第7話 思わぬ来訪者
第7話 思わぬ来訪者
「あと一時間で制限時間ですね」
商人フェリックスが去った翌日、古代工房にはいつもの穏やかな静寂が戻っていた。
エリアは指輪の魔石が淡く点滅しているのを見ながら呟く。【魔力調整リング】の時間制限機能を試しながら、いつものように魔法の練習に励んでいる。
「どうですか?」
レオンが作業の手を止める。
「制限があると不便ではありませんか?」
「いえ、むしろ良いかもしれません」
エリアが微笑む。
「『今のうちに集中して練習しよう』って気持ちになります」
確かに、無制限だと甘えが出てしまうのかもしれない。
「それなら良かったです」
レオンがうなずく。
「技術は使う人を助けるものであって、依存させるものではないと思いますから」
『良い考えだ、レオン』
【魔核炉心】の声が響く。
『古代でも、強力すぎる道具に頼りきりになった者たちがいた』
「頼りきりになると何が起きるんですか?」
レオンが振り返る。
『技術に使われるようになる』
【魔核炉心】の光が暗くなる。
『道具の奴隷となり、最終的には自分自身を見失う』
【魔核炉心】の言葉には、深い経験に基づく重みがあった。
「それは……怖いですね」
エリアが指輪を見つめて、複雑な表情を浮かべる。
「でも、適切に使えば問題ないでしょうか?」
レオンが慎重に尋ねる。
「適切にって……」
エリアが苦笑いする。
「レオンさんの『適切』は普通の人と違いそうですが」
「そうでしょうか……」
レオンが首を傾げる。
「一応、常識的に考えて……」
「レオンさんに常識を語られるとは思いませんでした」
エリアが笑いかけた時、工房の入り口から声がした。
「エリア? エリア・セルクライトはいるか?」
今度は女性の声だった。エリアがはっとした表情を浮かべる。
「あの声……まさか」
慌てて工房の入り口に向かうと、濃紺のローブを着た女性が立っていた。二十代半ばくらいで、知的な美貌と威厳のある雰囲気を持っている。
「やっぱりエリアね」
女性がほっとした表情を浮かべる。
「セレス先輩?」
エリアが目を丸くして驚く。
「なぜここに?」
「なぜって……」
セレスと呼ばれた女性が、エリアを見つめて心配そうに眉をひそめる。
「あなたが心配だからよ。魔法学院を卒業してから、全然連絡がないじゃない」
「こんな辺鄙な場所で何をしているの?」
セレスが工房を見回す。
「冒険者になったって聞いたけど……」
「はい、実戦経験を積むために……」
「実戦経験?」
セレスが首を傾げる。
「でも、ここは古代遺跡でしょう? 危険すぎないかしら」
「大丈夫です」
エリアがレオンを見る。
「一人じゃありませんから」
「こちらは魔道具職人のレオンさんです」
エリアが紹介する。
「レオンさん、魔法学院時代の先輩のセレス・ノードストロムさんです」
「はじめまして」
レオンが丁寧に頭を下げる。
「レオンと申します。よろしくお願いします」
「はじめまして……」
セレスがレオンを見つめて、少し困惑した表情を浮かべる。
「魔道具職人? こんな若い方が?」
「まだまだ勉強中ですが、一応職人として働かせていただいています」
レオンが謙虚に答える。
「勉強中って……」
セレスが戸惑う。
「普通、一人前の職人になるには十年以上かかるものでしょう?」
「おっしゃる通りです」
レオンがうなずく。
「僕はまだまだ未熟ですが、師匠や【魔核炉心】から色々と教えていただいて……」
「師匠と……【魔核炉心】?」
セレスが首を傾げる。
「【魔核炉心】って、あの伝説の……?」
「はい」
レオンが【魔核炉心】を指す。
「幸運にも、いろいろとご指導いただいています」
「そんな……」
セレスが目を丸くする。
「【魔核炉心】から直接指導を? そんなことが可能なんですか?」
「よく分からないんですが……」
レオンが困ったように頭を掻く。
「気がついたら話しかけられていて」
セレスが美しい眉をひそめて呆れたような顔をし、助けを求めるようにエリアを見る。
「エリア、この方は本当に普通の職人なの?」
「普通かどうかは分かりませんが……」
エリアが苦笑いする。
「とても優秀な方です」
エリアが言いかけた時、セレスの視線がエリアの指輪に向けられた。
「その指輪……」
セレスの視線が指輪に釘付けになり、眉をひそめる。
「見たことのない魔力の流れね」
「え?」
「魔力効率が異常に高い」
セレスが専門家の鋭い眼差しで指輪をじっと観察する。
「こんな魔道具、見たことないわ」
「どこで手に入れたの?」
「それは……」
エリアが困った顔をする。
「僕が作らせていただきました」
レオンが控えめに答える。
「作った?」
セレスが驚く。
「あなたが?」
「はい」
「まさか……」
セレスの声が上ずる。
「こんな高度な魔道具を?」
「高度かどうかは分かりませんが……」
レオンが遠慮がちに答える。
「一応、完成はしました」
レオンが工房の作業台を指差す。
「制作過程で使った材料などがまだ残っています」
そこには【魔力調整リング】の制作過程で使用した工具や材料が置かれている。
セレスが作業台に近づいて、材料を手に取った。
「これ……【共鳴金属】?」
「ご存知でしたか」
レオンが少し驚く。
