第二十一話 面倒くさい男達
(珍しいこともあるものだと思った。サリルト様は警戒心が強く簡単には他者を受け入れない。 なのに何故あの少女は受け入れたんだろう。そうか…きっと、サリルト様は恋をしたんだ。 まだ幼いあどけない少女と女性を愛したことがないサリルト様、まだ始まったばかりの恋を2人で一生懸命育んでいるんだろう。 それならば、深くは聞くまい。 聞かぬも紳士の嗜み。 斎鹿様の拾ったチモシーに名前を2人で仲良く考えている姿は、まさに子どもに名前を付ける夫婦のごとく仲睦まじかった。 もう少し斎鹿様が大人になれば、この静かな城に赤子の泣く声が響くだろう。 俺はその日を待ちわびて、これからの剣の鍛錬に一層力を入れよう)
ツナギは青の苑へと向かう道程で前を歩くサリルトと斎鹿の背中にそっと笑顔を向けると心の内に決意を固めた。斎鹿とサリルトは相も変わらずチモシーの名前をどうするか決めている最中のようで時折斎鹿がサリルトに殴りかかっている。当然、斎鹿の拳はサリルトに当たる前に止められるているが。
ツナギは2人の背に向け満面の笑みを向けた。
「 何か笑ってんだけど…」
「 気にするな。さらなる誤解を生むぞ」
「 …それは、よーくわかってます」
サリルトと斎鹿は顔を寄せ合って首だけを動かし振り返ると、そこには満面の笑みのツナギが何故か頷いている。
「 こわっ!」
「 ツナギは優秀だが、思い込みが激しい」
「 激しいどころじゃ……っ‼︎」
視線を前に戻した斎鹿は、目の前に広がる湖に思わず走り出した。その湖は楕円型で対岸が見えることからそれほど大きくはなく、その中心が青く濃くなっていることから水深が深いことがわかった。透き通った水はきらきらと太陽の光を浴び輝いている。
周囲には青い苑に相応しく、外側に開いた水色のくっきりした5弁花は楕円型の葉を横へとたくさん伸ばし、内側に向けて咲いている青い6弁花は大きなハート型の葉を広げている。その他にも様々な種類の花が咲き乱れ、色は青い花が多いようだったが所々白い花も咲いていた。地面を這うように長くのびた茎と三小葉の葉を持ったクローバーのような植物が青の苑一面に茂っている。
青の苑は湖を囲うように湖の周り10m程に形成し、その外側には高木の森が広がっている。
「 何を言っている? 昨日はここから城まで歩いて移動しただろう」
「 あん時は周りを見てる余裕はなかったのよ」
斎鹿は青の苑に座り込むと手に抱えていたチモシーを地面に下ろした。
チモシーは周囲を窺うと一番近くにあった青い花に鼻を近付け香りを嗅いでいる。
「 チモ男、良い匂いでしょ?」
「 チモオはやめろ。呼ぶと覚えてしまうだろうが…ローエングリン、こちらに来い」
サリルトは、斎鹿とチモシーのすぐ側に腰を落とすとチモシーに向けて右手を差し伸べる。斎鹿はサリルトの手を右手で思い切り叩く。すると、パチンと良い音が森に響いた。
「 変な名前で呼ぶのやめてよ。ローなんちゃらは嫌だよねぇ、チモ男」
「 馬鹿でセンスのない名前では可哀想だろう。 拾う人間も選べればよかったな、ローエングリン」
チモシーを真ん中に挟んで言い合う斎鹿とサリルトをまだ名前のないチモシーは上を見上げて2人の顔を交互に見ている。
ツナギは屈託ない笑顔を浮かべたまま2人の間に両手を入れチモシーの首と尻を持って抱き上げた。
「 パパしゃんとママしゃんは仲良ちでちゅねぇ。 早く名前が欲ちぃでちゅよねぇ」
「なっ⁉︎」
「わぉ、まさかの赤ちゃん言葉」
