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第十九話 家族になったチモシー

 チモシーは、胴、手足、尾、肩、目の周りの部分は艶のある黒い毛が生えており、身体の割には小さな顔でしっかりとした長い身体に短い足。顔は目の周り以外は白く頭の天辺は茶色い。

 鼻の近くには何本も黒いひげがあり、少し尖った鼻はピンクでひくひくと動いている。耳は丸い三角形の形をして身体の割には大きい。手足の爪は鋭く、欠伸をしたチモシーの口にはたくさんの歯と他の歯よりも長い2本の鋭い犬歯が見えた。尾は長く体長50㎝程なのにもかかわらず30㎝は柔らかい毛に覆われた尾だった。つぶらな楕円形の黒い瞳が興味津々といった様子で斎鹿達を見詰めている。


「 チモシーは家族で生活するのだが珍しいな」


「 チモシーって…これ? 全然似てないんだけど」


「 似ているだろう?目も身体も黒く、胴が長く足が短い」


「 似てない!」


「 自分では気が付かないだけだ」


 斎鹿は右手の拳を胸元で握りしめ、サリルトの一瞬の隙をついて鳩尾めがけてその拳を放つ。

 

「 すぐに噛み付いてきたな」


 難なくその拳を受け止めたサリルトは嫌みのように斎鹿を見下ろした。

 斎鹿は右足で素早くサリルトの左足を蹴るが、右手が掴まれて思うように蹴れず、サリルトの体勢も崩れることはなかった。

 受け止められたことによってサリルトに当たってはいたが、右足が宙に浮いたままになってしまいバランスを崩し、斎鹿は左足だけで身体を支えきれず身体が後ろに傾いていく。

 その様子を見ていたサリルトは、ため息を吐き掴んでいた右手を引いて自分の方へ斎鹿を引き寄せる。後ろに傾いていた斎鹿は今度は前に倒れ込み、サリルトの胸に勢いよく鼻をぶつけてしまった。

 

「 ぎゃ‼︎」


 突然、斎鹿の頭の上に柔らかくあたたかいものが降ってきた。

 その物体は多少体重があって何の準備もしていなかった斎鹿はさらにサリルトの胸にその顔を押しつけてしまう。

 斎鹿が両手を頭の上にあてると、温もりと柔らかい毛の感触がし、右手で物体を押さえようとすると右手中指に痛みが走る。


「 痛っ‼︎」


 斎鹿は痛みの走った右手を勢いよく引っ張り、左手でその物体をぐっと掴むと頭から引きずり下ろす。その物体は下ろされたことに驚いたのか斎鹿の手の中で暴れている。


「 噛んだ‼︎」


 サリルトの胸から急いで顔を上げ、物体を見るとそれは先程枝の上にいたチモシーだった。

 チモシーは前足の下を斎鹿の左手で持たれ、後足とぶら下がった長い胴を動かし逃げようと足掻いていた。斎鹿は暴れているチモシーを逃がさないように掴み、噛まれた右手中指を顔に近付けて見ると、第1関節と第2関節の間に2本の犬歯の後がありわずかに血が滲んでいた。


「…いたい」


 改めて傷を見るとますます痛くなってきた。斎鹿が右手を縦や横に振って痛みを何とか和らげようとしていると、サリルトが斎鹿の右手首を掴んで振るのを無理矢理止める。


「 振るな…血が飛ぶ。」


「 だって、痛いんだもん」


サリルトは掴んでいた斎鹿の手首をそのまま自分の顔に近付け、傷負った右手中指を口の中に入れ傷口から菌を吸い出す。斎鹿はその温かく滑る口内に視線を唇に映すと、背中に鳥肌が立ったように震える。

