第8話 協力者か、危険因子か
第8話 協力者か、危険因子か
「整理させてください……」
セレスにお茶を出して、三人で工房の一角に座った。しかし、セレスはまだ混乱から立ち直れずにいる。
セレスがカップを両手で包み込むように持ちながら、深いため息をつく。
「エリア、あなたは古代遺跡の継承者と一緒に住んでいて、【共鳴金属】で作られた革命的な魔道具を身に着けて、【魔核炉心】と会話ができる環境にいる……」
「そうですね」
エリアがきょとんとした表情であっさりと答える。
「そうですねって……」
セレスが美しい顔を両手で覆って頭を抱える。
「これ、学術史上最大の発見よ?」
セレスが身を乗り出す。
「論文にしたら学会がひっくり返るレベルの……」
「論文ですか?」
レオンが困ったような表情になる。
「もし書かれても、本当のことを信じていただけるでしょうか?」
「信じてもらえるって……」
セレスがエリアの指輪を指差す。
「証拠があるじゃない」
「この【魔力調整リング】を学院に持参すれば、すぐに……」
「それは困ります」
レオンが遠慮がちに手を上げる。
「困るって、なぜ?」
「公開するのは危険だと思うんです」
レオンが申し訳なさそうに答える。
「昨日も商人の方が探りに来られましたし、技術が広まると各国で争いが始まってしまうかもしれません」
「各国って……そんな大げさな」
「大げさじゃありませんよ」
エリアが口を挟む。
「セレス先輩、この指輪の魔力効率を考えてみてください」
エリアが指輪を見つめる。
「軍事利用されたらどうなると思います?」
セレスが息を呑む。
「確かに……魔力消費半減の技術が軍事利用されれば……」
セレスが青い顔になった。
「戦力バランスが完全に崩れるわ」
「でも……」
セレスが困った顔をする。
「こんな重要な発見を隠しておくなんて……」
「隠すというより、慎重に扱いたいと思っています」
レオンが丁寧に答える。
「慎重にって、具体的には?」
「申し訳ありません、まだ具体的には決められていません」
レオンが肩をすくめる。
「でも、少なくとも今すぐ公開するのは危険だと思うんです」
セレスがカップをそっと置いて、優雅に立ち上がる。
「レオンさん、あなたは自分の技術がどれだけ価値があるか、本当に理解しているの?」
「価値と言いますと?」
レオンが首を傾げる。
「経済的にも、学術的にも、政治的にも……」
セレスが知的な瞳で工房をゆっくりと見回す。
「この技術は世界を変える力があるのよ」
「世界を変えるのは良いことかもしれませんが……」
レオンが慎重に答える。
「変化には必ず混乱が伴うんですね」
セレスが少し驚いたような表情を見せる。
「そうよ。特に、これほど革命的な技術なら……」
「混乱ですか」
レオンが考え込む。
「確かに、【魔核炉心】も古代文明の滅亡について話してくださいました」
『その通りだ』
【魔核炉心】の声が響く。
『技術の急激な進歩は、必ず社会の分裂を生む』
セレスが【魔核炉心】を見つめる。
「あなたは……古代文明の生き残り?」
『我は記録と記憶の集合体』
【魔核炉心】の光がゆらめく。
『古代の叡智を継承し、同じ過ちを繰り返さぬよう見守っている』
「同じ過ち?」
セレスが身を乗り出す。
『技術の独占、権力の集中、そして最終的な破滅』
【魔核炉心】の声が重くなる。
『汝らの時代も、同じ道を歩もうとしている』
セレスが椅子に座り込む。
「つまり、この技術を公開すれば……」
『争いが始まる』
【魔核炉心】がきっぱりと言う。
『レオンの技術は強力すぎる。現代の社会はまだ準備ができていない』
「準備って……」
セレスが困惑する。
「いつになったら準備ができるの?」
『それは分からない』
【魔核炉心】が答える。
『人の心が変わらぬ限り、技術は争いの道具となる』
セレスが深く考え込んでいる。知的な美貌に思索の影がさしている。しばらく沈黙が続いた後、彼女が決断したように口を開いた。
「分かりました」
セレスが優雅に立ち上がる。
「技術の公開は控えるべきですね。その代わり……」
「本当ですか?」
エリアが驚く。
「研究者として、こんな発見を隠すのは辛いですが……」
セレスが苦笑いする。
「【魔核炉心】の言葉に説得力がありすぎます」
「ありがとうございます」
レオンが深く頭を下げる。
「ご理解いただけて、とても助かります」
「でも、条件があります」
セレスが真剣な表情になる。
「条件でしたら、何でもお聞きします」
レオンが真剣に答える。
「私も、この研究に参加させてください」
セレスがきっぱりと言う。
「え?」
エリアが驚く。
「セレス先輩が?」
「はい」
セレスがうなずく。
「こんな重要な研究を、二人だけに任せておけません」
「任せておけないと言いますと……」
レオンが心配そうに尋ねる。
「何か問題でもありますでしょうか?」
「問題だらけよ!」
セレスが手を振る。
「あなたたちは技術のことしか考えていない。社会への影響とか、政治的な動きとか……」
「確かに、そういうことは全然考えられていませんね」
レオンが素直に認める。
「申し訳ありません」
「だから、私が監視……じゃなくて、アドバイスします」
セレスが照れたように言い直す。
「それに、魔法理論の面でもお役に立てると思います」
「それは心強いです」
レオンが嬉しそうに答える。
「ぜひお願いします」
『良い提案だ』
【魔核炉心】が賛成する。
『レオンには優秀な技術があるが、世間について学ぶべきことが多い』
「世間について……」
レオンが苦笑いする。
「確かにそうですね。まだまだ勉強が必要です」
「それで、セレス先輩も一緒に住むんですか?」
エリアが心配そうに聞く。
「住むって……」
セレスが戸惑う。
「そんなつもりは……」
「でも、研究に参加していただくなら、ここにいていただいた方が便利かもしれませんね」
レオンが提案する。
「ここは古代遺跡ですよ?」
セレスが困惑する。
「普通の女性が住む場所じゃないでしょう?」
「エリアさんは普通に住んでいただいてますが……」
レオンが首を傾げる。
「エリアは特別よ」
セレスがエリアを見る。
「この子は昔から変わってたから」
「変わってたって……」
エリアが抗議する。
「セレス先輩の方が変わってますよ。研究のためなら何でもするじゃないですか」
「何でもって……」
セレスが赤くなる。
「学生時代の話は関係ないでしょう?」
「それでしたら、よろしくお願いします」
レオンが丁寧に手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
セレスが微笑んで握手をする。
「三人でなら、きっと良い研究ができるわね」
「私も頑張ります!」
エリアが元気よく答えた。
『新たな仲間を歓迎する』
【魔核炉心】の温かい声が工房に響く。




