第二十三話 前略 姉上さま
《前略
姉上さま、先程はお越し頂いたにも関わらず碌なお持て成しもせず申し訳ありませんでした。 早速ですが本題に入らせて頂きたく存じます。
私は、斎鹿がいうような『男性の恋人がいる』ということは断じてありません。なぜなら、私は女性が好きだからです! 姉上さまには黙っておりましたが女性との関係も1度や2度ではなく、幾度となくあります。これは言い訳ではありません。本当に私は女性が好きなのです。
姉上さまを悲しませた罰ならいくらでも受けますので、何卒本日中に我が邸にお越し頂きたくお願い申し上げます。
草々》
サリルトは執務室の机に羽ペンをインク壷に付いているペンホルダーへ置くと椅子の背にぐっともたれる。
その間、斎鹿は執務室の北側にある机に紙を置き白い2人掛けのソファに座りながら右手で羽ペンを持っている。その顔は天井を向き、文章を悩んでいるようで口を尖らせている。サリルトはそんな斎鹿を見詰めると、青の苑から戻ってきたときのことを思い出していた。
青の苑から城までは時間にして20分程かかり、その間もチモシーはずっと斎鹿の頭が気にいったようで乗ったままだった。どうやら母親の背にひっついて生活する子どものチモシーは、毛のある斎鹿の頭が母親の背と同じように感じているらしい。
ツナギは1度部下の元へ行くと城に着く前に別れ、斎鹿とサリルトは城に戻った後、斎鹿がマゼンタにチモシーを見せ何か食べさせる物がないか尋ねると、マゼンタは目を大きく見開き主人の顔を見た。サリルトが無言のまま頷くと、マゼンタは大きく見開いていた目をそれ以上に見開き驚いた様子をみせた。
マゼンタはそっとチモシーを斎鹿の頭から抱き上げると食事をさせるといって奥へと下がってしまった。斎鹿は自分でチモシーに食事をさせたかったようで、マゼンタを引き留めようと手を伸ばしたが、サリルトがそれを許さず右手を掴んでずるずると2階にある執務室まで連れてきた。
それから斎鹿に数枚の紙と羽ペン、インクを渡したが、「使ったことがない。」と反抗されたがサリルトは何とかしろと強引に渡し北側のソファに座らせ、左手に持っていた刀は足元に置かせ、手紙に集中するように告げた。
それから数分が経ち、サリルトは下書きを済ませ清書を済ませたというのに、斎鹿はソファに座らせてから羽ペンを持ったりインクに羽ペンを浸けたり天井を見て考え込んだりの繰り返しだ。
「 書けたのか」
サリルトが尋ねても斎鹿は唸るばかりで返事も碌にしない。サリルトは椅子から立ち上がると斎鹿の後ろまで移動をし、そっと斎鹿の頭越しに手紙を盗み見る。
そこには未だ真っ白な紙が置かれていた。
「 一体いつになったら書き終わるのだ」
「 いやね、私、昨日ここに来たばっかりじゃないですかぁ」
「 だから、どうした」
「 字なんて書ける訳ないじゃん。 ってか、話せてるのも今考えると不思議だよね」
「……」
不覚にも斎鹿の言葉を聞くまで考え至らなかったサリルトは黙り込み、1人掛けのソファに乱暴に座ると斎鹿の持っていた羽ペンを強引に奪った。
「 仕方がない。代筆してやる」
斎鹿は、最初からそうすればよかったのに、と思ったがそれを言葉にすればまた怒るだろうと先読みし何も言わずに深呼吸を小さくした。サリルトはさっと書くと羽ペンをホルダーに挿し、その紙を持ち上げて執務机まで持っていくとそれを半分に折りたたみサリルトが書いた手紙と共に洋形封筒へと入れ、封をすると再び羽ペンを持ちインクに浸けるとその上からサインをする。
サリルトが机の上の呼び鈴を立ったまま鳴らすと、5分程してから扉をノックする音が響きサリルトが入るように声を掛けると扉がゆっくりと開けられた。
「 お待たせ致しました」