 そして、サリルトが右手中指を口内から解放し、吸い出したものを吐き捨てた。サリルトは硬直してしまった斎鹿を見詰め、斎鹿も唇からサリルトの瞳へと視線を移す。


「やっぱり変態?」


「 違う! 昨日と同じことを言いおって学習能力はないのか」


「 失礼な‼︎」


「 野性動物の口内にはたくさんの菌がいる。 そのままにしておいては感染症にかかるぞ」


 斎鹿はサリルトに掴まれていた手を振り解くと、外方を向いて暴れているチモシーを持ち直し、そのまま視線を地面へと落とした。

 髪からわずかに覗く、その耳はまるで朝の光を浴びているにもかかわらず夕陽のようだった。


「 あ、ありがと」


「 …いや」


 サリルトは、そんな斎鹿の様子を驚いたように見詰めると、何故か自分も見詰めていてはいけない気分になり視線を横へと移した。


「 それにしてチモシーが1匹でいるとは珍しい」


 サリルトは気まずい沈黙を破るように斎鹿が捕まえているチモシーの頭を後ろから撫でた。チモシーは相変わらず暴れていたが、サリルトが頭を撫でるとそのにおいを嗅ごうと鼻を上に向けると、身体を反らすように上を向いたのでそれまで隠れていた首も露わになった。その首は白く、サリルトが露わになった首を撫でると気持ちよさそうに目を細める。


「 あんたには噛まないのね」


「 おまえはいきなり正面から手を出したから、チモシーが驚いたのだ。 チモシーは温厚で愛嬌もあり好奇心旺盛で人に寄っては来る。 だが、驚いたり恐がるとどんな動物でも身を守るために噛むぞ。 それにしても、おまえは動物を恐がらないな。 掴もうとせずにそのままそれを落としてしまえばよかっただろう?」


 斎鹿はチモシーを胸の下で、両手で落ちないように抱きかかえると、悲しいような懐かしむような視線をチモシーに向ける。チモシーも不安定な持ち方から、安定したあたたかな腕に変わったことでその身を預けている。


「 こっちに来る前から同い年の子って村にはいなくて、山で毎日遊んでたんだ。 動物は人間を見つけると警戒して攻撃してきたり逃げたりするけど、それはこっちも動物を警戒してるからそれが動物に伝わるからなんだって。 こっちが何も考えずにいて、動物の方が慣れるまで手出ししなければ大丈夫ってわかってるし、そうやって動物と仲良くしてきたもん。触った時に柔らかくてあったかかったし、重さからも小さいだろうなって思ったから落としたら怪我しちゃうでしょ?」


 斎鹿がサリルトに向き直ると、サリルトはその瞳を見開いて斎鹿を見詰めていた。

 思いもよらずサリルトと目が合ってしまった斎鹿は、そのままサリルトに向けて微笑む。

 

「 そうだな」


 サリルトは一言そう言うと、その整った顔に穏やかな笑みを浮かべた。

 それは、斎鹿が初めて見るサリルトの本当の笑顔だった。

 一瞬、斎鹿は不覚にも口をぽかんと開けて、その笑顔に見惚れてしまい、慌てて視線を再びチモシーに移した。


「…家族でチモシーって生活してるんでしょ?なんで1匹であんな枝にいたんだろ」


「その大きさから見て、それはまだ子どもだ。 親からはぐれて迷っていたのか、家族から追い出されたのかはわからんがな」


「 はぐれたならわかるけど、子どもなのに家族から追い出された?」


 サリルトは斎鹿の抱えているチモシーの首筋の皮膚を右手でたっぷりと掴むと、そのまま上へと持ち上げた。チモシーは暴れることもなく手足とその長い胴が垂れ下げ、目を細め口を大きく開けている。


「 母親である雌がこのチモシーの父親以外の別の雄と子どもをつくると、雄は自分の子どもとは違う雄の子どもを見分けて、自分の子どもではない子どもを母親がいない間に巣から遠くに置いてくる。 母親の背に乗って移動する子どものチモシーは母親から離れてしまえば生きていけないからな」


