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第十四話 悪魔のちょっとした罰?

 その扉は東の客間から150m程歩いた突き当たりに現れた。3m近い大きさの扉には均整の取れた5角形の桔梗を模した細工が施され、ロートアイアン調のつまみが2つ付けられている。

 サリルトがつまみを回し、扉を開ける。

 まず見えたのは、幅約180㎝の木材の天板と白大理石の床にアンバランスに三角形の形をつくりその天板を支えている黒い真鍮の脚の執務机と上品な高級そうな総革張りの椅子。その約80畳の部屋には、朝には陽が燦燦と降りそそぐであろう天井まで届く大きな窓が西側全面におさめられ、天井には蔓と葉を模した真鍮部分と葡萄の模様が描かれた6灯シャンデリアが2つ、そのシャンデリアには電灯と電灯の隙間を縫うように幾つものクリスタルが銀の鎖で吊るされている。

 部屋の北側にはクロームメッキ仕上げの脚部にクリアーガラス天板の長方形型ローテーブル、それを挟んで東と西には奥行きがあり軟らかそうなクッションの白い大型2人掛けソファがあり、テーブルの北側には同じく白いボリュームのある座面にシャープなラバーウッド脚の一人掛けソファ。

 出入り口の扉の両側には真っ直ぐ壁面に沿って黒いブックシェルフが続いており、たくさんの色々な本が隙間なく詰め込まれている。

 

「 べ、勉強部屋?」


 斎鹿は部屋に入るなり腕組みをしてキョロキョロと部屋を観察し、すぐ近くにある本棚の前へ行くと青い表紙の一冊の本を取り出しパラパラとめくっている。


「 執務室と言え」


 執務室の北側には隣り合うダリアを模した細工のものと笹百合を模した細工のものの2つの扉があり、サリルトは2つの扉のうち笹百合の扉の前に立ち取っ手に手を掛け、セバスチャンもサリルトの後を追いその斜め後ろに控えている。


「 私は着替えてくる。 斎鹿はそちらの部屋で着替えてくれ」


 取っ手に手を掛けていたサリルトが本をめくっている斎鹿に向き直ると、サリルトが入ろうとしている扉の南側にも扉がある。どうやらサリルトが指を指しているのはそちらのようだ。


「 はい⁉︎」


「 そちらの部屋の机の上にベルが用意してある。 それを鳴らせば使用人が着替えを持ってくる。が……」


 サリルトが言い淀んだので嫌な予感はしたが、この際戸惑っていても仕方ない、と斎鹿は扉の方へと歩き出した。すると、その扉には突貫忍冬が模された細工が施されている。

 どうやらこのアルファイオス公爵家のすべての扉は花の細工が施されているようだ。


「 まぁ、何とかなるでしょ。じゃあ、また後で」


「 また後で」


 何も起きませんように、と2人は内心同じことを願っていた。






「っ⁉︎」


 本当に想定出来ないような出来事が起きると人間は不思議なもので驚きの言葉さえも出ず身体が硬直して思考も止まってしまう。そして、物事に警戒していない者、警戒している者、限らず誰にでも起きうることなのだ、と気付いてしまった。

 それが起こってしまったのは扉を入ってすぐ、何も起きませんように、と願ったにも関わらず扉を開けた瞬間目に映ったのは目と鼻の先に立っている悪魔シアンだった。


「 遅かったわね、サーちゃん」


「 な、何でここに…」


 サリルトが言い淀んでいたのは、姉が居るかもということだったのかと斎鹿は今更ながら後悔した。


「 もちろん大事なサーちゃんのお着替えをお手伝いするためよ。 お着替えしましょ」


 優しい満面の笑みのシアンだが、なぜかその笑みが恐いと思える斎鹿だった。


 斎鹿の入った約70畳の広い部屋はほとんど何もない部屋だった。

 あるのは西側の大窓の近くにある優美な曲線と自然をモチーフにした精緻な装飾を施した白い楕円のテーブルとその周りに机と同じモチーフの椅子が4脚と机の上に銀の呼び鈴が1つと櫛と鏡、斎鹿が出てきた扉と廊下に続いているだろう東側の扉だけだった。


「 着替えっていっても何もないですけど」


「 それは大丈夫よ。サーちゃん、両手を前に出してぇ」


 斎鹿はシアンに記憶を視られると思いそれに戸惑っていたが、シアンがそれに気付き斎鹿の両手を持って胸の前あたりで掌が上を向くようにかるく重ねさせる。


「 大丈夫よ、今は視ないようにしているからぁ。はい、じゃあ、これ持ってぇ」


 シアンが斎鹿の上に掌に収まるほどの白い四角くいい香りのするものを置いた。

 斎鹿はそれに鼻を近づけるとクンクンと匂いを嗅ぐ。


「 これって…石鹸?」


「 着替える前に身体を綺麗にしなくちゃいけないでしょう?」


「 いや、ここ普通の部屋だし、服脱いでないし」


「 さぁ、お姉さまにお任せよ。それじゃあ、行くわよ」


「 お姉さん、話聞いて下さい」

 

