、椅子に腰掛けた。
「 サーちゃんも座ったらいかがぁ?」
その言葉に従うように斎鹿はサリルトの横に座った。シアンがもたれ掛かっていた姿勢を正してサリルトと斎鹿に視線をやった。
「 紹介するわね、サーちゃん。 私の隣に座っている方はぁ、旦那様のロハス様。 すでに2人とお会いしている、そちらの方は総一郎様。 お2人はぁ、明日の式には欠かせない御2人なのぉ」
「 あ、あの旦那様ってことは?」
「 陛下だ」
「 へぇーか」
サリルトが斎鹿の言葉を補うように告げると、斎鹿はロハスの顔をまじまじと観察するように見詰めた。一般庶民だった斎鹿にとって王様というものは教科書かテレビでしか見たことはなかった。どう接すればいいかもわからない存在なのだ。それ故に反応も薄くなってしまう。
「 …ぶはっ」
それまで優雅な振る舞いをしていたロハスだったが、斎鹿と目が合った瞬間に吹き出して笑いだした。片手で口を抑えて何とか我慢しようとしているのだろうが我慢しきれていない。斎鹿はなぜ笑われているのかもわからず口を尖らせた。
「 改めて、よろしくお願いします」
声を掛けてきたのは総一郎だった。
「 …知ってたのね?」
「 うん。 だって、俺、明日あんたらの式せなあかんもーん」
「 もーんって…」
「 俺、教皇やし。 斎鹿ちゃんの後見人も俺やでぇ」
「 ……なんで⁉︎」
ありがとうございました。
2014/11/03 編集致しました。
斎鹿の後見人をロハスから総一郎に変更しました。