第6話 注目される技術
第6話 注目される技術
「レオンさん!大変です!」
あの穏やかな朝の翌日、エリアが予想外に慌てた様子で工房に駆け込んできた。
「どうしたんですか?」
レオンが作業の手を止める。
「そんなに慌てて。何かあったんですか?」
「昨日、王都で買い物をしたときのことです」
エリアが息を整えながら説明する。
「魔法学院の先輩に会ったんですが……」
「はい」
「先輩が私の魔力の流れを見て、『何か特別な魔道具を使ってるのか?』って聞いてきたんです」
エリアが手をもじもじと動かす。
「特別な魔道具って……」
レオンが心配そうに眉を寄せる。
「それで、どうされたんですか?」
「つい、レオンさんが作ってくれた指輪のことを話してしまって……」
エリアが申し訳なさそうに顔を下げる。
「あ……」
レオンが困ったような表情になる。
「それは……少し問題になりそうですね」
「問題大ありです!」
エリアが慌てて手を振る。
「先輩は魔導工学の研究者で、すぐに『そんな魔道具は存在しない』って言い始めて……」
「そうですよね……普通に考えたら、そう思われるかもしれません」
レオンが困ったように頭を掻く。
「それで、先輩は何と?」
「『もしそれが本当なら、魔法史上の大発見だ。すぐに学院に持参して検証すべきだ』って……」
「検証ですか……」
レオンの表情が複雑になる。
「それは困りましたね」
「ですよね!」
エリアが安堵の表情を見せる。
「レオンさん、分かってますか? この指輪がどれだけ危険なものか……」
「危険というと……」
レオンが指輪を手に取る。
「エリアさんが心配されてるのは、きっと技術の悪用についてですよね?」
「そうです!」
エリアが頭を抱える。
「こんな技術が存在するって知れたら、王国中の研究者や貴族が押しかけてきます。それに……」
「それに?」
「軍事利用を考える人も出てくるかもしれません」
エリアの表情が深刻になる。
「魔力消費を大幅に削減できる技術なんて、戦争に使われたら……」
レオンが深く考え込む。確かにエリアの懸念はもっともだ。魔力効率が向上すれば、魔法戦闘での優位性が格段に上がってしまう。
「エリアさんの心配、よく分かります」
レオンが真剣な表情になる。
「技術のことばかり考えて、社会への影響については深く考えていませんでした」
「技術は使い方次第って言いますが……」
エリアがため息をつく。
「レオンさんって、本当に楽観的すぎます」
「すみません……」
レオンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「とりあえず、先輩には『詳しく調べてから連絡する』って言って帰ってきましたが……」
エリアが肩を落とす。
「時間の問題です」
『確かにエリアの心配はもっともだな』
【魔核炉心】の声が響く。
「【魔核炉心】もそう思われますか?」
レオンが振り返る。
『古代の技術が表に出れば、必ず争いの火種になる』
【魔核炉心】の光が暗くなる。
『技術の独占を狙う者、悪用を企む者……歴史は繰り返すものだ』
「歴史について、教えていただけますか?」
『三千年前、古代文明が滅んだのも、技術を巡る争いが原因の一つだった』
【魔核炉心】の言葉に、工房の空気が重くなった。
「そんなことが……」
レオンが驚いて呟く。
「でも、隠し続けるわけにもいかないですよね?」
レオンが立ち上がる。
「隠すって……」
エリアが困惑する。
「レオンさん、まさか公開するつもりですか?」
「うーん……」
レオンが迷うような表情を見せる。
「技術は広く使われてこそ価値があると思うんですが、エリアさんや【魔核炉心】の心配も理解できます」
「私としては……」
エリアが指輪を見つめて、複雑な表情を浮かべる。
「確かにこの指輪のおかげで、魔法の練習がとても楽になったのは事実です」
エリアがぽつりとつぶやく。
「でも、それが原因で争いが起きるなら……」
「争いが起きるかどうかは、まだ分からないかもしれませんが……」
レオンが慎重に言葉を選ぶ。
「起きます」
エリアがきっぱりと言う。
「絶対に起きます。こんな革命的な技術を前にして、平穏でいられる人なんていません」
『エリアの判断は正しい』
【魔核炉心】が同意する。
『レオン、お前はまだ若い。人間の欲深さを理解していない』
「そうですね……」
レオンが深くうなずく。
「確かに、技術のことばかり考えていました」
レオンが素直に認める。
「人の心理まで考えが及びませんでした。エリアさん、どうしたら良いと思いますか?」
「どうって……」
エリアが困った顔をする。
「正直、分かりません。でも、少なくとも今すぐ公開するのは危険だと思います」
「分かりました」
レオンがしっかりとうなずく。
「エリアさんがそう思われるなら、もう少し慎重に考えてみましょう」
「え?」
エリアが驚いた表情をする。
「レオンさんがそんなことを言うなんて」
「いつもなら『理論的には問題ない』って言いそうなのに」
「【魔核炉心】とエリアさんが心配されているなら、きっと僕が見落としている重要な問題があるんでしょう」
レオンが謙虚に答える。
「重要な問題って……」
エリアが少し嬉しそうな表情を見せる。
「分かっていただけて良かったです」
「はい。では、しばらくは秘密にしておきましょう」
レオンがうなずく。
「本当ですか?」
エリアがほっとした表情を浮かべる。
「はい。ただ……」
「ただ?」
「改良の研究は続けても良いでしょうか?」
レオンが遠慮がちに尋ねる。
「より安全で、使いやすい技術にできるかもしれません」
「改良って……」
エリアがまた不安そうな顔をする。
「今でも十分すぎるほど凄いのに、これ以上改良したら……」
「より安全で、より効率的にできるかもしれません」
レオンが説明する。
「もちろん、エリアさんと相談しながら進めたいんですが」
『レオンよ、技術の追求は素晴らしいが、使う者への配慮も忘れてはならない』
【魔核炉心】が諭すように言う。
「おっしゃる通りです」
レオンが深くうなずく。
これまで技術の完成度にばかり注目して、それが社会に与える影響については深く考えてこなかった。
「分かりました」
レオンがエリアを見つめる。
「改良するときは、必ずエリアさんと相談します」
「相談って……」
エリアが戸惑う。
「私が判断できるような技術じゃないでしょう?」
「でも、実際に使う人の立場からの意見は、とても貴重だと思います」
レオンが真剣に答える。
「そんなに期待されても……」
エリアが照れたような、困ったような表情をする。
「エリアさんには、僕にない視点があります」
レオンが優しく微笑む。
「視点って……」
「人間関係とか、社会への影響とか」
レオンが指を折って数える。
「僕一人では気づけないことを、いつも教えてくれます」
エリアの頬が少し赤くなった。
「そ、そういうことでしたら……協力させていただきます」
『良い判断だ』
【魔核炉心】が満足そうな響きで言う。
『技術者は独善に陥りがちだが、レオンには良い相談相手がいる』
「ありがとうございます」
レオンが【魔核炉心】に向かって頭を下げる。
「それじゃあ、当分は誰にも話さないということで」
エリアが安堵の表情を浮かべる。
「はい。でも、いつかは適切な形で公開する日が来るかもしれませんね」
レオンが窓の外を眺める。
「その時は、みんなが受け入れられるような形で」
「そうですね」
エリアがうなずく。
「その時まで、一緒に準備しましょう」
『二人なら、必ず良い道を見つけるだろう』
【魔核炉心】の温かい声が、工房に静かに響いた。




