第45話 転移の発見
第45話 転移の発見
「本当に転移したんでしょうか」
エリアが不安そうに尋ねて、四人は工房のテーブルを囲む。昨日の実験で小石が消えて現れたことについて、まだ信じられない気持ちが残っている。セレスが記録を見直しながら、何度も確認した結果を読み上げている。
「今日は遺跡に行かないんですか?」
レオンが準備をしようとして尋ねるが、アルカナが止める。
「いえ」
アルカナが魔核炉心から現れて全身が工房に立つ。
「午後から行くわ。午前中は、記録の整理をしたいの」
彼女がテーブルに向かってノートを広げ、資料を取り出す。
四人はテーブルに歪みの観察記録、ロープの実験結果を広げて記録をページをめくりながら一つずつ丁寧に確認する。
「この歪みは」
エリアが記録を見てノートを読みながら考える。
「どこに繋がっているんでしょうか」
「遠い場所かもしれないわね」
アルカナが赤い布が見つからなかった記録を見ながら答える。
「赤い布が見つからなかったから」
遠く、遺跡の外、さらに遠く、どこかだ。
「でも」
セレスがペンを止めて可能性を探りながら考える。
「見落としている可能性もあります」
探したが見つからなかった、見落としたかもしれない。
「そうね」
アルカナが頷いて同意する。可能性はある。
「もう一度、遺跡の中を探してみましょう」
四人は午前中いっぱい記録を整理し続ける。図を描いて考察を書き、仮説を立てる。窓の外を見ると太陽が高く昇って正午が近い。
昼食を済ませて準備を整え、荷物を背負って工房を出発する。森を抜けて山道を登り、遺跡に到着する。
まず外を探す。遺跡の周囲を歩いて一周し、地面を見て草の中を見て森の入口を見る。赤い布を探す、目立つはずだがない。
時間をかけて丁寧に探す。しかし見つからない、どこにもない。
「やはりありませんね」
レオンが額の汗を拭いながら言う。疲れたが見つからない。
「中を探しましょう」
四人は遺跡に入って扉をくぐり、広間に入る。広間を見て床を見て壁を見て天井を見上げる。赤い布を探すがない。
通路を進んで階段を一段ずつ降り、第二階層に入る。罠の部屋を通過して安全な円形模様だけを踏む。
通路を見て壁を見て床を見る。でも赤い布はない。
何もない、どこを見ても。
「ここにもありませんね」
エリアが疲れた表情で言う。探し続けたが見つからない。
「深層部に行ってみましょう」
四人は深層部へ向かって扉をくぐり、装置の中の階段を降りて通路を進む。装置群の空間に入る。広い空間に百個の装置がある。
「あれ」
セレスが何かを見つけて立ち止まり、目を凝らす。
「あそこに」
彼女が装置の陰を指差して腕を伸ばして示す。
赤い布がある。装置の下、床に落ちている。赤い色、目立つ色だ。
「赤い布です」
レオンが驚いて声を上げる。信じられない。
「ここにあったんですか」
四人は急いで駆け寄って赤い布に近づき、拾い上げて手に取る。
「確かに、昨日投げた布ですね」
エリアが布を広げて確認して見る。間違いない、同じ布、赤い布だ。
「でも」
アルカナがゆっくりと周囲を見回して装置を見て床を見る。
「ここは、昨日探したはずよ」
確かに昨日この場所を探したが、なかった。布はなかった。
「そうですね」
セレスが頷いて記憶を辿る。昨日の探索、ここも見たがなかった。
「昨日は見つかりませんでした」
確かに見つからなかった。
「では」
レオンが腕を組んで考え、推測する。
「昨日の後に、ここに現れたんでしょうか」
時間差だ。昨日投げたがすぐには現れなかった、時間が経ってから。
「そうかもしれないわね」
アルカナが布を見て手で触れて確認する。本物で間違いない。
「歪みに投げてから、時間をおいて、ここに現れたのかも」
遅延、転移に時間がかかる。
「時間差があるんですね」
