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第十話 突然の求婚?

 斎鹿は幼少期に両親を亡くし父親の記憶もなく、村にはもう高齢の住人しかいなかったため、膝の上に座ったことはあるが、それも幼少期のことで高校を卒業して間もない斎鹿は自分と年の近い男性に今まで恋愛感情を持ったことはないし、男性と付き合ったこともなかった。

 幼少期から精神的にも肉体的にも成熟し過ぎた男性と過ごす時間の長かった斎鹿にとって年の近い男性は精神的にも肉体的にも成熟していない彼等は「子ども」と同じで遊び仲間でしかなかった。そもそも彼等が短くした制服のスカートの下に学校指定の長ジャージを履き、通学の際に木の枝から枝に飛び移ったり、突然草むらを抜け山から下りてくる斎鹿を「野性児」として男友達と同様な扱いをしていたことは周知の事実だった。


 

 先程注いだトゥイートティーはすっかり冷めてしまった。

 思いも寄らずサリルトの胸に飛び込んでしまった斎鹿は、剣術で鍛えられたといってもきっと年中書類の作成・処理などに追われる机の上でする仕事ばかりで運動なんてからっきしで典型的なもやしっ子なんだろう、と決め込んでいた。しかし、サリルトの思いの外広く筋肉質で逞しい胸が斎鹿の頬に強くあたる。サリルトは後ろに引っ張り捕まえていた斎鹿の両手を離すと、そのまま斎鹿の両肩にそっと手を置く。


「重い」


 いちいち頭にくる発言をする男、サリルト。この男に空気を読むという言葉はないのだろうか。

 斎鹿は頭をサリルトの胸に預けたまま椅子とサリルトの背中との間に手を這わせ、その背中に爪を立てて思いっきり力を入れて引っ掻く。服やローブに邪魔はされたが、サリルトが短く呻いたことからその効果は発揮されたらしい。


「 痛い」


「 痛くしてるんです!」


 背中から手を離しサリルトの両肩に手を掛けて体勢を立て直す。

 

「 人を支えにするな」


「 あんたが結婚出来ない理由がわかってきたわ」


 体勢を立て直した斎鹿がサリルトから離れ、首を傾け肩を落としてふらふらとしながら、そのままベットとは反対側にある小さな窓の近くにある白い椅子まで歩いていく。

 そして、両手を上にあげて手同士を組むとそのまま「うぁ~」と大きく伸びをする。

 斎鹿が伸びをするのを呆れたようにみていたサリルトは、その灰色のパーカーから覗く白い背中に思わず視線をそらした。


「 はしたない」

 

「 ふぁいはい」


 サリルトの文句に斎鹿は「またか…」とばかりに欠伸をしながらも返事をすると、ドカッと音がたつような座り方で白い椅子に腰かけ、肘掛けにその腕をもたせ掛けた。

 その窓辺の椅子は、腰をかける部分が窓の外を向いているのでサリルトの腹の立つ整った顔を見なくて済んだ。そのかわり、そこからは枝を伸ばした高木が見え、その葉の隙間から外灯によって照らされた整えられた庭を見ることが出来た。

 そこから見る限り確かにその高木が窓に伸ばす枝は少し細いようだった。


「 それと私は結婚出来ないのではなく結婚しないのだ」


「 あんたはね、まず口うるさい、半端なく口うるさい、ずっと口うるさい」


「 口うるさいしか言ってないではないか」


「 現に口うるさい」


「…ふん」


 サリルトは冷めてしまったカップを持ち上げ、そのまま中味を一気に飲み乾した。


「 その女を誑かし慣れたその顔、態度、発言、そっちのがよっぽどはしたないです」


「 やましいことは一度もしてないのだからはしたなくない」


「 はいはい。勝手にその気になる女の方が悪ぅございますからねぇ」


 斎鹿は首と動かしながらおどけてみせる。


「 わかった。 そう思いたいならそのまま思っていればいい。 それよりも、今は結婚について考えた方が得策だ」


「 はいはい」


「 はい、は一回」


「 はいはい、はい」


 斎鹿はわざわざ顔だけを後ろに向け、サリルトに嫌がらせともいえる態度をとる。

 サリルトはお手上げといった感じて肩を上げと再びポットに手を伸ばすと、斎鹿とサリルトのカップに視線を落としてお茶を注ぐ。


「 姉上がその気になっている以上、下手に2人で反抗すれば余計に向きになる可能性が高い。 それよりも父上に直接お話した方がいいだろう。 それまで姉上には上手くいっているように見せ、この監禁状態を打破し、明日1日で私が招待状については何とか出来るようにする」


「 それで、私は何するの?」


「 姉上を惹きつけておいてほしい」


 サリルトは席から立ち上がり、ふたつのカップをソーサーに乗せたまま持ち上げると斎鹿のもとへゆっくりと近付いていく。椅子に完全に身を任せて話を呑み込んでいた斎鹿のすぐ横にサリルトが着くと、サリルトは斎鹿のカップを身を屈めて渡すとそのまま窓の方を向いた。

 斎鹿はそれを両手で受け取りそっと膝の上に置く。


「 ありがと」


「 明日1日は互いに協力し合おう」


 サリルトは立ったままソーサーを左手で持ち右手で取っ手を持って、鼻先に近づけるとカップを回して香りを確かめる。


「 この家の事情もわかんないし、あの姉ちゃんを相手にするのは大変そうだけど…これも向こうに帰るためだと思って頑張る。 だから、あんたも頑張ってよね‼︎」


 斎鹿は「安心して」というような穏やかな笑みをサリルトに向ける。

 サリルトもわずかながらもその口角は上がっているように見えた。

 2人の間に穏やかな空気が流れ、そのまま笑みを浮かべあった。

 サリルトは持っていたソーサーを窓の縁に置き、その上にカップを置くとそのまま斎鹿の方へと向き直り、片膝を折って斎鹿の右手を自身の右手でそっと優しく掴む。


「 斎鹿、結婚しよう」


 それは、突然の求婚だった。



ありがとうございました。


2014/10/24 編集致しました。

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