第二十九話 悪魔の頬笑み
女性であれば、素敵なドレスを着られるというのは心躍るものだ。
特にウェディングドレスというのは女性の憧れである。愛する人と一生を共にすることを誓う式で身に纏うドレスは、その日のためだけに特別に選ばれた特別なドレスなのだ。そのドレスを身に纏う女性は誰もが幸せな表情を浮かべ、愛する人の元へと嫁いでいくのだ。
しかし、例外というものはどこにでもある。 アルファイオス家の突貫忍冬の部屋にてネックトップ、ビスチェライン、ウエストをメジャーで麗しい美女3人に下着のみの身体を測られている少女・斎鹿に至っては幸せというより不貞腐れた表情だった。それは、明日の昼には結婚式を迎えようとしている花嫁の表情ではなかった。
斎鹿を採寸している美女たちは足首までの黒い長袖ロングワンピースでその肩の部分にはプリーツタイプのレースが2重でついており、胸元には広いピンタックが横向きに縫われている。その上にVカットのエプロンを付けて、ちらりと見える足には黒のエナメル靴が履かれている。
クラシカルなメイド服を纏った美女3人は嬉しくて堪らないといった表情でテキパキと採寸を済ませていく。
「 明日の結婚式が楽しみですわ」
バストを測りながら褐色の髪と同じ色の瞳の美女が嬉しそうに言う。美女は、褐色色の長い腰までの髪をポニーテールにして明るく笑っている。
「 …全然楽しみじゃない」
冷静な斎鹿の返答にピップを測っていた浅緑色の毛先がふんわりボブスタイルに紺碧の瞳の美女が控えめに笑う。
「 まぁ! 」
「 ご主人様は、一途な方ですもの。 きっとお幸せになれますわ」
ポニーテール美女とボブスタイル美女は互いに示し合わせたように楽しそうに笑っている。
斎鹿はこの羞恥に満ちた時間を早く終わらせてほしいのだが、2人の美女は先程から『サリルト様はこんなに素敵よ攻撃』が続いている。もう1人の美女は紙に測ったサイズを黙々と書き続け採寸を続けている。
「 あなた達、いい加減になさい。 この後もお嬢様は予定が盛りだくさんなのよ」
黙って作業を続けていたクールビューティーは厳しい視線を2人に向けると、しゅんとした2人は倍の速さで斎鹿の身体を測っていく。
「 いや…予定は私が何にもしなくても勝手に進んでいくんで…はは…」
濃紺の髪を頭の上でまとめ同じ色の瞳、顔には黒縁眼鏡を掛けているクールビューティー美女は、表情をまったく変えずに頭を下げる。その無表情さは誰かを思い出させる。斎鹿は誰だったかと思い返しているとすぐに思いついた。
先程まで一緒の部屋にいて何故か突然求婚してきた無愛想男だ。
「 うぉぉ‼︎ ここは流されたらだめなとこだー‼︎」
斎鹿が両手を上にあげて掌を力一杯握りしめて叫ぶ。と、ガチャっと扉の開く音が響き美女三人は扉の方に向き直り頭を下げた。
「 うるさい」
「 すいませ…って、なんで入ってきてんの⁉︎」
斎鹿は咄嗟に扉に背中を向けたまま身体を隠そうと両手を身体に這わすが隠れるはずもなく、サリルトに斎鹿の下着を身につけて着る部分以外の素肌を見られてしまった。
サリルトは左手を軽く振ると3人の美女は廊下側の扉から退出していった。何だかんだと話している内にすべてのサイズを測り終えたようだ。
「 ドレスは何色が良いか聞いてこいと…」
「 後でもいいでしょ‼︎何で入ってくんのよ、変態‼︎」
「 夫に向かって変態とはなんだ」
「 変態じゃなかったら痴漢‼︎」
サリルトは扉から真っ直ぐに斎鹿の元へと向かう。
斎鹿はそれに気付いたが裸同然の姿ではどこにも逃げられず、大声を上げてサリルトを威嚇することしか出来ない。
「 近寄らないでよら変態の痴漢‼︎」
「 変態で痴漢とは…。 夫に対する態度を教えねばならんな」
「 夫って言うなぁ!」
サリルトは斎鹿の真後ろまで来ると、後ろから左手を腹に回し右手を胸の下に這わせるとそのまま斎鹿を引き寄せた。
斎鹿の身長とサリルトの身長は20㎝の差があるので上から斎鹿の顔を覗き込むようにサリルトが斎鹿の耳元へと口を近付けるとふっと一息吐いた。
「 ぎゃぁ‼︎」
「…もっと色気のある声は出せないのか」
サリルトが呆れたため息を吐く。
「 うぅ、気持ち悪いぃ。 耳に息吹きかけないでよ、変態の痴漢‼︎」
斎鹿は何とか反撃しようと捲し立ててはいるが、その顔も耳も身体も恥ずかしさで赤くなっていた。
斎鹿は男性免疫がない。サリルトのように積極的な行動を取られるとどうすればいいかわからず、ただ戸惑い相手を罵るしか出来なかった。
「 ふむ。 白と薄緑は好きか?」
「 ふぇ?」
「 どうだ」
「 …まぁ嫌いじゃないけど」
サリルトは無言のまま頷くと「わかった」とだけ言い黙り込んだ。
斎鹿には何のことだかわからずに首を傾げて考えたが、今は自分の格好の方が重要だ。
斎鹿はサリルトの腕の中で逃げるように足掻いているが、サリルトには逃がす気がないようで足掻く斎鹿を意地悪そうな瞳で見ている。その口元はわずかに緩んでいる。斎鹿は諦めたように斎鹿の胸に体重を掛けてもたれると口を尖らせた。
「 …本当に結婚する気なの?」
「 する気がないのなら、今頃このようなことはしていない」
「 ねぇ…楽で面白いからって普通結婚しないよ」
「 私が普通ではないような言い方をするな」
「 普通じゃないもん!」
斎鹿は右肘で思い切り後ろのサリルトの腹へと撃ちつけた。
「 もし帰れるようになったらどうする? 結婚してても私は帰るよ?」
「 …その時はその時だ」
斎鹿はサリルトの答えに意外と目を瞬たせると上を見上げた。
「 …帰っていいんだ」
そこには天使のような頬笑みを浮かべたサリルトの顔があり、斎鹿はまた不覚にもときめいてしまった。呆けている斎鹿にサリルトは低く甘い声で斎鹿の耳元で囁いた。
「 まぁ…帰れるものならな」
天使の頬笑みは悪魔の頬笑みに変わった。
ありがとうございました。
2014/10/28 編集致しました。