第三話 戸籍の小悪魔
突然の姉上と呼ばれる人物の襲来に戸惑う斎鹿は、自分の隣に腰かけていたサリルトの服の袖を引いた。
姉と言い合っていたサリルトはそれに気付き、斎鹿を安心させるように肩に手を置いた。
それを見た姉上は、ふふふと口の前に手をあて、悪戯っ子のように微笑んだ。その顔は、女神のように美しいが、斎鹿とサリルトには小悪魔にしか見えない。
サリエルが深く長椅子に腰かけ、ため息を吐く。斎鹿は、呆然と反対側の長椅子に優雅に座る姉上を見ているしかなかった。
「 私としたことが、まだお名前を聞いていなかったわね」
改めて聞いてみる鈴を転がしたような可愛い声に斎鹿はだんだんと自分が状況に慣れてきているのを感じた。斎鹿はひとりっ子なので、姉弟の関係というものはこういうものなのかと唖然とした。
斎鹿はサリルトから姉上に視線を移した。
「 名前…斎鹿と言います。 自分でも何でここに来てしまったのかわからなくって……」
「まぁ⁉︎」
姉上は、再び口の前に手をあてると、サリルトと同じライトグリーンの瞳で弟を鋭い眼光で睨んだ。
そして、机の上を白く滑らかな手が斎鹿の膝に置かれていた方の手を掴むと、優しく握りしめた。その行動に、斎鹿は自分の手と姉上の手を見て戸惑うしかなかったが、ふっと姉上の顔をみると瞳には涙が溜まっていた。
サリルトもその様子をみて、驚いたように斎鹿の肩に置いていた手を姉に伸ばすと、パンっと音がしたと同時に自分の手が斎鹿の手を握っていた手に叩かれていた。
「 ……サリルト、あなたに失望しました」
「 は?」
サリルトは何を言い始めたのかと耳を疑った。
「 お嬢さんを同意もなしに攫ってくるなんて! お父様やお母様がこれをお聞きになったらどんなに悲しむか‼︎ あなたが考えていないなんてぇ」
涙をためた両眼で睨まれ、可愛らしい声でまくし立てられたサリルトは、姉上がかなりの勘違いをしていることに気付き、冷静にため息を吐く。
「 姉上……彼女はどうやらこちらの世界の方ではないようです。何もわかっていない様子の彼女を青い苑で保護したんですよ」
姉上は、あらっと小首を傾げて目を瞬かせた。
そして、先程まで斎鹿が話していたことをサリルトは姉上に話した。話をるといってもまだ大まかにしか斎鹿から話を聞いておらず、サリルトも斎鹿に所々尋ねながら話を進めていった。
黒い影のこと、ご神体の刀のこと、自分のこと、今までのことを斎鹿はサリルトに尋ねられるままに答えていった。
「 では、君は黒い影に追われ、神殿に行きご神体といわれる剣に触ったところ青の苑にいたんだな」
斎鹿は、首をゆっくりと縦に振った。そして、はっと目を見開き慌てはじめた。
サリルトは、突然ソワソワし始めた斎鹿に何かあるのか問い掛けた。
「 ご神体、さっきのところに置いてきちゃった……」
立ち上がり扉に向かって歩きはじめようとした斎鹿の手首をサリエルが長椅子に座ったまま掴むと、落ち着くように声を掛けた。
「 あとで家の者に調べに行かせよう。それよりも、黒い影に追われていたというのなら君が1人になるのは危険。 君が本当の事を言っているのならの話だが…」
斎鹿の手首をきつく握り、まるで犯罪者のように疑いの眼差しを向けられた。よくわからない世界で、よくわからない顔の良い男に問い詰められ、よくわからない彼の姉には顔の良い男の嫁だと思われ両親に紹介されそうになり、よくわからないことに今度は犯罪者か何かと思われているらしい。
斎鹿は握られている手首を振りほどき、そのままサリエルの方へ向き直ると抑えていたものが溢れだしてきた。
「 ちょっと、あんた‼︎ 顔がちょっと良いからっていい気になってんじゃないわよ。そりゃ、困ってるところを助けてもらったことは感謝はしてるけど、私は何にもしてない善良な一般市民なのに、なんでそんな目で見られなきゃなんないのよっ‼︎ そりゃ、権じぃの家の柿の木に登って勝手に柿食べたり、学校サボって山で遊んだりしてたけど、私は立派な小市民よ‼︎」
突然勢いよく怒りはじめた斎鹿にサリルトは呆然と振り払われた手を見つめた。
「 だいたい、あんた、いい歳した大人のくせに姉ちゃんに結婚の心配してもらってんじゃないわよ。 あんたのその顔なら隠し子5人くらいいそうなんだから、早く結婚して安心させてあげなさい!……て、まさか、男が好きなの? 」
「 違う‼︎私は女が好きだ‼︎」
斎鹿の突拍子のない発言にサリルトは間髪をいれずに立ち上がり怒声を上げ否定した。
その様子を見ていた姉上は笑いを抑えられない様子でクスクスと笑いはじめ、2人に長椅子に座るように促した。
姉上の笑い声に気付いたサリルトと斎鹿はお互いに気まずそうに再び長椅子に腰かけた。
「 斎鹿ちゃんはこちらのことは何も知らないでしょ? 今、外に出るのも危険だと思うしー、戸籍もないでしょうぉ? 一時の感情で行動するのは後々後悔する原因になってよ」
姉上が斎鹿を諭すように言うと、サリルトは斎鹿に勝ち誇ったような顔をしてふんっと鼻を鳴らした。斎鹿は悔しそうにサリルトを睨む。
「 それに、サリーちゃん、あなたは人に対して過敏になり過ぎよぉ。 警戒することも大切だけど、信用することも学ばなければいけません!」
すると、今度は斎鹿が勝ち誇ったような顔をしたが、サリルトは眉をしかめ真剣な面持ちで膝に置いて手を見つめていた。
「でね…斎鹿ちゃん、戸籍がこちらにないなら作るいい方法があるわよ」
麗しい女神のように微笑んだその顔は、斎鹿とサリルトには再び小悪魔のしっぽと黒い翼が見えたような気がした。2人は嫌な予感にごくりと息を飲んだ。
「 サリルト・アルファイオス公爵と結婚すれば戸籍も自動的につくられるわよぉ」
手を叩いて喜ぶ姉上に、やっぱり……と2人は深くため息をついた。
ありがとうございました。
2014/10/24 編集致しました。