第十六話 弟の恋人?
拍手を止めることも出来ず、誤解されたまま斎鹿はもう自分の心の内に意識を引っ込めて、なぜ、こんなことになってしまったんだろうか、と考えていた。
( 確かに、良い男には間違いないんだろうな…。思い出したくないけど、昨日、ときめいちゃったし。でも、元々こちらの世界に来たのは、この家柄、地位、財産、容姿、性格はかなり難あり、の弟と結婚するためじゃなかった! この性格がなぁ…かなり難ありだよ。これじゃあ、顔でモテてても性格アウトでしょ? 姉は、どうしてもこの難あり弟と結婚させたいのか⁉︎ ってか、私、元々まだ結婚焦る歳じゃないし、弟好きでもないし、それに…弟と結婚したら、もれなく迷惑な悪魔が付いてくるのが嫌だ。やっぱ無理!絶対無理‼︎)
斎鹿が考えている間に、いつの間にか拍手は止んでいた。黙り込んで壁の一点だけを見詰め固まってしまった斎鹿に最初に気付いたのはサリルトだった。
これまで最初の数十分以外は大きい声でひたすら怒声を上げている斎鹿をみていたサリルトは、急に黙り込んでしまった斎鹿に自分が打ちひしがれているのを忘れて慌てて声を掛けるが反応がない。
「 サーちゃん?」
サリルトが声を掛けても反応しない斎鹿にシアンも不思議そうに声を掛けるが反応はなく、サリルトは斎鹿に向き合うように両肩を強引に掴み強く声を掛ける。
そんなサリルトの心配を他所に斎鹿はまだ自分の心の内でサリルトに失礼なことを考えていた。
(ってか、やっぱ弟って女ダメなんじゃないの? 今思えば、あの違うって必死な感じも怪しい。うわぁ、本物初めて見た‼︎ 私、偏見とかそんなの持たないけど、相手が誰かは知りたいな。この性格難あり男の恋人がどんなのかみてみたい。きっと菩薩のような恋人に違いない)
サリルト男が好き説、斎鹿の心の内に決定。斎鹿は突然立ち上がると頭にゴツっという音が響いた。不思議に思った斎鹿が頭頂部に手を当てると、下でサリルトが顎を両手で押さえていた。
「何してんの?」
身体を震わせて下を向いているサリルトに恐る恐る聞いてみると、どうやら心配して顔を覗き込んだ途端に斎鹿が立ち上がり、斎鹿の頭で顎を強打したらしかった。
「 何をしている?よくそんなことを言えたものだな。人が珍しく黙り込んだから心配してやったものを恩を仇で返すとはこのことだな!」
「 何怒ってんの?」
「 怒っていない」
「 いや、明らか怒ってるでしょ」
「 怒ってない!」
サリルトはその場を立ち上がるとそのまま大股で廊下へと続く扉に向かい、勢いよく扉を開けると大きな音をたててその扉を力任せに閉める。
「…怒ってんじゃん」
そんな斎鹿の呟きもサリルトには届かない。
「 サーちゃん、すごいわ…あのサリーちゃんを本気で怒らせるなんて! やっぱり2人は結婚すべきなのよ」
「 あのサリーちゃんも、このサリーちゃんも知りませんけど、昨日から結構短気で怒ってますよ。 短気は損気って言葉、知らないんじゃないですか? あと、あいつの背中の傷は腹が立ったから引っかいただけで、色気のある話はないです。 結婚する気もないですから」
シアンはその大きな瞳をパチパチと瞬きし驚いたような表情を浮かべた。
「 サーちゃん、急に冷静になったわねぇん」
「 いやぁ、自問自答してたら結婚することはないだろうという結論に達しまして」」
「 どんな結論なのぉ?」
シアンの問い掛けに、斎鹿は姉に弟の恋愛事情を言ってもいいのかと考えたが、結婚話をなくすためにも弟のこれからの恋愛のためにも言ってあげた方がいい、とそっとシアンの耳元に口を寄せて小さな声で囁いた。
「弟さん、男の恋人がいるんですよ。」
「…」
「…」
斎鹿が言った言葉にシアンも聞こえていたセバスチャンも言葉を失ってしまう。
そんな2人をみて、これでよしっ、とその場を立ち上がるとサリルトの後を追うように扉に向かう。
そして、考え込んでいる2人の邪魔をしないようにゆっくりと開けると静かに閉めた。
「…」
斎鹿の言葉は2人に誤解を与えたまま、部屋は静まり返っていた。
1人部屋を出た斎鹿はマゼンタに何か食べるものを貰おうと1階へ向かうため階段を下りていた。
そこからマゼンタは昨日と同じように玄関の大きな扉に居るのが見えた。
空腹の斎鹿は速く行こうと焦るが、速く行こうにも靴はヒールが高く不安定で服はひらひらと動きにくい。どうしたものかと考えた斎鹿は、自身が持っている手すりに気が付く。
「 これなら速い」
斎鹿は手すりを後ろ向きに跨ぎ、服で手すりの滑りをよくするように服を両手で上から軽く押さえると、そのまま一気に下まで滑り降りる。
「 よっ!」
斎鹿は下まで降りるとひょいと手すりから下り、拙い足取りでマゼンタの元へと急いだ。
「 おはようございます、お嬢様」
マゼンタが斎鹿に気が付くと、斎鹿に向けて頭を深く下げ挨拶をする。
「 おはようございます。 何か食べ物下さい」
「 朝食は当家ではご用意しておりません」
穏やかなマゼンタの言葉に斎鹿は目を見開いた。
「 へ?」
「 当家ではサリルト様が朝食をお召し上がりにならないので、朝はお茶のみご用意させて頂いております」
斎鹿の空腹を示す音が悲しげに聞こえる。
「 何でもいいから下さい。このままでは背中とお腹がくっついて力が出ないぃ」
「 お嬢様に出せるようなものは生憎ございませんが、使用人用の朝食の残りならあるかもしれませんが」
「 うぅ、お願いします」
顔の前で神に祈るように手を組んでいた斎鹿に、穏やかに告げるマゼンタの言葉はまさに天の助けのようだった。
斎鹿のあまりの必死な訴えに折れたマゼンタは、「お待ちください」と斎鹿に告げるとそのままどこかに歩いて行ってしまった。
しばらくして空腹の音の間隔短くなり悲鳴のように鳴き続ける斎鹿の元に、紙ナプキンを両手で包んだように持ってきたマゼンタが現れ、それを斎鹿に渡した。その紙ナプキンには美味しそうなジアが包まれていた。
「 ありがとう!」
マゼンタに満面の笑みを向ける斎鹿はジアを行儀悪く立ったまま一口食べると、とろけそうな顔をして食べ続ける。そんな斎鹿を優しく見詰めるマゼンタの目がまるで幼子をみるようだったことは気付かない斎鹿だった。
夢中で食べていた斎鹿だったが、ふと視線を上げて玄関の横の大きな窓を見ると外でサリルトが立っているのが見えた。そして、その隣にはサリルトよりも背が高くがっちりとした体形の男が居るのが見え、斎鹿の脳内は答えをすぐに導き出す。
( 密会⁉︎)
ありがとうございました。
2014/10/24 編集致しました。