「知識としては……」
セレスが材料をじっと見つめる。
「でも、現代では製法が失われているはず」
「そうなんですか」
レオンが困ったような表情になる。
「この工房にあったものなので、詳しいことは……」
セレスが【共鳴金属】を手に持ったまま、固まってしまった。
「ちょっと待って……これが本物なら……」
「本物だと思うんですが……」
レオンが近づく。
「もしよろしければ、触れて確認していただけますか?」
セレスが金属に魔力を流してみる。すると、金属が彼女の魔力パターンに反応して、淡く光った。
「本当に……【共鳴金属】……」
セレスが青い顔をする。
「エリア、あなたたち、一体何をしているの?」
「何って……」
レオンが困惑する。
「魔道具を作らせていただいているだけですが……何か問題でもありましたでしょうか?」
「問題じゃないわよ! 大問題よ!」
セレスが声を上げる。
「【共鳴金属】なんて、王国の宝物庫にも数個しかないのよ?」
「そんなに貴重なものだったんですか……」
レオンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「知らずに使ってしまって、すみません」
「謝ることじゃないけど……」
セレスが頭を抱える。
「あなたたち、自分たちがどれだけ危険なことをしているか分かってる?」
「危険と言いますと?」
レオンが心配そうに尋ねる。
「【共鳴金属】の存在が知れたら、王国中が大騒ぎになるわ」
セレスの表情が深刻になる。
「研究者、貴族、軍部……みんなが欲しがる」
「それに、こんな場所で無防備に保管するなんて……」
セレスが工房を見回す。
「盗賊に襲われたらどうするの?」
「盗賊……」
レオンが考え込む。
「確かにそういう危険もあるかもしれませんね」
「もしかして、全然考えてなかったの?」
セレスがため息をつく。
「こんな価値のあるものが放置されているなんて……」
「申し訳ありません」
レオンが深く頭を下げる。
「価値について、よく理解していませんでした」
「エリア、あなたは魔法学院で何を学んだの?」
セレスがエリアを見つめる。
「【共鳴金属】の価値も知らないなんて……」
「価値は知ってますけど……」
エリアが困った顔をする。
「レオンさんと一緒にいると、だんだん感覚が麻痺してきて……」
「麻痺って……」
セレスがレオンを見る。
「あなた、【共鳴金属】をどこで手に入れたの?」
「この工房の材料保管庫にありました」
レオンが素直に答える。
「古代遺跡ですから、いろいろな材料が保管されているようで……」
「この工房に?」
「はい」
レオンがうなずく。
「【魔核炉心】に使っても良いか確認してから、使わせていただきました」
セレスが工房を見回した。その時、【魔核炉心】が青い光を放った。
「これは……【魔核炉心】?」
「ご存知でしたか」
レオンが振り返る。
「理論上は知ってるけど……」
セレスが息を呑む。
「実物は初めて見るわ」
セレスが【魔核炉心】に近づこうとした時、突然声が響いた。
『近づくな』
「え?」
『汝は継承者ではない』
【魔核炉心】の威圧感のある声に、セレスが後ずさりする。
「しゃ、喋った……」
「【魔核炉心】は古代文明の意識の集合体だそうです」
レオンが説明する。
「継承者以外とは基本的に対話されないと聞いています」
「継承者って……まさか、あなたが?」
「なぜか、そう認識していただいているようです」
レオンが謙虚に答える。
「理由はよく分からないのですが……」
セレスが完全に混乱した表情になった。
「ちょっと待って……整理させて……」
セレスが額を押さえる。
「あなたは古代遺跡の継承者で、【共鳴金属】を自由に使えて、【魔核炉心】と対話できる……」
「そうなるんでしょうか……」
レオンが困ったように答える。
「自分でもよく分からないのですが」
「よく分からないって……」
セレスが天を仰ぐ。
「エリア、あなたはとんでもない人と一緒にいるのよ」
「とんでもないと言いますか……」
エリアが苦笑いする。
「確かに常識の範囲を超えていますが……」
「それで、セレス先輩は何のために?」
エリアが話題を変える。
「何のためにって……」
セレスがため息をつく。
「あなたの様子を見に来ただけよ。でも、まさかこんな……」
セレスがまだ混乱している様子だった。
「とりあえず、お茶でも飲んでいただけませんか?」
レオンが遠慮がちに提案する。
「少し落ち着いていただければと思うのですが……」
「お茶って……こんな状況で?」
「状況と言いますと?」
レオンが首を傾げる。
「僕たちにとっては、いつもの日常なのですが……」
「いつもの日常って……」
セレスがまた頭を抱える。
「エリア、あなたの『普通』の感覚、完全に壊れてるわよ」
「そうでしょうか?」
エリアがきょとんとした顔で首を傾げる。
「まあ、とりあえずお茶を淹れますね」
エリアがのんびりと立ち上がる。
「セレス先輩、少し落ち着いてください」
「落ち着けって言われても……」
セレスが美しい顔に疲労の色を浮かべながらため息をつく。
「今日一日で人生観が変わりそうよ」
『人生とは常に変化するものだ』
【魔核炉心】の穏やかな声が響いた。




