第二十二話 不思議な少女?
斎鹿は花が咲いていないところ捜し後ろを確認するとゆっくりとその場に胡坐をかいた。
斎鹿の服装は膝上のワンピースだったので胡坐をかけば自ずとワンピースは捲り上がり、その太腿まで露わになっているが斎鹿は気にする様子はない。
サリルトは斎鹿の座るまでの様子を見逃さないように見詰めていたが、露わになった太腿を見て斎鹿の後ろへと回り込むとその頭を右手で掴み思い切り押した。
「 痛い! 何すんの⁉︎」
「 恥じらいという言葉がお前の頭にはないのか」
サリルトは頭を掴んでいた手を離しため息を吐いた。
斎鹿は自身の脚が露出していることに気付いたが、サリルトへ首だけ振りかえり鼻で笑う。
「 ごめんなさぁい、坊ちゃん。 刺激が強かったですわねぇ」
サリルトは馬鹿にしたような斎鹿の態度に軽く頭を叩いた。
「 痛いって! 脳細胞が死滅したらどうすんのよ⁉︎」
「 …元々死滅しているではないか」
「 してないもん‼︎」
ツナギは手に抱えていたチモシーを地に下ろすと、サリルトと斎鹿の間の両手を入れて2人を止める。
「 まぁまぁ、お2人さん。 話を本題に戻しますよ」
ツナギは斎鹿の右側に移動し丁度湖が正面にくるように座り、サリルトは湖に背を向けるように斎鹿の左側に座る。2人共斎鹿とは違い正座だ。
チモシーは下ろされた場所から長い胴を引きずるように前足で斎鹿の近くまで行くと、においを嗅ぎ安心したのか丸くなって眠ってしまった。
「 チモシーたん、かわいいでちゅねぇ! 食べちゃいたいでちゅよぉ」
サリルトはツナギの赤ちゃん言葉を聞いても斎鹿の説得がきいているのか、なんとか我慢をしているようで眉間に皺を寄せている。
斎鹿は胡坐をかいた脚の間にチモシーを抱き上げて置くと、撫でようと手を伸ばしたツナギの手を素早く叩く。
「 本題に戻すんじゃなかったの?」
「 …そうでした」
ツナギは叩かれた手を引いて手を膝の上に重ねて置く。
「 昨日、サリルト様よりご命令を受け、すぐに青の苑に向かい確認にいきました。 まぁ…剣はすぐに見つかりました…。が、確保するにはいたりませんでした」
「 …なんで?」
「 持てなかったそうだ」
「 は?」
斎鹿は、ぽかんと口を開けサリルトの顔を凝視する。
「 重くて持てなかったんですよ」
「 え? 」
「 俺と部下の2人がかりで持てなかったんです。 普通じゃありません。 それにあの剣、突然襲いかかってきて…仕方なく逃げるしかなかったんですよ」
「 ツナギはそのことを昨夜伝えられず、今朝報告したのだ。…おまえが勘違いした言葉はこれだろう」
斎鹿が先程庭園で聞いた「逃げる」「無理」という言葉は間違いなく愛の逃避行計画ではなく斎鹿の刀のことだったらしい。今の今まで疑っていた斎鹿もさすがに自分の刀を必死で捜してくれたツナギに失礼なことは言えずツナギに気まずそうな顔をしながら頭を下げた。
「 あ、ありがとね。 で、今はどこにあんの?」
「 あ、リリアンに預かってもらってます」
屈託のない穏やかな笑顔で目を細めたツナギは遠くを見詰めた。
斎鹿は首を傾け、サリルトのローブを引っ張るとサリルトが首だけを動かし斎鹿に注目した。
「 リリアンって?」
「 妖精だ」
ツナギはサリルトの言葉に頷くとその場から立ち上がり湖の近くまで歩いて行くと、両手を横に広げてゆっくりと呼吸を整える。次に両手を真上に移動させ掌と掌を合わせるとそのまま胸の前まで下ろした。ツナギの瞳は閉じられると、水面に波紋が浮かび上がる。
すると、突然湖から天空へと伸びた螺旋形に巡る激しい水の流れは7色に輝いた。
水の流れの中に1等光る球体があったが、激しい水の流れと輝きによってはっきりとした形は見えない。やがて激しい水の流れは湖へと徐々に下がり、空中に浮かぶ光る球体だけがその場に残された。
光る球体は突如激しい光りと水を辺りに散らばらせる。
そのあまりの眩しさに斎鹿は顔を横に逸らしたが、湖に向かって立っているツナギは目を閉じ胸の前で掌を合わせたまま微動だにしない。
恐る恐る斎鹿が目を開け身体を傾けながらサリルトの前を見ると、そこには頬笑みをツナギに向ける美しい少女の姿が宙に浮かんでいた。
