第三十話 用意周到な結婚計画?
斎鹿はサリルトの囁きに一時我を忘れていたがすぐに自分を取り戻すと、サリルトの腹に肘鉄砲を食らわせ、部屋から出ていくように怒声を上げた。サリルトもこれ以上斎鹿を怒らせると準備に支障が出ると判断したのか、斎鹿の脳天に軽く口付をするとそのまま執務室へと踵を返した。斎鹿は、口付されたことに怒り、地団駄を踏んだ。
そして、西側の大窓の近くにある優美な曲線と自然をモチーフにした精緻な装飾を施した白い楕円のテーブルと机と同じモチーフの椅子へと視線を移した。斎鹿はそこまで歩いていくと足を投げ出して乱暴に座る。椅子の背もたれにぐっと体重を掛け天井を見上げて目を瞑ると、もしかして目を開けるとこれはすべて夢で家に戻っているのではないかという考えが一瞬脳裏を過った。
閉じていた目を瞼が震えながらゆっくりと開いていく。
「 …やっぱりそう簡単にはいかないかぁ」
目を開けてそこに映ったのは目を閉じる前と同じ光景だった。斎鹿は次に床に置かれた茶色の長方形の深いバスケットの中に畳まれた先程まで着ていた服に視線を移すと、アメリカンスリーブを右手にとって持ち上げる。そして、斎鹿はその下に灰色のパーカーと濃紺のジーンズがきれいに畳まれていることに気が付いた。持っていた服を放しパーカーを勢いよく手に取るとらそのまま胸元へ掻き抱いた。パーカーからはいつも嗅いでいる匂いではなく花の良い匂いがした。
斎鹿はパーカーに袖を通し濃紺のジーンズを履くと、立ち上がり執務室へと繋がる扉へと歩き出した。その足には靴は履かれておらず裸足で、髪も留めるものがなく腰までの髪を歩くたびに揺らしている。
「 よーし!」
斎鹿は扉の前までくると気合を入れた声を出し何度か深呼吸をしてから一気に扉を開けた。
そこには長方形型ローテーブルの上には、クリーム色の陶器でお皿の縁のレースの飾りがシックで豪華な雰囲気の3段ハイティースタンドにクッキーやケーキが乗せられ、その横には白い陶器のティーポットが置かれていた。シアンとサリルトの前には、ソーサーに乗せられたティーカップがそれぞれ置かれ、1人掛けソファに座るシアンの後ろにはセバスチャンが控えていた。
「 サーちゃん、お疲れさまぁ」
シアンは扉を開けたまま立っている斎鹿に気付くと、こちらに来てとばかりに手で招いている。斎鹿が扉を閉めソファへと向かいサリルトの隣へと腰かける。裸足の足に硬いものが当たり、何かと視線を下げる。それは、斎鹿の中で忘れ去られていた刀だった。
「 …うげっ」
「 忘れていただろう」
サリルトは斎鹿の心を読んだように斎鹿に疑いの目を向けた。斎鹿は当てられたのが悔しく、そんなことはないと強がる。が、サリルトにはそれがわかっているように鼻で笑うとティーカップへと手を掛けた。
「 セバスチャン、今日の予定をサーちゃんとサリーちゃんに教えてあげてちょうだい」
「 はい、かしこまりました」
セバスチャンは左の胸元から黒革の手帳を取り出し、栞紐が挿んであるところを開いた。
「 サリルト様、斎鹿様には14時より式のマナー等を学んで頂きます。16時に出席者リストの確認と式の打ち合わせ。17時30分礼儀作法、ダンスの講師が参ります」
「いや、結婚しないんで」
「 あらぁ、結婚式は明日なのよぉ? マリッジブルー?」
「 いや、まだ結婚する気ないんで」
シアンは大きなため息を吐き口を尖らせる。
「 サーちゃんて…往生際が悪いのねぇん」
「 私が悪いみたいに言わないでください」
セバスチャンはカートの上で斎鹿の分の紅茶を入れると斎鹿の隣までソファの後ろを歩いていき、そっとカップを斎鹿の前へと置いた。
「 …私が嫌いか?」
サリルトは真剣な面持ちで斎鹿を見詰める。斎鹿はその顔に戸惑いを感じ何故だか責められているような感覚さえ覚える。
「 別に…うーん、普通?」
斎鹿の冷静は返答にシアンは噴き出して笑ったがすぐに両手で口を押さえて耐えている。その口からは零れた笑い声が聞こえ、肩は小刻みに震え身体を捩って耐えている。
「 姉上、笑いたければどうぞ」
「 そ、そんなの、わ、悪いわぁ」
サリルトは斎鹿だけを見詰めてシアンに言うが、シアンは笑うことを押し堪えることに必死で言葉が上手く発せないようだ。
「 では…とりあえず結婚してみるというのはどうだ?」
「 いくら流され体質でもむーりー」
「 結婚する」
「 強制⁉︎」
勢いよく否定した斎鹿にサリルトはため息を吐くとシアンへと視線を移した。シアンは、椅子の肘掛けを手で叩いて何とか笑いを抑えようとしているが上手くいかずにいた。サリルトに見られていることに気付くと、咳ばらいをし何とか平静を保とうとしている。
「 サ、サリーちゃん、振られたわねぇ。もぉん、サーちゃん、何が気にいらないのかしらぁ」
「 結婚辞めたいです」
「 無理よぉ。もぅ莫大な費用がかかってるしぃ…人だって…それとも教会の違約金諸々払ってくれるのぉ?」
「…ちなみにおいくらですか?」
「 はいはい、セバスチャン。 教えてさし上げてぇ」
セバスチャンはソファの後ろを歩いていき、斎鹿の耳元に手を添えてそっと答えた。斎鹿は変な叫びを上げ、勢いよく立ちあがり、シアンに右腕を伸ばし人差し指を立てる。
「 こ、こんなに払える訳ないじゃない⁉︎ 勝手に教会とか予約したんだから、払ってくださいよ!」
「 ふふ、びっくりしたぁ? うーん、でもぉ、名義はいざという時のためにサーちゃんなのよぉ」
「…ちなみに、いざという時って?」
「 うふ、こういう時?」
シアンは可愛らしい頬笑みを浮かべ、右手を口元に当て、勝ち誇ったように高笑いした。
ありがとうございました。
2014/10/28 編集致しました。