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第三十三話 逃げるが勝ち

 シアンは黒板の前に立ち、左手で指し棒を持つと右手の掌に軽く打ちつけた。


「 レッスン2、式の流れを学びましょぉ。 結婚式には決まった流れと手順があります。公爵夫人としての初めてのお仕事よぉ」


 斎鹿は乾いた笑みを漏らした。隣のサリルトはさらに重症らしい。ちらりとサリルトを見ると、口を歪め、大きく目を見開いている。

 

「 お姉さん、自由奔放過ぎ…女王さまの次は家庭教師?」


「 斎鹿さん、お姉さんではなく、先生よぉ」


 斎鹿は頬杖を突いてシアンを見上げる。シアンは持っていた指し棒の先端を斎鹿へと向け、反対の手で眼鏡を上へと押し上げた。

 

「 姉上、格好までかえる必要が?」


 シアンは指し棒を胸ポケットへとさしこんだ。


「 サリルトさん、姉上ではなく先生ですぅ。何事も形から入る主義ですのでお気になさらずぅ。では、私語はそこまでにしてぇ、授業を始めまぁす」


 シアンは困惑している2人を置き去りにしてサイドテーブルに置かれた正方形の箱へと手を伸ばした。箱をスライドさせて開けると中には赤、白、青、黄色のチョークが収められていた。シアンはその中から白いチョークを取りだした。

 そして、黒板の右端に『結婚式の流れと手順』と書いた。

 シアンは斎鹿達の方へ向き変わり、右手で眼鏡のブリッチを軽く押し上げた。


「 新郎・サリルトさん、新婦・斎鹿さんは、当日教会内で衣装等の準備をして頂きまぁす。そしてぇ、ご来賓の方々がご着席頂いた後、サリルトさんは祭壇の前で新婦の入場を待ち、斎鹿さんはお父様代理と共に入場して頂きまぁす」


「…せんせー」


 斎鹿は、頬杖を突いたままやる気なくシアンを呼ぶ。シアンはその様子に厳しい視線を向け、腕組みをした。


「 斎鹿さぁん、質問があるときは挙手して下さぁい」


「んじゃぁ、はい」


 斎鹿は顔を上げて右肘をついたまま掌をシアンに向けた。それを見たシアンは、素早く斎鹿の前へと躍り出ると上げていた手を思い切り叩いた。


「 はい、ダメ‼︎」


「 っいった‼︎」


 パチンといういい音がし、斎鹿は何をするんだとばかりにシアンを睨みつけた。シアンの顔が斎鹿の顔の10㎝程のところまで近づき、あまりのシアンの気迫に思わず怯んでしまう。


「 そのだらけた態度がダメ‼︎ 世間をなめきった視線がダメ‼︎ やる気のない顔が…全部ダメっ‼︎」


 シアンの言葉に思わず仰け反り、声を上げる。


「 ひどい‼︎」


「 いいですか! この貴族社会、なめられたら終わりなの! やられる前にやれ精神が必要なのぉ‼︎」


 シアンは目尻を下げ、心配そうな顔をして斎鹿の叩いた右手を両手で力強く握りしめる。


「 2人の幸せのために心を鬼にして授業をしているのよぉ? 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、って言うでしょぉ?」


「 私、お姉さんの子どもじゃないんで…痛い‼︎」


 斎鹿が話している途中でシアンは、綺麗な冷たい笑みを浮かべながら骨が軋むほど右手を握りしめた。斎鹿は思わず痛みに呻き顔を引き攣らせた。


「 揚げ足を取らないの」


「 ご、ごめんなさい」


「 はーい、よろしい。ではぁ、以後気をつけるようにぃ。授業を続けまぁす」


 シアンは冷静な敏腕家庭教師の顔に戻ると眼鏡を押し上げ斎鹿の右手を放し黒板の前へと踵を返した。

 斎鹿はため息を吐き、隣に座るサリルトへと視線を向けた。サリルトは斎鹿と目が合うと目を伏せ、俯き加減に左右に首を振る。シアンは黒板に式の流れを大雑把に書くと向き直り、サイドテーブルに向かい、チョークを置き、指し棒へと持ち替えた。


「 2人が祭壇の前に行った後、讃美歌斉唱、神父による聖書朗読と祈祷、誓約、指輪交換、結婚宣言、誓約書署名、祈祷、新郎新婦退場の流れで式は行われまぁす。 正直なところぉ、話さず姿勢を正して立ってたらぁ、勝手に進んでいきますから、斎鹿さんはサリルトさんに任せていたら大丈夫でぇす」


 斎鹿は腕の付け根が右耳につくように手を上げた。


「 はい、先生。質問‼︎」


「 どぉぞぉ?」


「 ぶっちゃけ勝手に進んでいくなら勉強する必要なくないですか?」


シアンは笑みを浮かべ、穏やかな声で斎鹿に言い聞かせるように言った。


「 斎鹿さん、必要はありまぁす。誓いの言葉を覚えてぇ、流れを大まかに理解することで失敗をなくすのぉ」


「 誓いの言葉?」


 斎鹿は軽く首を傾ける。

 サリルトは腕組みをしため息を吐くと、斎鹿の質問に答えるように口を開いた。


「 その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓う…これを共に宣言すれば後は立っているだけでいい」


「…」


 斎鹿はサリルトの顔を凝視すると勢いよく手を上げてシアンを見詰めた。シアンが斎鹿の方を見ると、斎鹿は左手を開いて横にすると右手をその下に縦につけてTの字をつくった。


「 タイムを要求します!」


「たいむ?」


シアンが首を傾けて聞き返す。


「 休憩です‼︎」


「 あらぁ、まだ始めて1時間も経ってなくてよ」


「 トイレ休憩を要求します‼︎」


 シアンは右手を頬に添えて首を傾けて悩むと、意を決したように頷いた。


「 仕方ないわねぇ…ではぁ、私は少し席を外しますから15分後に授業再開よぉ」


 シアンは眼鏡を外しサイドテーブルの上に指し棒と共に置くと部屋を出て行った。

 部屋の中は静まり、シアンのヒールの音が遠ざかって聞こえるのを待って斎鹿は勢いよく口を開いた。


「 私、逃げる」


 斎鹿が勢いよく立ち上がったため、椅子は大きな音を立てて倒れた。が、それを気にすることなく窓に向かおうとした。

 しかし、突然左手首をサリルトに掴まれ動くことが出来ない。


「 ちょっと! 時間ないんだから放してよ⁉︎」


「 私も行く」


「 ……いやいやいや、来なくていいから」


 サリルトは斎鹿の手首を放し、窓まで行くと観音開きの窓を開け、窓枠に右足を上げて後ろを振り返る。


「 何をしている。早く来い」


「 …」


 斎鹿は諦めたようにサリルトの後を追うように窓へと駆けていった。




ありがとうございました。


2014/11/02 編集致しました。

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