「この子どもの父親は…自分の子どもを守ってあげないの?」


「 母親の雌が違う雄と子どもをつくっている時点でこのチモシーの父親はもういないのだろう」


 サリルトは掴んでいたチモシーをゆっくりと地面に下ろす。

 チモシーは地面に降りるとその場で長い胴と頭をぺたっと地面につけて動こうとしない。


「 どうするの?」


「 このチモシーはもうどうすることも出来ない。 人間が手を出してしまえば野性には戻れない。 残酷なようだが自然の摂理に基づきこのまま置いていく」


 サリルトは一時チモシーに憐れんだ視線を向けると、チモシーを残しそのまま森の奥に進もうと歩み始めた。斎鹿はその場にただ立ちすくみ、地面に伏せているチモシーを見詰めていた。すると、チモシーが弱弱しく口を開けた。母親を求めて鳴き声を出そうとしているのか、空腹で口を開けていたのか、斎鹿にはわからなかったがそれを見てしまうと、なんだか心がギュッと締め付けられたようだった。


「…私が育てる」


 気付いた時には斎鹿は前を歩いていたサリルトに大きな声で叫んでいた。

 それに気付いたサリルトは眉間に皺を寄せ振りかえると口を開ける。


「 お世話になってて言うのもなんだけど、このまま身捨てたらきっと絶対後悔すると思う」


 サリルトが何かを言おうとする前に斎鹿がそれを阻むように早口で捲し立てる。

 サリルトは開いていた口をそのままに斎鹿の言葉を聞いていたが、開いていた口を閉じるとため息を吐き、鋭い視線で斎鹿を射抜くように見詰めた。


「 追い出されたチモシーはそれ1匹だけではない。 そのチモシー以外の他の動物にも群から追い出されているものはたくさんいる。 そのチモシー1匹を育てたところで、他のものが救われる訳でもない。 1匹を救ってひとつの命を守った気になっているのなら、それはただのおまえの自己満足だ」


 サリルトの言っていることは正しい。

 そのことに斎鹿は気付いていたが、どうしてもここで引きたくはなかった。


「…ただの自己満足だよ」


「だったら、」


「でも、ここで置いて行ったら1人になっちゃうんだよ。 誰にも心配されず、誰にも気付かれず、誰にも相手にされずに静かにいなくなっちゃうのは間違ってると思うんだ。もし、育てるのがダメだったら私この子とここにいるよ。 最後まで見取ってやってお墓も作ってやる。そしたら、最後は1人じゃないじゃない?」


 斎鹿の目には涙が今にも溢れ出さんばかりに溜まっていた。


「 たった1人だって誰かが自分を見てくれてるって思っていれればそれは良い最後になると思うんだ。自分勝手な自己満足だけどね」


 サリルトはゆっくりと来た道を戻っていくと斎鹿の目元に右手を伸ばし、その目に溜まっている涙を指で拭った。斎鹿は、意固地になって口を尖らせサリルトの手から逃げるように顔を背けた。


「…馬鹿か」


「馬鹿だっていい」


 斎鹿が思い切り睨みつけようと視線をサリルトに向けると、サリルトは目を細め穏やかな顔をしていた。呆気にとられたように斎鹿は目を見開いた。言ってやりたいことはたくさんあるのにそれが言葉にならず、ただ口をぽかんと開けていることしか出来なかった。


「 …勝手にしろ」


「いいの?」


「 だたし、育てるのならば責任を持って寿命を迎えるまで面倒みるんだ」


「 はいはいはい!きちんと面倒見て責任持って育てます」


 斎鹿はサリルトの言葉に一瞬固まって理解できなかったが、すぐに地面に伏せていたチモシーを右手で脇の下を持って左手で尻を支えるように抱きかかえると満面の笑顔をサリルトに向ける。

 サリルトも斎鹿に穏やかな笑みを向けると、そのまま2人は見詰め合う。


「 それと、はい、は1回だ」


「 はいっ」


 サリルトはしみじみと斎鹿を見詰める。


「それしにても、これは類は友を呼ぶのだろうな」


「 っっっ‼︎ せっっかく感謝して涙まで見せたのに最後はやっぱりチモシーかっ‼︎」


 斎鹿は右足でサリルトの弁慶の泣き所を力強く蹴った。今回は止められずに上手く決まったらしく、サリルトの呻き声が聞こえた。


 こうしてチモシーは斎鹿の家族になった。



ありがとうございました。


2014/10/26 編集致しました。

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