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第三十七話 怒り心頭の青年

 斎鹿が総一郎の後を追っていった後、斎鹿は、総一郎が一軒の店に入るのを見た。そして、窓際の席に座る総一郎を確認すると、前の空いている席へと座り、先程渡された名刺をテーブルに叩きつけた。斎鹿は口を尖らせ、責付くように事情の説明を総一郎に求めた。総一郎は目を丸くし口を開けて唖然としたが斎鹿の憤りの激しさに落ち着くように言うと手を左右に振り、ため息交じりでこの世界に来た経緯を話した。そして、その話を全部聞き終えたのは斎鹿が追いかけてから20分後のことだった。


「 こっちの人間は全然話聞かんからえらい目におうたなぁ」


 総一郎は頬杖をつき目を細めて含み笑いをした。先程まで憤っていた斎鹿だったが総一郎の話を聞くうちに自分と同じような境遇を味わった彼に親しみを感じていた。


「 そうなんだよねぇ…何であんなにこっちの話を聞かないんだろ?」


 斎鹿は煉瓦の壁と青い屋根の店内の一角でテーブルに身を乗り出すように総一郎の話に相槌を打ち、総一郎は身振り手振りで斎鹿へと表情豊かに語った。

 横の窓からは暖かな日差しが差し込み、テーブルに置かれた2つのグラスはカランと氷が音をたてた。


「 ははは! そりゃ、災難やったなぁ。 あんた、えらい豪気な気性の子やで断ったらええやろ?」


 総一郎は大きな声で周りを気にせずに笑う。その顔を見た斎鹿は頬を膨らませ、口を尖らせると右肘を机につき頬杖をつくと窓の外の景色を見た。

外には整備された広い川と緑が敷き詰められた河岸、土手には花が間隔をあけながら植わっている。その周囲には散歩をしている老人や恋人同士等の多くの人が心地の良い日差しと豊かな風景に心を癒されているようだった。


「 言いたいことは言ってるんだけど聞き入れてもらえないんだって! あなたもでしょ?」


「 俺は、最初の1年は反抗してん…でも、6年もおれば諦めもある。 こっちからあっちへ戻る手段がわかってる訳やないし。 一応、こっちでも仕事があるしな。」


「 …仕事?」


「 一応なぁ。…強制的やけど、せん訳にはいかんやろ?」


 総一郎はコップの取っ手へと右手を伸ばし、話し続けてすっかり乾いていた喉を冷たい水を飲み潤した。一息に飲み乾した後、総一郎は左手を軽く上げ接客をしていた店員に水のおかわりを求めた。


「 ねぇ、どんな仕事? 戸籍とか必要でしょ? 身元引き受け人はどうしたの?」


「 おいおい、そんな矢継ぎ早に質問せんでも」


 斎鹿は頬杖をついていた手をテーブルに置き前のめりで総一郎に尋ねたが、総一郎はその笑顔を崩さずに頭を掻いた。


「 …戸籍は知らん間に何とかなってたんや…多分、あいつがどうにかしたんちゃうかと思ってんのやけど…」


「 あいつ?」


 斎鹿は総一郎の言葉に首を傾けた。そんな斎鹿の様子に総一郎は、窓の外を遠い目で見つめた。


「 あいつってのは…ほれ、さっき話した話を聞かんだ男や。 あいつは目的のためなら手段を選ばん男やでな、戸籍ぐらい簡単に作ってしまう」


 総一郎は心底嫌そうな顔をすると大きくため息を吐き両手で顔を覆った。斎鹿はそんな様子に目を丸くするとコップの取っ手に右手を伸ばし左手をコップの底に添えた。


「 …ねぇ、私も働ける?」


 斎鹿は思いついたように明るい声で言うと、総一郎は覆っていた手をゆっくりと下ろしてテーブルの上へとコップを挟むように置いた。


「 ……難しいと思うで。そーいえば、今日、連れがおったんちゃうんか? その人んところで暮らしとんのやろ? 勝手に決めてええんか?」


 持っていたカップをゆっくりと下に置き、斎鹿が総一郎の言葉に思い出したように目を見開くと、しばし沈黙し固まっていると総一郎は右手を斎鹿の目の前で左右に振った。


「 大丈夫か?」


「 わ、忘れてたぁっ! 店に置いてきちゃった…」


「 そら相手怒ってるやろな」


「 ……で、ですよねぇ」


 斎鹿は両手で頭を抱え、首を左右に激しく振るとポーニーテールにされた長い髪がさらさらと揺れた。総一郎は斎鹿の激しい動揺に頬杖をついて眺めていると、店員が近寄り総一郎と斎鹿へ礼をすると、両方のコップへと水を注いだ。それを見た総一郎は店員に笑顔で感謝の言葉をかけた。そして店員は再び礼をし、席から離れていった。

 総一郎が店員の後ろ姿を見ていると出入り口の扉から長身の美青年が入ってくるのが見えた。美青年は入り口で立ち止まり店内の客をすばやく見廻している。


「 男前な兄ちゃんやなぁ」


 総一郎が小さく呟き青年に見入っていると美青年が丁度総一郎の方へと向いた。美青年と目が合いわ総一郎は思わず会釈をしてしまった。美青年は会釈も返さずに隣で頭を抱えている斎鹿に視線をやると、突然眉を寄せて大股で総一郎達の元へと歩いてくる。

 席までやって来た美青年は斎鹿の後ろに立ち、その大きな右手で斎鹿の頭をがっちりと掴み下へと押した。青年の突然の攻撃に斎鹿はテーブルに思い切り顔をぶつけてしまった。


「ぶふぅ‼︎」


「 この馬鹿娘。 私をどれだけ走らせれば気が済む⁉︎」


「 痛っ! 何すんのよ⁉︎」


 顔を上げた斎鹿は右手で顔を撫でると勢いよく振り向き、押さえつけた相手を睨みつけてやろうと目に力を込める。しかし、後ろを振り向くと怒り心頭の美青年サリルトの顔の方が何倍も怖かった。




ありがとうございました。


2014/11/02 編集致しました。


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