第二十四話 姉上さまの勘違い?
シアンとセバスチャンを乗せた2頭の馬が引く馬車は、公爵城を退出し城下を抜けて緑豊かな森の中をさらに走ると、水色の玄関とモールディングが目を引くシンメトリーの白い外観の家が現れた。その2階建ての家はまるで隠れ家のように森の高木の中に隠れるように建っていた。
120坪程の家はサリルトの城の3分の1にも満たない大きさだが、その森の家は安息の地ともいえる程穏やかで何もかもを包み込む優しい空気で溢れていた。
馬車が家の前に着くと、シアンはセバスチャンに支えられながら水色の玄関を潜り、白とピンクを基調とした調度品の脇を通り抜けた。支えられながらガラス張りの戸を開け、中庭のロッキングチェアへと辿り着いたシアンはロッキングチェアへとゆっくりと腰を下ろす。
セバスチャンはシアンを座らせると一礼しお茶の用意をするために室内へと下がった。
中庭には芝生が敷き詰められ鮮やかな花が花壇に植えられ、蝶や金属光沢のある美しい羽毛を持った体長5㎝程の鳥が花の蜜を味わっている。
シアンが腰かけているロッキングチェアは、支柱部分に施されたくりや、背もたれトップの彫り模様など、こだわりのディテールが溢れ、赤みのブラウン色が更に輪をかけて木のぬくもりと優しさを感じさせる椅子だった。ロッキングチェアの隣には、天板側面のエッジ部分にまでタイルを貼り込んで美しく仕上げたラウンドテーブルと曲線フレームが美しい真鍮製の椅子が2脚。
「 ふぅ、悩ましいことだわぁ」
シアンは項垂れたまま小さくため息を吐き、腰かけていた椅子を軽く揺らす。
視線を花壇に移し楽しそうに飛び交う鳥や蝶を眺めた。
普段は愛らしく愛でる存在である彼等も今はただ何も感じないただの飛び交うものだ。
「 まさか…殿方が好きだなんて…」
シアンが空を見上げ呟くと、その空は雲ひとつなく澄み切っていた。
なんだかその空が今の自分の心とは対照的過ぎて見ていられなくなったシアンはそっと目を閉じた。
「 よぉ、居るんじゃねぇか」
後ろから聞こえた声にシアンは目を開け身体を起こして後ろを振り向くと、そこには焦げ茶色の毛先がランダムに動きを出した短髪で瞳は蜂蜜色で好奇心に溢れている20歳程の青年が立っていた。
青年はクレリックシャツのネイビーストライプを着て上から2つめまでの釦を外し、下には乗馬用の白キュロットを穿いている。膝革付きのそのキュロットの中にクレリックシャツを入れて、足には黒いライディングブーツを履いている。身長は180㎝程であろうか、体格はがっしりとしている。
どうやら青年は格好から推測すると馬に乗ってやってきたようだ。
青年は、シアンのかけている椅子まで大股で歩いて行くと、シアンの足元に右膝をつき、そっとシアンの右手を自身の右手の掌に乗せるとその甲に唇を落とした。その姿はまるで騎士が女王に忠誠を誓っているようにも見えた。
「 会いたかったぜ、シアン」
「 私もですわ、ロハス様」
シアンは青年の瞳をじっと見詰め、先程まで曇っていた顔を無理矢理笑顔にした。
ロハスと呼ばれた青年はシアンの様子に眉を寄せるとそのままシアンの足元に胡坐をかいた。
「 どうした?あの無愛想になんか言われたのか?」
ロハスはシアンに穏やかな笑みを浮かべて尋ねるが、シアンは無言で首を横に振った。
2人の右手は互いに繋がれたままになっていたが、シアンがぎゅっと力を込めてロハスの手を握る。
「…サリーちゃんに恋人がいるんですって」
シアンは再び項垂れたが、ロハスにはそれが何故落ち込む原因なのかがわからない。
ロハスの知っているサリルトと言えば『無愛想で真面目。政務にそつがなく、冗談が通じない。特定の女は作らないし、結婚願望0』の男だ。その男が結婚しないことを憂いでいたシアンは婚約者候補を見つけては弟の世話をしていたはずだ。その弟に恋人が出来て、何が悲しいのか。
「 いい話じゃねぇか。で、なんで落ち込んでんだよ」
「 お相手が」
「 相手が?」
ロハスはわからないと首を傾け、シアンはロハスの目を見詰めて思い切って言う。
「 サリーちゃんの相手は男なんですのっ‼︎」
ロハスは呆気にとられ声も出ない様子だったが、すぐに芝生に倒れ込むようにして腹を抱えて大声で笑い出した。今度はロハスのようにシアンが呆気にとられる。
「 笑ってる場合じゃありませんわ‼︎」