エリアが理解しながら言う。そういうことか。
「では」
セレスがノートを開いて記録する準備をしながら提案する。
「今日も実験してみましょうか」
再現性を確かめて確認する。
「そうね」
アルカナが頷いて同意し、実験する。
「装置を起動するわ」
彼女が制御パネルの部屋に向かって床の扉を開け、階段を降りて部屋に入る。『起動』を押す。カチリと音がする。『接続』を百回押す。カチリ、カチリ、カチリ。
装置群が光り始める。青、緑、黄、赤、色とりどりの光で空間の中央に歪みが現れる。揺らぐ空間だ。
アルカナが階段を登って装置群の空間に戻る。
「では」
セレスが荷物から今日持ってきた白い目立つ色の布を取り出す。
「これを投げてみます」
彼女が両手で布を歪みに向かって投げる。布が空中で広がって歪みに向かって飛ぶ。
布が歪みに触れる。ぱっと瞬時に音もなく消える。
四人は空間を見回して布を探す。床を見て装置の陰を見て壁際を見るがない。
「まだ現れませんね」
レオンが確認しながら言う。どこにもない。
「待ってみましょう」
アルカナが言う。時間が必要だ、赤い布も時間がかかった。
「時間がかかるのかもしれないわ」
四人は空間で立ったまま周囲を見ながら布が現れるのを待つ。
時間が経つ。一分、静かに待つ。二分、まだ現れない。三分、四分、五分。
五分経過する。まだない、どこにもない。
「まだですね」
エリアがもう少し待ち続けながら言う。
時間が経つ。六分、七分、八分、九分、十分。
十分経過する。
その時、セレスが何かに気づく。
「あそこ」
彼女が球体の装置の陰、床の近くを指差す。
白い布が落ちている。さっきまでなかった場所に突然現れた。
「現れました」
レオンが驚いて声を上げる。信じられない、突然だ。
「突然現れましたね」
音もなく、光もなく、ただそこにある。
四人は急いで駆け寄って白い布に近づき、拾い上げて手に取って確認する。
「確かに、今投げた布です」
セレスが広げて確認して見る。間違いない、同じ布、白い布だ。
「では」
アルカナが腕を組んで考え、理解する。
「歪みに入れたものは、十分ほどで、この空間に現れるのね」
転移、時間がかかる、十分だ。
「現れる場所は」
エリアが周囲を見て赤い布が落ちていた場所を見て白い布が落ちていた場所を見て比較する。
「ランダムでしょうか」
どこに現れるか、規則性はあるか。
「いえ」
アルカナが赤い布と白い布が落ちていた場所を見て目で見て距離を測る。
「近い場所に現れているわ」
確かに二つの布は5メートルほどしか離れていない。近く、同じエリアだ。
「では」
レオンが推測して結論を導きながら考える。
「現れる場所は、ある程度決まっているんですね」
固定されていて、ランダムではない。
「そうね」
アルカナが頷いて確認する。観察結果と一致する。
「もう一度実験してみましょう」
再現性を確かめる、もう一度だ。
セレスが荷物から黄色い目立つ色の布を取り出す。
「これを投げてみます」
彼女が腕を振って布を歪みに向かって投げる。布が歪みに向かって飛ぶ。
布が歪みに触れる。ぱっと瞬時に消える。
四人は待って時間を測る。レオンが声に出して数える。一分、二分、三分。
四分、五分、六分、七分、八分、九分。
十分後。
黄色い布が突然音もなく現れる。白い布の近くで床に落ちる。
「やはり」
アルカナが再現性があると確信しながら言う。
「同じような場所に現れるわね」
ほぼ同じ場所、白い布の近く3メートルほどだ。
「では」
エリアが結論を導いて理解しながら考える。
「歪みは、この空間の別の場所に繋がっているんですね」
空間内転移だ、ここからあそこへ、同じ空間の中で。
「そうね」
アルカナが頷いて確認する。間違いない。
「歪みに入れたものは、十分後に、あの場所に現れるのよ」
転移先、固定されている、装置群の一角だ。