そこに現れたのはチモシーを抱いたマゼンタだった。入る前に一礼をしたマゼンタは姿勢を正しゆっくりと執務机の近くに立っていたサリルトへと近付く。斎鹿はソファから立ち上がりサリルトの近くへ歩いて行きマゼンタの腕にいるチモシーへ手を伸ばすと、マゼンタは穏やかな笑みを浮かべその腕にチモシーを渡した。
「 姉上に早馬を出し、この手紙を至急届けよ」
サリルトが手紙を手渡すとマゼンタはその手紙を両手で受け取り頭を下げ退出した。
「 さすがに疲れたな…姉上がいらっしゃるまで少し休むか。斎鹿、部屋に戻って休んでいいぞ」
「 ねぇ、その前にさっきのこと教えてよ」
「さっきの?…あぁ、ツナギの守護精霊か」
サリルトは白い1人掛けのソファに向かい腰かけると、まだ執務机の側に立っていた斎鹿に近くのソファに腰かけるように声を掛ける。斎鹿はチモシーを腕に抱いて、サリルトの言葉に素直に従い先程までいたソファに腰かけた。サリルトは腕組みをしその長い左足を下に足を組んでいる。
「 あれって何なの?」
斎鹿は興味津々といった様子でサリルトを見詰める。
「 リリアンは湖の精霊だ。 この世界には様々な精霊がいる。それぞれ精霊には属性があり、水、火、風、土、光、闇、大きく分けるとこの6つだ。 宿主と精霊が互いに心通わせ契約をし、初めて契約した精霊の属性精霊術が使えるようになる」
「 属性精霊術?」
「 簡単に言えば…魔法みたいなものだ。 先程ツナギが使っていたのも精霊術で、その刀の周囲に水の膜を張り外界に影響を与えないために力の抑制をしていた」
「 へぇー! 私も持てる⁉︎ 」
斎鹿は瞳を輝かせ子どものようにサリルトに問いかけるが、サリルトはため息を吐くと両手で目を覆った。
「 おまえはもう契約している可能性がある」
「…した覚えないんですけど」
「 おまえの剣はおまえ以外持てなかった。つまり何かの力が働いているということだ」
「 ちょっと待って……契約って互いに心通わせてって言ってなかった?」
「 それは、精霊が人間に友好的な場合しか契約を結ばないことが多いからだ。 一方的に精霊が見初めて勝手に契約を結んでしまうことも稀にある。 そのようなことが出来るのは力の強い1級精霊だけだがな」
斎鹿は話を理解できず首を左右に傾け何とかサリルトの言っていることを理解しようとしているが、斎鹿のいた世界では精霊は架空のもので山にもいるとは言われていたが見たことはなく現実味はない。それなのに自分がもう契約を済ませてしまっているというのが呑み込めない。それが何なのか、なぜ契約したのかが分からず、刀を見下ろしてもそれは動かずそのまま見下ろされるだけだ。
「 うーん……よく分かんないから、まぁいいわ」
斎鹿が諦めたように言うとサリルトは大きなため息を吐いた。
「 おまえに探究心はないのか」
「 探究心はあるけど、持続力がない!」
サリルトは斎鹿の自信満々の顔を見るとその場から立ち上がり歩いて行くと、笹百合の扉の前に立ち取っ手に手を掛けた。
「 私は少し休むぞ。おまえの相手は疲れる」
「 それはこっちのセリフ‼︎」
サリルトは扉を開け中に入ろうとすると斎鹿もチモシーを抱えその後を追うように中に入ろうとする。
「 おまえは来るな」
「 何でよー…あっ‼︎ さては、やらしい本隠してんでしょぉー」
斎鹿が不潔といった目でサリルトを見ると、サリルトは斎鹿の頭を強く叩いた。
「 いったぁ」
「 隠していないっ」
「 ムキになるところがますます怪しいぃ」
サリルトが再び斎鹿の頭を叩こうとするが、斎鹿は叩かれる瞬間に頭を横にずらし避けた。
「 あたりませーん!」
「 このっ‼︎」
斎鹿はサリルトの横をすり抜け部屋の中へと入っていき、サリルトも急いで向きを変え斎鹿の後を追う。
笹百合の扉はゆっくりと静かに閉まった。
この笹百合の扉をくぐり、部屋の中に入ってしまっことでさらなる誤解を生むことを斎鹿とサリルトはまだ知らない。
ありがとうございました。
2014/10/26 編集致しました。