その少女は人間の子どもの10歳程で、髪は薄い水色で全体に鎖骨位の長さで毛先は毛束感と動きを出したミディアムヘアで前髪は目と眉の間に整えられ、大きな瞳は瑠璃色、肌はまるで雪のように白い。
伸ばせば5mはあるのではないかという光沢のある白いシルク布は腰に巻かれ、腰から爪先まですっぽりと覆い隠している。プリーツまで作られているその腰に巻かれた布は、宙を浮いている少女に合わせるように裾を遊ばせている。
下半身を覆い隠す布とは対照的に上半身は胸元を紺碧の布が巻かれ隠されている。
斎鹿はチモシーが膝から落ちるのも気にせずに勢いよく立ち上がるとサリルトの肩を持って思い切り揺さぶった。サリルトは斎鹿にされるがままになり身体が左右に揺れてはいたが我関せずといった様子だ。チモシーは突然地面に落とされたので目を覚まし顔を動かしてあたりを探っていたが、何もないとわかるとまた地面で丸くなって眠ってしまう。
ツナギは宙に浮かんでいる少女リリアンに両手を伸ばすと、リリアンは嬉しそうにその胸に飛び込んだ。
「 リリアンです。属性は水、俺の守護をしてくれてます」
リリアンは声を発せずにツナギの胸から顔を上げると斎鹿に向かって頭を下げる。
それにつられるように斎鹿もリリアンに頭を下げた。
まだ混乱している斎鹿にサリルトは揺すられ続けていたが、突然立ち上がると丸まって寝るチモシーの首筋を掴み斎鹿の頭に乗せた。
「 落ち着け。 ツナギ、刀を」
「 はい。リリアン、頼む」
サリルトの言葉に頷いたツナギはリリアンに目配せした。
リリアンはツナギから離れ湖へと飛び込むと、すぐに水の膜が張られた中に刀が入った水球と共にリリアンが湖から出てきた。リリアンが空を切るように右手を振ると水球は斎鹿の目の前に移動すると、パチンという音を立てて水球は弾けその場には斎鹿の刀だけが残った。
「 ありがとう、リリアン。助かったよ」
ツナギがリリアンに穏やかな笑みを向けると、リリアンはツナギの首に両手を回し抱き着いた。
「 リ、リリアン、ありがと」
斎鹿はサリルトの後ろに隠れ顔だけを出してリリアンにお礼を言ったが、その顔にある笑みは引き攣っている。そんな斎鹿の頭にチモシーは張り付くように器用に乗っている。
リリアンはそんな斎鹿に微笑むとそのまま姿が薄くなり消えてしまった。
「 き、消えた」
「 …また詳しく教えてやる。まずは剣を持ってみろ」
斎鹿はサリルトの後ろから恐る恐る出ると刀の柄を握る。
柄は水球の中に入っていたにもかかわらずまったく濡れておらず、斎鹿は刀を軽々と持ち上げた。
「 軽いんですけど」
「 ははは、斎鹿様は怪力ですねぇ」
ツナギの悪気の欠片もない笑顔に斎鹿は殴ってはいけないと心では思ってはいたが、つい足が出てしまった。サリルトの後ろから飛び出るとそのまま助走をつけ振り向いていたツナギの腹に蹴りを入れた。構えていなかったツナギは両膝をつき両手で蹴られた腹を押さえている。
サリルトはツナギと斎鹿の様子に肩を落としため息を吐く。
「 その刀については後で調査する。それまで持っていろ。今は城に戻って手紙を書くことが先決だ。」
「 ん? なんで?」
すっかり忘れている斎鹿の頭を叩くと、そのまま手を斎鹿の頭の上に置き下へと押す。
すでにサリルトにとってこの技は斎鹿用になってしまっているようだ。
「 馬鹿が! 姉上に手紙を差し上げるのだろうが」
「あぁ! …でも、明後日までほっとけば?結婚させられないで済むじゃん」
斎鹿は左手の掌に右手で拳をつくって打つと納得といったように頷いた。
「 私の誤解を解く方が先決だ‼︎」
「 いいじゃん。ちょっと男が好きと思われてるだけで害ないんだし」
「 害は大いにある‼︎」
サリルトは斎鹿の右手首を掴むとそのままズルズルと引きずるように出口へと歩いて行く。斎鹿の左手には刀、頭には張り付いているチモシー、右手はサリルトに掴まれて斎鹿は諦めたようにサリルトの横をついて行く。
( 仲が良いなぁ)
後ろから見ていたツナギは、2人を微笑ましそうに見つめた。
ありがとうございました。