第三十九話 自己満足の虫除け
サリルトは斎鹿の肩から頬へと両手で身体を撫でるように移動させると、逃れようとする斎鹿の顔を拒めないように固定した。逃れようと手でサリルトの胸を叩くが効果はないように思えたが、サリルトは目を細め斎鹿から顔をわずかに離した。
斎鹿は鼻で息をすることが分からなかったのか、呼吸を荒くして背後にある冷たい壁にもたれかかった。そのまま膝は体重を支えられずに力が抜け崩れ落ちそうになるが、すんでのところでサリルトが斎鹿の手を掴み自身の胸へともたれかけさせ、腰と背中に手をまわし抱きしめる。
斎鹿はサリルトの胸に頬を押しつけ目を潤ませ、湿った唇からは甘く、荒い呼吸がとめどなく吐かれている。
「 どうした? 随分と辛そうだが…」
サリルトは不敵な笑みを浮かべ斎鹿を見下ろすと、腰にまわしていた片手を斎鹿のパーカーの裾から忍び入れ背中に楕円を描くように撫でた。
斎鹿はビクッと身体を震わせると胸から顔を上げ、上目使いでサリルトを睨みつけた。
その斎鹿の表情を見るなり胸の奥が痺れ、もっとその顔が見たいとサリルトは思った。
斎鹿はサリルトの手を追い出そうと手を掴むが、後ろ手にサリルトの手を掴んでいるため動きを止めようにも力が入らない。
「 …馬鹿、変態。 触んないで」
「 口が減らないな」
サリルトは腰を曲げて斎鹿の耳元へと口を近付け、ふっと息を吹きこむと囁いた。
「 先程の顔は大層可愛らしかったが」
サリルトは背中に入れている手とは違う手で斎鹿の顎に手をかけるとそのまま斎鹿の口を再び塞いだ。わずかに開けられていた斎鹿の口から口内にサリルトの舌が入り込み、斎鹿はそのくすぐったいような何とも言えない感触に塞がれたまま胸を両手で叩き声を上げる。
「 やぁ‼︎」
サリルトは斎鹿の抵抗を無視し背中に入っている手をさらに動かしていたが、その手をパーカーから出し斎鹿の頬へと添えた。顎にかけていた手を離し、再び背中へとまわす。
サリルトは斎鹿を開放し息を荒げている斎鹿の首元へと顔を埋め、手で襟の部分を横に引っ張ると斎鹿の鎖骨が露わになった。
サリルトは埋めた首元を強く吸い、斎鹿はちくりとした痛みに声を上げた。
「 うきゃん‼︎」
斎鹿は悲鳴のような声を短く上げると頬を赤く染めた。
「 な、何すっ」
「 虫除けだ」
サリルトは斎鹿の首元から顔を上げ、斎鹿を再び胸に抱きしめた。
斎鹿は逃げ出したい気持ちだったが、膝はいまだに力が入らずされるがままだ。
「 …虫なんていないわよ」
斎鹿が不貞腐れたように言う。
「 虫は気付かなくても寄り付く。気にすることはない」
「 気にする‼︎ なんで…キス?」
斎鹿は悔しいが敵の胸の中で涙を浮かべた。けれどサリルトには涙を見せたくなかった。サリルトの胸に顔を押し付けて歯を食いしばった。サリルトは斎鹿の頭を撫でると、斎鹿の髪に手を絡める。
「 わからん。 お前がいなくなった時、見知らぬ男と話をしていた時、名前を呼ばれた時、訳のわからない感情がお前を私の許に繋ぎ留めたいと思わせた。だから、キスした」
斎鹿は驚きに涙も止まり赤くなった目でサリルトを見上げ、サリルトも斎鹿を真剣な目で見詰めている。
「…なにそれ‼︎」
怒りを堪え切れない斎鹿はサリルトの胸に両手をつき自分の身体を離す。
サリルトをひと睨みすると路地裏から抜け出すようにふらふらと歩き出した。サリルトの呼び止める声も無視し、人混みに紛れるように明るい方へと歩いていく。
サリルトは斎鹿の左手首を掴み強引に引き止める。
「 何を怒っている?」
「 何を怒っているって、私のファ、ファーストキスだったのよ! それを…欲求不満解消の道具にぃ」
「 言葉が悪い」
サリルトは斎鹿の横に並ぶと腰へと手をまわした。
「 気をつけろ」
斎鹿は拒もうと腰にまわしたサリルトの手を叩いたが、サリルトは気にすることなくそのまま店が立ち並ぶ石畳の道を歩き出した。
「 ちょっと、やめて」
「 やめない。何か土産を買って帰るか?」
土産という言葉を聞いた斎鹿は一瞬目を輝かせたが、サリルトの顔に浮かぶ笑みに口を尖らせた。
「……そ、それで許してあげる訳じゃないからね‼︎」
「 あぁ」
「…でも、サリィにお土産買っていってあげなきゃいけないし。し、仕方ないから一緒に行ってあげるだけだからね‼︎」
斎鹿は上目使いで睨みつけると、サリルトは片方の口角を上げた。
ありがとうございました。
2014/11/02 編集致しました。