「それは」
レオンが驚いて声を上げる。理解して意味が分かる。
「転移ですね」
物体を空間を超えて移動させる。
「転移?」
セレスが尋ねる。転移、聞いたことがある言葉だが実際に見るのは初めてだ。
「はい」
レオンが言葉を選んで正確に説明する。
「物を別の場所に移動させることです」
瞬間移動、空間転移、距離を超える。
「そうね」
アルカナが頷いて同意する。正しい理解だ。
「これは転移現象よ」
古代の技術、失われた技術が目の前で起きている。
四人は顔を見合わせる。レオン、エリア、セレス、アルカナ、四人の目が合う。驚き、感動、興奮だ。
「転移現象」
エリアが呟く。信じられないが、事実だ。
「そんなことができるんですか」
常識を超える、理解を超える。
「古代の技術なら」
アルカナが真剣な表情で確信を持って言う。
「可能なのよ」
古代、高度な文明、失われた技術がそれが今ここにある。
「では」
セレスがノートを見て記録を見ながら考え、理解を深める。
「この装置群は、転移装置なんですね」
百個の装置が全て繋がって一つのシステムで転移を実現する。
「そうかもしれないわ」
アルカナがゆっくりと装置群を見回して一つ一つの装置を見る。球体、柱、板、網目、螺旋だ。
「百個の装置を組み合わせて、転移を実現するシステムね」
複雑なシステム、精密なシステムだ。
「すごいですね」
レオンが感心した声で、感動を込めて言う。
「でも」
エリアが疑問を持って尋ねる。
「なぜ古代の人々は、こんな装置を作ったんでしょうか」
「分からないわ」
アルカナが正直に答える。
「でも、転移が必要だったのよ」
「もっと実験してみましょう」
セレスがペンを握って記録の準備をしながら提案する。
「転移の条件を確認しましょう」
「そうね」
アルカナが頷いて同意する。
「では」
レオンが床に落ちている手のひらサイズの小石を拾う。
「小石で試してみます」
彼が腕を振って小石を歪みに向かって投げる。石が回転しながら歪みに向かって飛ぶ。
小石が歪みに触れる。ぱっと瞬時に消える。
十分待って時間を測る。レオンが一分、二分、三分、四分、五分、六分、七分、八分、九分、十分と数える。
小石が突然現れる。布と同じ場所の近くの転移先のエリア、床に落ちる。
「小石も転移しますね」
エリアが拾い上げて確認しながら言う。本物だ、同じ石だ。
「では」
セレスが両手で持つほどの大きさの重い石を拾う。
「これはどうでしょうか」
彼女が両手で押して石を床の上で歪みに向かって転がす。
石が歪みに触れる。ぱっと、大きな石でも瞬時に消える。
十分待って時間を測る。同じようにだ。
石が突然現れる。同じ場所の近くの転移先のエリア。床にゴトンと音を立てて落ちる。
「大きな石も転移しました」
レオンが驚いて声を上げる。
「大きさは関係ないんですね」
小石も大きな石も、同じように転移する。
「そうね」
アルカナが観察結果を確認して頷く。
「物質なら何でも転移するわ」
材質も、大きさも、関係ない。物質であればだ。
「では」
エリアが次の疑問、危険な疑問を考える。
「生き物も転移するんでしょうか」
「分からないわ」
アルカナが真剣な表情、警告の表情で答える。
「でも、試すのは危険よ」
生命は取り返しがつかない。失敗したら。
「そうですね」
セレスが慎重に頷いて同意する。
「まずは物で十分に実験しましょう」
安全第一、慎重にだ。
四人は実験を続ける。様々な物を歪みに投げる。木片を投げる、消える、十分後に現れる。布を投げる、消える、十分後に現れる。石を投げる、消える、十分後に現れる。金属の破片を投げる、消える、十分後に現れる。
全てが例外なく転移する。十分後に、同じ場所の近く、約五十メートル離れた転移先のエリアに現れる。
「転移は確実ですね」
