第3話
「少し、放課後に時間くれないかい?」
軽い調子だった。
未来視の生徒会長とは思えないほど、普通に。
◇◆◇
放課後の訓練場は、人が少ない。
夕陽が石畳を赤く染め、空気は静かだった。
ルーカスは中央に小さな魔導灯を置く。
手のひらサイズ。
淡い光を灯すだけの基礎用魔導具だ。
「まずは簡単なことからいこう」
「……」
「君の能力は“干渉”だろう?なら制御から覚えたほうが早い」
俺は無言で灯りに近づく。
深呼吸。
(触れる。流れを見る。)
意識を沈める。
――感じる。
魔力の回路。
細い線が内部で巡っている。
規則正しい、安定した流れ。
(いける)
俺は、自分の魔力を細く伸ばした。
慎重に。
優しく。
――触れた。
その瞬間。
ぶわり、と。
流れが“広がった”。
(……違う)
俺が触れたはずなのに。
魔導灯の回路が、俺に流れ込んでくる。
魔力の振動。
術式の構造。
組み込まれた安全制御。
一気に、頭に入る。
「っ……!」
情報が多すぎる。
(合わせる、合わせろ、整えろ)
無理やり、自分の魔力を同調させる。
――次の瞬間。
バチンッ!!
火花が散る。
魔導灯が内側から弾け飛んだ。
衝撃波で砂が舞う。
「ぐっ……!」
俺は片膝をつく。
腕が焼けるように熱い。
「……今のは干渉…というより、侵食だね。」
ルーカスの声は落ち着いていた。
俺は荒い呼吸を繰り返す。
「ちゃんと……合わせたつもりです」
「うん。君は“触れる”のが上手い」
一歩、近づいてくる。
「でも君の能力は、触れた瞬間に“相手を読もうとしすぎる”」
俺は歯を食いしばる。
さっき一瞬で流れ込んできた構造。
理解できた。
でも処理できなかった。
「君はね、ノア」
ルーカスは壊れた魔導灯を拾い上げる。
「“理解”が早すぎる」
「……は?」
「だから、壊す」
静かな断言。
「制御が追いつかない」
夕陽の光の中で、ルーカスは微笑む。
「今の未来も見たよ」
「……成功する未来は?」
一瞬の沈黙。
「あるよ」
柔らかい声。
「でもその前に、17回は壊すね」
「多くないですか?」
「うん、結構多い」
少しだけ笑う。
「今日はあと三回、やってみようか。」
俺は立ち上がる。
腕がまだ熱い。
でも。
「やります」
ルーカスは満足そうに頷いた。
「いい目だ」
夕陽の中。
二人きりの訓練が始まる。
――そして、その三回目で。
俺は自分の能力の“本質”に、少しだけ触れることになる。
三回目。
壊れた魔導灯の代わりに、ルーカスはもう一つ、同じ型を取り出した。
「最後だ。今度は読まないようにやってみよう。」
「……?」
「触れるだけでいい。理解しようとするな」
俺は目を閉じる。
(理解するな。合わせるだけ。)
さっきの失敗を思い出す。
回路を追い、構造を掴み、全部把握しようとした。
だから、重くなった。
なら――
触れて、揺れを整えるだけ。
そっと指先を近づける。
魔力を糸のように細く伸ばす。
――接触。
流れが、来る。
でも今回は、深く潜らない。
表面だけ。
“振動”だけを感じる。
微妙な乱れ。
ほんのわずかな歪み。
そこに、自分の魔力を重ねる。
押さない。
引かない。
ただ、揃える。
……
……
光が、ふっと安定する。
揺れが消える。
魔導灯は、静かに、優しく光った。
壊れない。
暴れない。
ただ、そこにある。
俺はゆっくり目を開ける。
「……できた?」
ルーカスは少し驚いた顔をしていた。
「うん。成功だ」
派手さはない。
爆発もない。
でも――
「今のは“補助”だね」
ルーカスが言う。
「侵食じゃない。干渉でもない。共鳴だ」