 シアンがその右手に持っていた15㎝程の白い棒に先端に銀の星がついた杖を頭上に上げ、それを手首のスナップを使いながら2回回すと斎鹿にその銀の星を向ける。

 すると、足元から目も開けられないほどの強烈な温風と温水の粒が上へと向けて勢いよく噴き出す。


「 ぅぶっ‼︎」


 斎鹿の着ていたはずの服は下から上への強烈な強風により、スニーカーはそのままだったが服は脱げて裸にされてしまい、その間、かろうじて息は出来たが目も開けていられなかった斎鹿は自分の全身が石鹸の泡と温水の粒と強烈な温風が自身の身体を清めているのがわかった。

 5分程そのまま下からの洗浄に耐えていると、石鹸の泡と温水の粒は次第に少なくなっていき、強烈な温風だけが斎鹿を包み込んでいた。


「 綺麗になったわねぇ、ふふ」


 シアンは先程のように杖を頭上で回し斎鹿に向けると下からの温風も収まり、スニーカーを履いて裸のままの立ちつくしている荒い息をする斎鹿だけがその場に残された。


「 どぉ?」


「…」


「 大丈夫?」


「 大丈夫…です」


 最早何も言うまい、と斎鹿が肩を落として下を見ると自分が裸であることを思い出し、咄嗟に手で隠すが隠れるはずもなく、何か身体を覆うものを探すが元々何もない部屋に覆うものがあるはずもない。


「 サーちゃんって身体は大人なのね。お胸はまだ小さいけど、サリーちゃんが何とかしてくれるから大丈夫よぉ」


「 お姉さん、服下さいっ。 服っ‼︎」


 じっと斎鹿の裸体を見ていたシアンに斎鹿が必死に身体を隠しながら訴える。


「 はぁい。じゃあ、今度は両手を上げて?」


 斎鹿が恥じらいながらも仕方ないと両手を上にあげ目をつぶると、シアンが先程のように杖を頭上で回し斎鹿に向ける。すると、今度は上から強烈な温風が数秒吹く。

 斎鹿が目を開けると、灰色のパーカーに濃紺のジーンズだった斎鹿の服は、首の付け根からアームホールに向けて斜めにカットしたインナーワンピースが透けるほど薄い紺のアメリカンスリーブと露出した肩から見える紺のショルダーストラップ。インナーワンピースの下部分15㎝程は黒いサテン生地で、その首には同じサテン生地の黒いチョーカーがされている。


「 あとは靴を換えて髪を整えたら完成よ。靴はこの靴を履いてちょうだい」


 斎鹿のスニーカーは先程の石鹸と温水で綺麗に洗われ泥も汚れもなく温風によって乾いていたが今の服装には合っていなかった。髪も乾いてはいたが鳥の巣のようになっている。シアンが自身の足元に置いてあったサテン使いの銀のY字型ストラップシューズを斎鹿の前に置く。

 斎鹿はスニーカーを脱ぎ、ストラップシューズに履き換えるが今までにヒールのある靴を履いたことがない斎鹿はバランスがとれずにふらついている。

 

「 さぁ、こっちに来て座ってぇ」


 シアンが斎鹿の右手を取り部屋に置かれている白い椅子に向かい歩いていくが、まだ新しい靴に慣れていない斎鹿はふらつきながら必死についていく。

 シアンは斎鹿を椅子に座らせると繋いでいた手を離し、斎鹿の後ろに回りこみその髪を机に置かれていた櫛で梳く。


「 あの、お姉さん」


「 なぁに、サーちゃん」


 優しく髪を梳き穏やかな声色のシアンに斎鹿は戸惑う。


「 さっきのって何ですか?」


「 あれはお風呂と一緒なんだけど、お風呂に入るのが難しい時に使うの。 あれって荒っぽいし、やっぱりゆっくり入るお風呂が一番だもの」


「 じゃあ、私もお風呂で良かったんじゃ…」


「 さっきのはお仕置きも兼ねているのよぉ。 お姉さまを騙した罪は重いのよ、サーちゃん」


 斎鹿がゆっくりと恐る恐る後ろを振り返ると、そこには顔は笑っているが目が鋭く光るシアンがいた。

 

 恐るべき、お姉さま。

 優しさと恐ろしさは紙一重。



ありがとうございました。


2014/10/24 編集致しました。

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