第58話 人間転移の検討
第58話 人間転移の検討
「人間転移について話し合いましょう」
アルカナが真剣な表情で切り出して、四人は工房のテーブルを囲む。生物実験では成功したが、人間で試すには慎重な検討が必要だ。レオンがこれまでの記録を広げて、エリアとセレスが緊張した面持ちで見つめている。
「では」
「人間転移について検討を始めましょう」
「本当に大丈夫でしょうか」
エリアが心配する。
「動物では成功しましたが」
「そうね」
アルカナが頷く。
「でも、人間は動物と違うわ」
「何が違うんですか?」
「意識よ」
「人間の意識は複雑なの。転移が意識に影響するかもしれない」
セレスが記録しながら尋ねる。
「具体的にはどんな影響ですか?」
「分からないわ」
「記憶が失われるかもしれないし、感情が変わるかもしれないし、あるいは意識そのものが損なわれるかもしれない」
「怖いですね」
「でも」
「動物にも意識はありますよね」
「そうね」
「でも、人間の意識はもっと複雑なの」
「では」
「どうやって安全性を確認するんですか?」
「まず」
「転移のメカニズムを理解しましょう」
「メカニズム?」
「転移が何をしているのか」
「物質だけを移動させているのか、それとも何か別のものも移動させているのか」
「別のもの?」
「魂とか、精神とか」
「そういった目に見えないものよ」
「でも」
「それは測定できませんね」
「そうね」
「だから、間接的に確認するしかないわ」
「どうやって?」
「人間で実験するの」
「でも、最初は短距離から始めるわ」
「短距離?」
「五メートルよ」
「最小距離で、最も安全な条件ね」
「それでも危険では?」
「そうね」
「でも、いつかは試さないといけないわ」
「では」
「誰が最初に転移するんですか?」
四人は顔を見合わせる。
「私が行くわ」
「アルカナさんが?」
「はい」
「私は古代の魔力を持っているから、最も適しているわ」
「でも」
「危険です」
「そうね」
「でも、誰かが最初にやらないといけないわ」
「では」
「準備を整えましょう」
「準備?」
「転移前後の状態を詳しく記録するんです」
「動物でやったように」
「そうね」
四人は準備を始める。
「では」
「アルカナさんの転移前の状態を記録しましょう」
アルカナの体重、体温、心拍数、呼吸数を測定する。
「記憶のテストもしましょう」
「記憶のテスト?」
「簡単な質問に答えてもらうんです」
「転移後に同じ質問をして、答えが変わっていないか確認します」
「なるほど」
レオンが質問する。
「あなたの名前は?」
「アルカナ」
「あなたは何歳ですか?」
「二千歳以上よ」
「あなたの魔核炉心の色は?」
「青」
十個の質問にアルカナが答え、セレスが記録する。
「では」
「感情のテストもしましょうか」
「感情のテスト?」
「今の気分を教えてください」
「少し緊張しているわ」
「でも、期待もしているわ」
セレスが記録する。
「では」
「遺跡に行きましょう」
四人は遺跡へ向かい、到着すると深層部へと進んで装置群の空間に入る。
「では」
アルカナが装置を起動する。
「出力を最小にするわ」
五メートル転移に設定する。
「範囲も最小に」
直径1メートルにする。
「安定ボタンも押すわ」
精度を最大にして転移先を確認する。五メートル先の何もない空間だ。
「準備できたわ」
「では」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「信じて」
「分かりました」
「では」
アルカナが歪みの前に立って深呼吸し、一歩踏み出して歪みに触れると消える。三人は息を呑んで十分待つ。長い十分が過ぎ、アルカナが五メートル先に現れる。
「アルカナさん」
エリアが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「何ともないわ」
三人は安堵する。
「では」
「状態を確認しましょう」
アルカナの体重、体温、心拍数、呼吸数を測定する。
「全て転移前と同じです」
「では記憶のテストを」
レオンが同じ質問をすると、アルカナが答える。全て転移前と同じ答えだ。
「記憶も問題ありませんね」
「感情は?」
「今の気分を教えてください」
「安心したわ」
「成功して良かった」
「感情も正常ですね」
「では」
「転移中の感覚はどうでしたか?」
「不思議な感覚だったわ」
「一瞬、体が軽くなった感じ。そして、次の瞬間にはここにいたの」
「痛みは?」
「なかったわ」
「全く痛くなかった」
「めまいは?」
「少しあったわ」
「でも、すぐに消えた」
「では」
「人間転移成功。異常なし。わずかなめまいあり」
「もう一度試してみましょうか」
「そうね」
「今度は距離を伸ばしてみるわ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「十メートルにするわ」
出力を調整して歪みに入り、転移して現れる。三人が駆け寄って確認すると異常なしだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「では」
「もっと距離を伸ばしてみるわ」
「どのくらいですか?」
「五十メートル」
出力を調整して転移し、現れて確認しても異常なしだ。
「では」
「最大距離を試してみましょうか」
「まだ早いわ」
「今日はここまでにしましょう」
「そうですね」
アルカナが装置を停止させ、四人は深層部を後にして遺跡の外に出る。
「今日は人間転移に成功しました」
「アルカナさんが五メートル、十メートル、五十メートル転移しました」
「異常はなく」
「わずかなめまいがあっただけです」
「記憶も感情も」
「問題ありませんでした」
「そうね」
「人間転移は可能よ」
四人は工房への帰路につき、工房に戻って記録を整理する。
「人間転移の検討」
セレスがノートに書き込みながら結果をまとめる。
「アルカナが転移成功。五メートル、十メートル、五十メートル」
「測定結果」
「体重、体温、心拍数、呼吸数、記憶、感情。全て異常なし」
「転移中の感覚」
「体が軽くなる感覚。わずかなめまい。痛みなし」
「次は」
「他の人も試してみましょう」
「他の人?」
「はい」
「私だけでなく、レオン、エリア、セレスも転移してみるの」
「私たちも?」
「そうよ」
「全員が転移できるか確認しないと」
「分かりました」
「明日、試してみましょう」
四人は夕食を作って食事を済ませ、明日への準備を整える。