共鳴。
その言葉が、妙にしっくりきた。
「君の能力は、奪う力じゃない」
夕陽が完全に沈みかけている。
「“合わせる力”だ」
俺は魔導灯を見つめる。
確かに。
壊していない。
支配もしていない。
ただ整えただけ。
「……次は?」
自然に口から出た。
ルーカスは嬉しそうに笑う。
「次は“人”だ」
「人?」
「魔導具は安全だ。でも実戦では、相手は動く」
少しだけ、未来を見るような目になる。
「明日、僕の魔力に触れてみようか」
生徒会長の魔力。
未来視を持つ上級生の回路。
危険な匂いがする。
でも。
「やります」
迷いはなかった。
ルーカスは頷く。
「いいね。じゃあ今日はここまで」
その背中を見ながら、俺は思う。
(……一歩、進んだ)
まだ全然足りない。
でも確実に。
俺は“扱い方”を覚え始めている。
◇◆◇
翌日。
放課後の生徒会室は、静かだった。
「昨日の続きだね」
ルーカスは窓際に立ったまま振り向く。
「今日は僕の魔力に触れてみよう」
俺は一瞬、息を止める。
未来視。
この人の魔力は、きっと普通じゃない。
「準備はいいかい?」
「……はい」
俺はそっと、彼の手首に触れた。
――接続。
瞬間。
視界が、歪む。
光の筋。
無数の分岐。
無数の“俺”。
転ぶ俺。
勝つ俺。
誰かを救う俺。
間に合わない俺。
断片、断片、断片。
(多い……!)
脳が焼けるような感覚。
呼吸が乱れる。
膝が震える。
「っ……!」
その時。
ふっと。
世界が静まった。
視界が元に戻る。
俺は床に膝をついていた。
荒い呼吸。
汗が落ちる。
ルーカスは、俺の額に軽く指を当てていた。
「そこまで」
その声は、静かだった。
「……切ったんですか」
「うん。未来を閉じた」
まるで当たり前のことのように言う。
「君は今、未来の“枝”を見かけた」
「枝……」
「僕は普段、あれを一つに絞っている。見すぎると、脳が壊れるからね」
少しだけ笑う。
でも、その笑みの奥に重さがある。
「君が触れた瞬間、分岐が一斉に流れ込んだ」
俺は拳を握る。
(あれが、この人の世界)
「……すみません」
「謝らなくていい」
ルーカスはしゃがみ、目線を合わせる。
「今のは、成功だよ」
「成功……?」
「僕が“閉じる”前に、君は選別を始めていた」
選別。
確かに。
全部を見る前に、無意識に“濃い未来”だけを掴もうとしていた。
「君は接続しても、飲み込まれない」
少し楽しそうに言う。
「面白いなあ、本当に」
立ち上がるルーカス。
「今日はここまで…と、言いたいけど実はもう一つ話しておこうと思っていたことがあってね。」
俺はゆっくりと立ち上がって話を聞く。
「君の能力についてだ。」
「?」
「近いうちに、新しい…というかそれが真骨頂なんだろうけど能力の特性が見れる。それを話しておこうと思ってね。」
「!…どんな感じですか?」
「君の能力はいわゆるコピー…と言ったらいいかな?」
「コピー?」
「ああ。例えば今日僕に触れたことで君は今未来視を使えるようになっている。僕なしでもね。」
「!」
「ただ詳しいことはわからない。見えた未来も断片的だしね。何かしらの制約などはあるだろうけど、中々に強そうだ。」
「それは…」
俺は拳を握りしめた。
元々俺はこの学校に入る上で自分の能力が役に立たない事を危惧していた。
だからこの情報は嬉しい朗報だ。
すると、ルーカスがぽつりと呟いた。
「……君が関わる未来は、揺らぎが大きい」
「え?」
「いや、独り言さ」
そして振り向く。
「ノア。君は強くなるよ」
その言葉は予言じゃなかった。
断言だった。




