第十七話 間違いだらけの密会
「 どうかなさいましたか?」
ジアを手に持って固まってしまった斎鹿を心配したマゼンタが声を掛けるが、サリルトの密会で頭が一杯の斎鹿はそのまま玄関から外へ飛び出して行ってしまった。突然の斎鹿の行動に焦ったマゼンタは斎鹿を引き留めようと手を伸ばすが間に合わず玄関の扉が音を立てて閉まった。
残されてしまったマゼンタは斎鹿が見ていた窓に視線を移す。そこには、2人の長身の男がいるのが見えた。1人は主人のサリルト、もう1人はサリルトの背が高くがっちりとした体形の男だ。
「 あれは…」
斎鹿はマゼンタを残した玄関から出ると留めてあったシアンの馬車の物陰に隠れ、まるで諜報員のように背を丸めて視線をサリルトと恋人に向けたまま、素早く庭園のオブジェや植木の陰に隠れながらサリルト達に近付いていく。サリルトと恋人まであと20mというところまで来た斎鹿だったが、そこから先には隠れる場所がなく芝生が広がっていたため、それ以上は近付けなかった。
サリルト達の声は途切れ途切れにしか聞こえないが、恋人の姿ははっきりと覗き見ることが出来た。
恋人と思われる男は、額には青い布を巻いた鉢金、黒い丸襟の半袖シャツの上に金の縁取りのされた襟の開いた尻を覆い隠す長さの青いベストを着て、さらに青い胸と肩にだけ鎧をつけている。
腰には剣が差されたベルトと下にはベージュの動きやすそうなズボンを履いて、足には脛ほどある枯茶色のブーツ。手には青い指を出した手袋に赤い裏地の青いマント。
服装は全体的に青でまとめられている。
そして、橙色の短髪に青い瞳、美形というわけではなく好青年といった普通の顔立ち。
「 思ってたより地味な顔ね」
物陰に隠れて盗み見ていた斎鹿はその場に座り込んでジアの続きを音をたてないように食べ始めた。
「…で……2人で…」
「あぁ…無理…逃げ……」
こっそりと話を聞いていた斎鹿は、「逃げる」と「無理」という2つの単語から脳内でまた勝手に答えを導き出す。
( もしや!まさかの逃避行計画‼︎ あいつはいいとこのお坊ちゃん、恋人はどう見てもお坊ちゃんって感じじゃないし身分違いの恋なのね)
斎鹿が勝手に2人の関係を盗み見ている間に、サリルトは男と話しながらも手で男を制してゆっくりと音を立てないように斎鹿が隠れている植え込みに歩みを進める。
斎鹿は、また、サリルトの恋人を探ることに夢中になっていた昨日言われたサリルトの特技のことを忘れていた。
「 ここで何をしている」
斎鹿は2人の関係に考えを巡らせジアを食べていると上から低い腰に響くような声が聞こえる。ゆっくりと上を見ると、そこには眉を寄せたサリルトが斎鹿を見詰めていた。
「 もう一度聞く。 ここで何をしている」
「 えっと、あー……っと、散歩?」
「 それはそれは、座り込んでする散歩とは珍しい」
「 ざ、斬新でしょ?」
しどろもどろにサリルトの問いに答える。
「 まぁまぁ、そういじめないであげましょうよ」
サリルトが斎鹿を問い詰めていると、サリルトの後ろから明るい声が聞こえた。
「 お嬢さん、お手をどうぞ」
サリルトの後ろから歩いてきた男は、座り込んでいた斎鹿に声を掛けると手を伸ばした。
斎鹿はその手に自身の手を重ねると男が引っ張り上げる。
「 申し遅れました、俺はアルファイオス家親衛隊隊長ツナギ・ジュードです」
「 何となくここに居候している斎…」
「 ここで何をしていたんだ」
ツナギと自己紹介をしていた斎鹿はサリルトの言葉に邪魔をされ、憤慨したような顔をサリルトに向けた。
「 あんたはそれしか言えんのか!窓からあんた等が話してるのが見えたから見に来たのよ」
「 なぜ、隠れて見る必要がある」
「 密会を邪魔しちゃ悪いでしょーが‼︎」
斎鹿の発言にサリルトは目を見開くと、斎鹿の頭にその大きな右手を乗せてぐっと下に力を込めて押す。
「 痛い痛い痛い痛いっ」
「 誰と誰が密会だ。 本当に馬鹿な発言しかしないな。密会の意味を知らないのではないか」
「 まぁまぁ、サリルト様、女性には優しくですよ」
サリルトがさらに頭を押すとツナギはその手を持って斎鹿の頭を開放する。
「 これは、女性ではない。チモシー以下の馬鹿だ。チモシーの方がまだ何倍も賢い」
「 失礼なっ」
「 まぁまぁ、2人共落ち着いて下さいよ」
サリルトと斎鹿の言い争いの間に入ったツナギは、2人を手で制して話をしようとするが、2人は睨み合って話をしようとしない。
「 斎鹿様? 俺とサリルト様は、密会とやらをしていた訳ではなく、ただ報告をしていただけなんですよ」
「 報告?」
斎鹿はツナギの言葉に不思議に思う個所を見つけ首を傾けた。
「 昨日落とされた剣についての報告ですよ」
「……あぁっ‼︎」
斎鹿はポンっと手を叩いて思い出したかのように声を上げた。
「 馬鹿だな」
「 誰が馬鹿よ!」
「 その馬鹿な発言、誰にも言ってないだろうな」
「 あんたの姉ちゃんには、男の恋人がいるって言っちゃった」
サリルトの息をのむ音が聞こえた。
そして、再び斎鹿の頭に手を置くと力を込めて頭を思い切り押した。
「このっ、馬鹿者‼︎」
「 痛い痛い痛い痛い‼︎だって、あんた、男が好きじゃんっ」
「 違う‼︎」
「 えっ、違うの?」
ツナギはため息を吐くと、サリルトの手を再びどける。
「 サリルト様は女性が好きですよ。 シアン様のお連れになった女性には手を出されていないだけで、一晩の相手ならいくらでもいらっしゃいますから」
「…不潔」
「結局どっちもだめではないかっ」
サリルトが叫ぶとアルファイオス家の玄関が開き、中からシアンとセバスチャンが出てくる。シアンはセバスチャンにもたれ掛かり支えてもらっているようだ。
「姉上っ」
サリルトがその場で心配そうな顔を浮かべて大きな声を上げ、シアンを呼ぶ。
すると、シアンは声の主を探し立ち止まると、その視線をサリルトに向けた。
「サリーちゃんのばぁかぁっ‼︎」
そう大声で叫ぶとセバスチャンに支えられるようにして泣き崩れるながら馬車に乗ってアルファイオス家を後にした。
姉のその姿にサリルトは手を伸ばしたまま固まってしまった。
「 あれは誤解してますね」
ツナギがため息混じりに言うと、サリルトは伸ばしていた右手で目を覆った。
そんなサリルトを斎鹿は食べかけのジアを再び齧りながら見詰めた。
「 あんたも大変だね」
「 誰のせいだっ‼︎」
ありがとうございました。
2014/10/24 編集致しました。