「 はははははっ‼︎ なっ、なっ、なんでっ、そんなことにぃっ」
シアンは口を尖らせ、ロハスを睨んだ。ロハスはそれを気にせずに笑い転げている。
「 昨日、サリーちゃんが女の子を連れてきたの。 その子は、明るくて素直でサリーちゃんにもはっきりと言いたいことは言えて、それでいてとっても愛らしいの。 私、もうその子しかサリーちゃんのお嫁さんはいないと思って半ば強引に結婚話を進めていたんです…今朝になってその子が「弟さんは男の恋人がいる」って…」
「 で、信じたのか」
「 だって、一晩も一緒の部屋に閉じ込めていたのに何もなかったのよぉ。それにサリーちゃんは女性にはあまり興味がないようだしぃ…」
「 閉じ込めてたって…シアンがそういうことするから無愛想は嫌がるんじゃねぇの?」
ロハスは勢いをつけて一気に起き上がると同じ場所で胡坐をかいた。
「 それにサリルトはシアンには黙ってっけど、結構女に手ぇ出してる。 俺が知る限り…一夜だけの女なら数え切れないぜ?」
ロハスは両手をついて立ち上がり手の指を互い違いに組むと頭の上へと上げてぐっと伸びをした。シアンはそんなロハスの言葉を信じられないといった視線で見詰めていた。
「 疑うなら俺の記憶を視てもいいぞ」
その視線に気付いたロハスは穏やかな笑みを浮かべシアンに言うが、シアンは首を横に振った。
「 あなたの記憶は視ないわ。 だってそう約束したものぉあなたの言葉は真実だけを私に教えてくれる。そうでしょぉ?」
シアンは不安そうな顔をいつもの自信に満ち溢れた明るい笑顔に戻すとロッキングチェアから勢いよく立ち上がりロハスの胸に抱き着いた。突然のシアンの行動に目を見開いたロハスだったが、上に上げていた手をそっとシアンの背に回した。
「 だったら斎鹿ちゃんが私に言ったのは嘘だったってことかしら?」
「 さぁ? それはわかんねぇな。 その子がサリルトのことを本当にそう思って言ったって場合もあるし、強引に結婚を進めるのを止めようとしたのかもわかんねぇ」
「 私、強引過ぎたのかしらぁ」
ロハスは黙ったままだったか、ここにサリルトと斎鹿がいれば力いっぱい頷いていただろう。
「…どこまで進めた?」
ロハスは恐る恐るといった感じで胸元に顔を寄せているシアンに尋ねる。
「 まだまだですわぁ。でも、式場の予約と招待状は出してありますのぉ。だから、後は斎鹿ちゃんとサリーちゃんの衣装の打ち合わせですわ」
「 はっ⁉︎ 招待状出しちまったのか⁉︎ 会ったの昨日だろ?」
「 えぇ、でも善は急げですわぁ」
胸元から顔を上げて上目使いで嬉しそうに笑うシアンはそれはそれは可愛らしかったが、ロハスはここまで強引に進められた2人を憐れんだ。ここは憐れな2人のためにもシアンに釘を刺さねばとロハスは厳しい顔つきでシアンの名を呼んだ。
「 シアン、男は大事な女にはなかなか手が出せねぇもんだ。結婚ってのは…男にとっては一世一代の大勝負。 それを会って明後日に結婚じゃあ愛も深められねぇし、結婚しても上手くいかねぇぜ?」
ロハスの言葉に目を見開いたシアンは嬉しそうだった顔を曇らせ、ロハスの胸に再び顔をうずめた。そのまましばらくシアンはそのまま顔を上げなかった。心配したロハスはそっと顔を覗き見ようとするが、シアンはさらに胸に顔を押しつける。
「 シアン、きつく言っちまったけど、」
「 そうよ‼︎ サリーちゃんは斎鹿ちゃんのことが好きだったから、あの夜何にも出来なかったんだわ‼︎」
ロハスの言葉を遮り、勢いよくロハスの胸から顔を上げたシアンは嬉しそうに大声を上げた。どうやらシアンはロハスにきつく言われて落ち込んでいた訳ではなく、ロハスの言葉に疑問を感じ考え込んでいたらしい。
「 あっ、えっ、いや、俺はそういう意味で言ったんじゃ…」
「 確かに焦りすぎてました…サリーちゃんはまだ斎鹿ちゃんへの想いを自覚してなかったのよぉ。 そうと分かれば、今から大忙しだわぁ」
「 おーい、シ、シアーン」
もはやロハスの言葉はシアンには届いていなかった。
シアンは背伸びをしてロハスの口に軽くキスするとそのままロハスの腕の中を離れてガラスの戸をくぐり大声でセバスチャンを呼んだ。
「なんか、ごめんな」
その場に残されたロハスは苦笑いを浮かべ、再び憐れな2人に謝るしかなかった。
ありがとうございました。
2014/10/26 編集致しました。