ツナギの赤ちゃん言葉に斎鹿は両手を開いて顔のあたりまで上げお手上げポーズ、サリルトはあまりの衝撃に石になったかのように動かない。
「 ねぇ、何なの?」
「 ん? 何がですか?」
「 今の赤ちゃん言葉なんなの? 好青年の顔で赤ちゃんプレイ好きな訳?」
「 ははは、斎鹿様は面白いですね。俺はそんな趣味無いですよ」
「…お前っ⁉︎」
固まっていたサリルトは突然立ち上がり怒声にも似た声を上げた。かなり興奮しているようだ。
あまりの剣幕にツナギは後ろに右足を1歩下げ目を見開き、斎鹿は立ち上がりサリルトを宥めるように背を軽く2回叩いた。
「 まぁまぁ、落ち着いてよ。 衝撃的だったけど、偉い立場の人ほど変な趣味があるもんでしょ」
斎鹿はサリルトを凝視しながら柔らかく言うが、サリルトは鋭い目つきで斎鹿を睨む。
「 なぜ私を見る! 私は変な趣味はない! あるのはツナギだ‼︎」
「 俺もないですよ?」
「 だったらあの言葉はなんだ⁉︎」
「 落ち着きなさいって。人には誰にも触れられたくない趣味の1つや2つあるもんなんだから」
「 私にはない‼︎」
「 俺もないですよ。ねぇ、何もないでちゅよねぇ、チモシーたん」
「…大ありだ‼︎」
ツナギは腕の中のチモシーを見詰め蕩けるような笑みを浮かべ再び赤ちゃん言葉を使う。サリルトは右手の拳を握りしめ今にも解き放ちそうだ。
「 兄弟多いの?」
「 あ、えぇ。 俺が長男で下に弟が3人と妹が2人です。俺は、平民出身なんで兄弟は多いですね」
斎鹿の突然の問いにツナギはチモシーから顔を上げて考えるように視線を彷徨わせると答えた。斎鹿は、サリルトに向き直り今にも解き放ちそうな右手に自身の右手を置くとグリーンの瞳をじっと力を込めて見詰める。
「 あんたは知らないだろうけど、平民の一般家庭では兄弟が多くて1番上の長男か長女が面倒みるの。 貴族様とは違って乳母とかいないから、普通の言葉を使わずに赤ちゃん言葉で優しく面倒見るものなのよ。 だから、平民の赤ちゃん言葉は変じゃないのよ。文化なの‼︎ 貴族様は知らないと思うけど…(このままじゃずっと赤ちゃん言葉論争…面倒くさいから流しちゃえ)」
「 そうなのか?」
「 そうそう‼︎(兄弟多くても友達にそんなやついなかったけどね)」
「 そうですか? 俺は…っ⁉︎」
斎鹿が平気で嘘を笑顔でつきサリルトがそれを信じようとした時、それに反論するように怪訝な顔をして口を開いたツナギの弁慶の泣き所を思いっきり斎鹿が蹴る。
ブーツ越しでもある程度効果はあったようでチモシーを落とさないようにしながらも蹴られた足を上げて片足で立っている。
「 なぁに?」
笑顔でツナギの顔を見る斎鹿だったが、足元を見るとすでに右足はすでに上げられ蹴る準備をしている。ツナギは項垂れた。
「…斎鹿様の言う通りです」
「 そうなのか? 兄弟の多い領民が皆そうならばおまえだけを責める訳にいかんな」
「 そうそう。ところで、何しに来たのここに?」
「 あの、それは…」
ツナギは斎鹿が何事もなかったかのように右足を地に下ろし話題を変えた姿に目を見張り、まだ幼いあどけない少女という言葉はすでに当てはまらないことに今更ながら気付いた。しかし、自分の主人と仲が良いことに変わりはないようだ。少女の印象はかなり変わったが2人のために力を奮おうという決意だけはかわらない。
( あれくらいの方がサリルト様には合ってるのかもな)
ツナギは話し始めた少女と主人に笑顔を向けた。
斎鹿は1番面倒な勘違いがまだ解けていないことに気付いていない。
ありがとうございました。
2014/10/26 編集致しました。