表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/61

第一話 現実ではない世界

 斎鹿は、山々に囲まれた小さな村で育った。家は村を見下ろす小高い丘の上の日本家屋で、小学校や中学校、高校の通学には毎日山を越えなければならなかったので、脚力には自信がつき、学生時代は運動部にひっきりなしに誘われた。しかし、斎鹿は家が遠いことを理由にそれらをことごとく退け、家にまっすぐ帰り祖母の手伝いをして過ごした。

 両親は、幼いころに事故で亡くなってしまい、それ以来村の全員が斎鹿にとっての家族だと思ってきた。祖母は優しく何でも教えてくれたし、村の住人は近くに斎鹿以外に幼子がいないことから厳しくも自然の遊びや農作業、川に釣りに連れて行ってくれた。おかげで斎鹿は、女の子でありながら並の男よりも立派な野性児に育った。

 腰まである長い黒髪をポニーテールにして、灰色のパーカーに濃紺のジーンズの斎鹿が出かけようと靴を履き、玄関口に立つと祖母が声を掛けた。


「 今日は、由知名山にはいっちゃいけんよ。なぁんか、よぉわからんもんが来とるで」


 斎鹿の祖母は不思議な人物だった。

 白髪のお団子頭に布を巻いて、もんぺをはいて畑仕事をしていたが、祖母の言うことには何か力があるようで、その言葉の通りになることがあった。村の東側にある井戸が枯れた時も祖母が「東の水神さんの大切な大楠を切ったから、悔いて大楠を祀りなさい」と言うと枯れた井戸が戻ったりとこの村では祖母は巫女的存在で大切にされている。


「 ……うん」

 

 「またか」と呆れたようにため息をつくと生返事をした斎鹿は、駆け足で丘を下って行った。

 あぜ道を走っていると、周りには田んぼや畑で農作業をしている人達に声を掛けられたり、手を振られ振り返したりしながらだんだんと由知名山が近づいてきた。村は過疎化が続き、若者たちがほとんど出払って斎鹿が走っていて出会う人達もみんな年老いている。自分はずっとこの村に残り恩返ししようと考えた斎鹿だったが、祖母に話してもそのことを認めようとはしてくれなかった。そんな事を考えながら歩いていると、斎鹿は周囲の気配がいつもと違うことに気がついた。天気は良いし風もゆるやかだが、鳥たちが静かだ。森の木々たちも何かに警戒するようにその葉を尖らせているように感じた。

 斎鹿は立ち止まり、辺りを見回した。

 すると、急に足首を掴まれた。驚いた斎鹿は、足首に纏わりついたドロリとしたものを振りほどいて、由知名山に向かって走り出した。全力で走りながら後ろを振り返ると、黒い人型でどろどろとその周りを液体が流れているものが何体も地面から湧き上がっていた。


「 ……っ!」


 斎鹿は声にもならない声を出し、由知名山にある神社に逃げ込もうと長い石段を登り始めた。後から追ってくる黒い影は、だんだんと斎鹿との距離を縮めてくる。斎鹿が神社の本殿に着いた時、すっかり息が上がっていたが本殿の扉を開け、御神体の刀を持って鞘から引き抜き、扉を閉めた。刀は、長い間使われていないことから刃の部分はぼろぼろになってはいたが、柄の下に通っていた紐の先端にある青い宝石だけが輝いていた。

 しばらく扉の近くの壁に背を預け、片膝をついて息を潜めたいたが、黒い影が追いついたようで扉の隙間からそっと覗き見ると、本殿の周りには先ほどの倍の黒い影が斎鹿を探しているようだった。

 そして、ついに斎鹿の隠れている本殿に手が伸びた。だんだんと扉が開いていく。

 すると、刀の青い宝石が光り、眩い光りに黒い影が醜い叫び声をあげ、斎鹿も手で目を覆ったが余り効果はなく、斎鹿はそのまま気を失った。





 斎鹿が目を覚ますと、青々とした澄んだ空が見えた。

 ゆっくりと身体を起こすと、斎鹿は手に刀を持っていることに気付いた。しかし、それは本殿で見た古びた刀とは違い、水晶のように透き通った刃に斎鹿の目は釘付けになった。その刀をゆっくりと鞘にしまい、斎鹿は辺りをゆっくりと歩き出した。

 木々の間からはあたたかな光が差し込み、近くには湖があり魚も泳いでいた。色とりどりの花畑もあり、蝶が空を舞っていた。まるで現実ではないような世界で斎鹿は花畑に腰を下ろした。


「 誰だ?」


 シルクのような艶やかな腰まで届く銀髪に黒い上下のスーツのように胸には金の刺繍、さらにその上から黒いローブを纏っている180センチの長身の男が現れた。

 斎鹿は、何が起こっているかわからず、男の美形ともいえる顔に釘付けになっていた。


「 聞こえないのか? その耳はただの飾りなのか?」


 男がきつめに問いかけると斎鹿の頬には、涙がポロっと流れた。自分でもどうしたら良いかわからない。知らない男には問い詰められる。変な黒い影には追いかけられる。今日一日の自分の現実ではない一日に戸惑いしか考えられなかった。斎鹿の涙に男はしばらく戸惑っていたが、深くため息をつくと斎鹿に手を伸ばした。


「 ……ついてこい」


 斎鹿は、綺麗に整った男のライトグリーンの瞳をじっと見つめると、差し伸べられた手に自分の手を乗せた。




ありがとうございました。


2014/10/23 編集致しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