レオンがノートを見て記録、全ての実験結果を確認する。
「全ての物が転移しました」
十回以上の実験、全て成功だ。
「そして」
エリアが転移先の位置のリストを見て言う。
「転移先は同じ場所です」
ほぼ同じエリア、数メートルの誤差はあるが、ほぼ同じだ。
「歪みと転移先の距離は」
セレスが一歩ずつ歩いて測り、数えて、距離を計算する。
「約五十メートルです」
五十メートルの転移、空間を超えて。
「五十メートルの転移ね」
アルカナが腕を組んで考え、評価する。
「短い距離だけど、確実に転移しているわ」
確実性、再現性、重要だ。
「装置を調整すれば」
レオンが制御パネルやボタンを思い浮かべながら可能性を探る。
「もっと遠くに転移できるかもしれませんね」
距離を変える、設定を変える、調整ボタンで。
「そうかもしれないわ」
アルカナが頷く。可能性はある、でも。
「でも、それはまた今度調べましょう」
今日はここまで、十分な成果だ。
「今日はここまでにしましょうか」
セレスがノートを閉じて提案する。記録が増えた。
「はい」
アルカナが制御パネルの部屋に戻って階段を降り、『停止』を押す。カチリと音がする。
装置群の光が、全ての光が一斉に消える。暗闇が戻る。歪みが消え、揺らぎが止まり、普通の空間に戻る。
四人は深層部を後にする。階段を登り、床の扉を閉じ、装置群の空間を横切り、通路を進み、階段を登り、装置の中から出て、深層部の扉をくぐり、第二階層を抜け、罠の部屋を通過し、階段を登り、最初の広間を横切り、遺跡の外に出る。新鮮な空気が肺を広げる。
遺跡の前で地面に座って休憩する。水を飲み、保存食を食べ、体力を回復する。
「転移現象を発見しました」
レオンが達成感と満足と興奮を込めて言う。
「大発見ですね」
「そうね」
アルカナが頷いて微笑む。成功だ。
「古代の転移技術を、私たちは目撃したわ」
歴史的な瞬間、失われた技術の再発見だ。
「これは」
エリアが意味を、重要性を考える。
「すごいことですね」
世界を変える可能性がある。
「ええ」
アルカナが答えるが、表情は複雑だ。
「でも、まだ分からないことがたくさんあるわ」
転移の仕組み、原理、制御方法、応用方法、全て謎だ。
四人は工房への帰路につく。森を抜け、山道を下り、一日目が終わって野営し、二日目も歩き続け、工房に到着する。
荷物を降ろしてテーブルに向かい、記録を整理してノートを広げる。
「転移現象」
セレスがノートに大きく太い文字で書き、下線を引く。重要な発見だ。
「歪みに入れた物は、十分後に、約五十メートル離れた場所に現れる」
詳細、観察結果、測定結果を書く。
「転移は確実」
レオンが続けてリストを作り、実験結果をまとめる。
「全ての物質が転移しました」
十回以上の実験、全て成功、例外なしだ。
「大きさは関係なし」
エリアがペンを走らせて観察結果を記録する。
「小石も大きな石も転移しました」
材質も、大きさも、形も、関係ない。物質であれば転移する。
「そして」
アルカナが最も重要な点、核心を言う。
「これは古代の技術よ」
失われた技術、高度な技術が、今再発見された。
四人は記録、ノート、図、データを見つめる。歴史的な記録だ。
「この技術を」
レオンが期待と興奮を込めて言う。
「もっと調べてみたいです」
深く、詳しく、完全に。
「そうね」
アルカナが頷いて同意する。もっと知るのだ。
「次は、転移距離を調べてみましょう」
制御方法、調整方法、応用方法をだ。
四人は記録を整理し終えてノートを閉じ、資料をしまう。
夕食の準備を始める。食材を取り出し、火を起こし、鍋を置き、野菜を切り、水を沸かし、料理をする。
食事を済ませて片付けをし、明日への準備を整える。転移現象の調査を続けるために、制御方法を探すために、応用方法を見つけるために。




