第二十五話 ベット上での告白
笹百合の扉の向こうの部屋は寝るためだけの部屋といってもいいほどだった。
ダークブラウンのクラシックスタイルの天蓋付きのキングサイズ猫脚ベットは部屋の北側にあり、ベットの両端には優美な曲線と自然をモチーフにした精緻な装飾を施した白いナイトテーブルがそれぞれ置かれている。ナイトテーブルの上には何も置かれてはおらず塵一つない綺麗なままだ。
天井には蔦をイメージしたと思われる黒色の真鍮部分と9つの黄色い花型ガラスのシャンデリアが吊り下げられていた。シャンデリアの真下には6畳程の大きさの白い絨毯が敷かれている。どうやら東の客間とこの部屋の調度品は同じものが使われているようだ。
斎鹿はサリルトの横をすり抜けて部屋に駆け込むとチモシーを床に下ろし、猫脚ベットのまで歩いて行くと両手をマットレスの下に突っ込んで動かしている。
どうやらやらしい本を隠していないか確かめているらしい。
「 やめろ‼︎」
後を追ってきたサリルトが斎鹿の頭を掴み、そのまま後ろへと引っ張ると斎鹿は声を上げてその場に尻もちをついてしまった。
「 痛い‼︎ 何すんのよ」
尻もちをついたまま斎鹿がサリルトを上目使いで睨むと、サリルトはそんな斎鹿の様子を見ても嫌みの1つも言わない。斎鹿の悔しそうな視線を背にサリルトはベットへと靴を脱いでドカッと豪快にうつ伏せに倒れこんだ。
斎鹿は立ち上がるとベット脇に立ち、脱力しベットに身を預けているサリルトの顔を見ようと顔を横に向け覗き込むが、その顔はシーツに押しつけられ見る事が出来ない。
「 おまえ…不安はないのか⁉︎ここはお前の世界ではない。 お前を知っている者もいない」
サリルトは柔らかなベットに押しつけていた顔を斎鹿の方に向け気怠げな様子で焦点の定まらない視線を向ける。どうやらかなり眠いようだ。
斎鹿は目を瞬くとサリルトの背に飛び込むように仰向けで倒れこんだ。
「 ぐぁっ‼︎」
サリルトは突如かかった重さに気を抜いていた事もあり、圧迫感を感じて思わず大きな低い声をもらした。斎鹿はサリルトの背の上で両手を広げると、その手がたまたまサリルトの頭に当たってしまうが、今のサリルトには怒る気力もないようだ。
いつもなら怒声が上がり起き上がって頭を押されるところだが、今はうつ伏せになったまま焦点の合ってない目で先程まで斎鹿がいたところを眺めている。
「 だから、言ったでしょ。 あんたの腹立つ態度でそれどころじゃなかったって」
「 …そんな訳あるか」
サリルトの低い声に少し考え込んだように黙った斎鹿だったが、目を閉じて元の世界を瞼の裏に思い出すようにゆっくり目を閉じる。斎鹿の瞼の裏には育ててくれた祖母、村の人達、いつも遊んだ山、まだ昨日の朝までは確実に自分と繋がっていたものが溢れ出てくる。
「 確かにさぁ、なんで私なんだろって思うし、ばぁちゃんを残してきたのは心配だけど。幸い言葉は通じてるんだし、よくわかんない私でも親切にしてくれるし、あんたの姉ちゃんかなり強引だけどいい人だしさ。泣いたって嘆いたってどうしようもないことでしょ?」
「…そうか?」
「 そうそう。 それに、あんたもいい人でしょ?」
サリルトは目を見張ったように斎鹿を見ようと首を動かすが、斎鹿が乗っているので見る事が出来ずベットへと伏せってしまう。
斎鹿はサリルトが首を動かして見ようとしているのに気付いていたが、顔が熱くなっているのを感じ少し赤くなっているだろうとそのまま背に体重を掛け続けて起き上がらせなかった。
「 口が悪くて、態度が悪くて、性格悪くて、女を手玉に取って、何考えてるか分かんないし、女癖悪いし、まぁ何かとうるさいけど、いい人でしょ?」
「 女が2回出てきたぞ。褒めているのか、それは…」
サリルトは方頬をベットに沈ませてため息を吐くと目を閉じ、昨日会ったばかりの斎鹿を思い返していた。会った当初は、婚約者候補が迷ったのかと思い丁寧に対応したが、その涙を見てしまったら逃れられないと思う程儚げで庇護しなくてはと思った。それが今では、口や態度が悪いのはお互いさまだと思うし、斎鹿が言うように女を手玉に取ったりはしていない。ましてや女癖はそれほど悪くないとサリルト自身では思し、何考えているのか 分からないのこっちのセリフだとサリルトも思う。何かとうるさいには何かと気になることをするからだ。
「 おまえは可愛くないな」
「 あんたは性格悪いわね」
「 おまえみたいな女と結婚すると大変だな」
「 あんたみたいな男と結婚すると苦労するわね」
斎鹿はサリルトの背の上から起き上がり退くとそのままベットから降りようと尻を滑らして端へと向かう。
「 どこへ行く」
サリルトが斎鹿の手首を持って引き留めると、斎鹿はサリルトの顔を見詰めた。
掴んでいる手は力を込められているようで斎鹿には少し痛かった。
「 いないほうがいいでしょ?」
斎鹿はその手を剥がそうとすると力が込められている手はさらに力を込め骨が悲鳴を上げそうなほどだった。
「 痛いって! 何なのあんたはっ⁉︎」
手を振って何とか振り解こうとするがしっかりと捕まえられた手首は放されず斎鹿が疲れただけだった。サリルトは何も言わずにその手を引っ張り再び斎鹿はサリルトの背の上に倒れこむこととなった。
「 何なのよ、あんたは」
斎鹿はため息を吐くとそのままサリルトの背に体重をかけた。
沈黙が続く中、唐突にサリルトが切り出した。
「 …おまえ、私と結婚するか?」
甘く低く言ったサリルトの声に今まで何人もの女が騙されてきた。
サリルト自身もこの声の利用価値を見出していたし、何度もこの手で女を口説いてきた自信があった。だからこそ使ったのだが。
「 なんで?」
斎鹿の目を丸くさせ、色を感じさせない表情に、例外もいるのだとサリルトは悟った。
ありがとうございました。
2014/10/27 編集致しました。