第三十一話 マナーは大切
その部屋は天井が高く、長方形の見晴らしの良い構造で、2面が大きな窓に囲まれていた。天井には色彩豊かな絵画が描かれ、蔦をイメージしたと思われる白い色の真鍮部分が中心から先端にいくつも枝分かれし内側に丸まり、その上に18の白い花型ガラスが枝分かれした真鍮の上に乗っているシャンデリアが吊り下げられている。
床には光り輝く磨かれた20㎝四方の白い大理石が敷き詰められ、壁には緑と花をイメージしたような美しい装飾がされている。
長方形の部屋の周りには、床近くまである白いテーブルクロスがされた丸いテーブルが部屋の中心を大きく空けるように置かれている。机の上には薔薇の花が生けてあり、その横には火が灯されていない大型のキャンドルスタンド。
部屋のテーブルはテーブルセッティングがされていなかったが、間隔の開けられたいくつものテーブルがすべてセッティングされれば、これ以上の豪華絢爛さはないと言える程のものとなるだろうことは予想が出来た。
斎鹿は他のテーブルにはない豪華な装飾のされた椅子に腰掛けていた。サリルトやシアンも同じテーブルを囲んでおり、そのテーブルだけは中央に金の幅広のプレゼンテーションプレート、その右側にナイフとスプーン、左側にフォークが置かれていた。左上にはデザート・ナイフとパン用の皿とバターナイフが置かれ、右上にはグラスが置かれていた。
堅苦しいセッティングに戸惑った斎鹿だったが、それでも空腹には耐えられず見様見真似でナプキンを膝に置き、今か今かと料理を待っている。
しばらくして扉の開く音が響くと、斎鹿はそちらに視線を向けた。扉が開くと、マゼンタの後ろからセバスチャンがカートを押しこちらへと向かってくるのが見えた。カートの上には料理が載せられているようだがクロシュで隠され見る事が出来ない。
「 皆様、お待たせ致しました」
セバスチャンとマゼンタがテーブルの近くへとくると歩みを止めて深く頭を下げた。
斎鹿が、いよいよご飯!と張り切っているのは、サリルトにもシアンにも言うまでもなくわかってはいた。斎鹿がフォークとナイフを取り握るようにして持っているのを見たシアンは、すっと小さく右手を上げた。
すると、マゼンタがカートの横につき、屈むと下から紐を取り出した。セバスチャンは、カートからは離れ、斎鹿の椅子の後ろに立つ。マゼンタが斎鹿の元へと紐を持っていくとセバスチャンは斎鹿の横に移動し、両手で斎鹿の両肩を椅子に押さえつける。マゼンタがタイミングを見計らったかのように斎鹿の鎖骨のすぐ下あたりから紐を何重にも巻き、椅子に縛り付けた。斎鹿は、椅子に深く座ることになり、強制的に正しい姿勢となった。
「 えっと…こっちでは身体を縛り付けてごはん食べる習慣が…」
斎鹿は戸惑いながらサリルトやシアンの顔を見る。シアンは右手を軽く上げ人差し指を立てると、屈託のない笑顔を浮かべた。
「 レッスン1、正しいマナーを学びましょぉ。 公爵夫人ともなれば、マナーの必要なお料理を頂くことになります。今からアルファイオス家の恥とならないよう、きちんとした教養を身につけましょぉ」
「…いやいやいや」
「 縛っているのは正しい姿勢を保つため。椅子には深く腰を下ろして、顔を近付けず、手を近付けてお料理を頂くのよぉ」
シアンは男性が見たら一瞬で恋に落ちてしまいそうな笑顔を浮かべ、首を可愛く傾けて言うが斎鹿にはちっとも可愛く見えなかった。むしろ小憎たらしいぐらいだ。
「 それでは始めてちょうだい」
斎鹿を縛った後、カートの脇に控えていたマゼンタとセバスチャンに向かいシアンが言い放つと2人は一礼しクロシュを開けた。
最初の料理は、生温かい豆のスープに白身魚のタルタルが添えられ、円筒形のガラスの容器に二層に別れていたものだった。
マゼンタがそれを3人のプレートの上に置き、セバスチャンがシアンとサリルトのグラスに赤紫色の飲み物を注いでいく。斎鹿のグラスには赤紫ではなくオレンジ色の飲み物だった。どうやらアルコールが入っていない物を斎鹿に注いでくれたらしい。
「 では、いただきましょう」
「 いただきます!」
斎鹿は、シアンが手を伸ばしたスプーンと同じスプーンを手に取って食べようとしたが、身体が押さえつけられているためにいつものように料理に手が出せなかった。
「 ちょ、ちょっとぉ‼︎ 食べれないんですけどっ」
「 お行儀が悪いからよぉ」
シアンは斎鹿の文句を子どもの戯言のように流すと、素早く料理を食べ、サリルトも我関せずといった面持ちで料理を食べ進める。2人が食べ終わり、サリルトが右手を軽く上げると、料理の入っていた容器がマゼンタとセバスチャンによって下げられた。斎鹿は手もつけていなかったのだが、何故か下げられてしまい困惑した表情を浮かべている。
「 まだ食べてないんだけど…」
「 遅い。私と姉上より遅ければ下げる」
「 酷い‼︎ 横暴だ‼︎」
「 あらぁん? これで早かったら後々大変よぉ? これもぉ、勉強のうちだと思って頑張ってぇ」
食事をするのに努力は必要なのか、と斎鹿は考えながら下げられていく皿を眺めていた。無駄な抵抗は疲れるだけだとわかってはいたが、食事のこととなると諦めも悪くなる。
次こそは食べてやるという決意を抱いた斎鹿はスプーンを置き、ナイフとフォークを持って臨戦態勢をとる。
「 ぜっったい全部食べてやる‼︎」
この決意も虚しく、デザートを食べ終わった時には斎鹿の腹の虫の大合唱が部屋に響いていた。
ありがとうございました。
2014/10/28 編集致しました。