第4話 最初の傑作
第4話 最初の傑作
「レオンさん、朝食ができました」
古代工房での生活が始まって一週間。エリアが携帯用の魔法コンロで作った簡単な食事を持ってくる。
彼女は几帳面で、三食きちんと作ってくれる。最初の三日間は「本当にここに住むんですか?」と何度も確認していたが、今では工房の一角に簡易的な生活スペースを設けて滞在していた。
「ありがとうございます」
レオンが作業の手を止める。
「でも、そんなに気を遣わなくても……」
「放っておいたら、絶対に食事を忘れるでしょう?」
エリアが皿を置きながら、ちらりとレオンの顔を見る。
レオンが苦笑いする。確かにエリアの言う通りだ。【魔核炉心】から得た知識を整理するのに夢中で、昨日は一日中何も食べていなかった。
「エリアさんって、意外と世話好きなんですね」
「世話好きじゃありません」
エリアがぷいっとそっぽを向くが、その動作が可愛らしい。
「ただ、目の前で人が倒れるのは見ていられないだけです」
エリアの頬がほんのりと桜色に染まった。レオンはその表情を見て、何だか心が温かくなる。
食事を済ませて、工房の中央に向かった。【魔核炉心】が静かに青い光を放っている。
「おはようございます」
『おはよう、レオン』
【魔核炉心】の声が響く。
『今日は何を作るのだ?』
「そうですね……」
レオンが【魔核炉心】を見上げる。
「エリアさんのお礼に何か作ってみたいです」
「お礼?」
エリアが慌てる。
「いえ、そんな気を遣わなくても……」
「気を遣ってるわけじゃありませんよ」
レオンが工房の設備を見回す。
「ただ、新しい技術を試してみたいんです。それで役に立つものが作れたら嬉しいですし」
古代の魔導工学技術と現代の知識を組み合わせれば、これまでにない魔道具が作れるはずだ。
「エリアさんは冒険者でしたよね?」
レオンが振り返る。
「何か困ってることはありませんか?」
「困ってること……」
エリアが考え込む。
「強いて言うなら、魔力の消費量でしょうか。魔法学院では理論ばかりで、実戦での魔力配分がまだ下手で……」
「魔力配分ですか」
レオンの目が光る。
「それなら【魔力調整リング】はどうでしょう?」
エリアが首を傾げる。
「魔力調整リング? そんな魔道具、聞いたことないんですが……」
「今から作ってみます」
レオンが答えると、エリアがまた深いため息をついた。
「またそうやって……」
エリアが頭を抱える。
「普通、魔道具の設計には数週間から数ヶ月かかるものなんですが」
「設計は……なんとなく頭の中にあります」
レオンが作業台に向かう。
【魔核炉心】から得た知識と、現代の魔法学院の理論を組み合わせれば、なんとか作れるかもしれない。
必要な材料を並べ始める。古代の魔石、精密な魔導金属、そして――
「あ、これは面白い材料ですね」
レオンが手に取ったのは、見たことのない金属だった。触れた瞬間、その特性が理解できる。
「これは【共鳴金属】ですね」
レオンが金属を光にかざす。
「使用者の魔力パターンに同調して、最適な出力に調整してくれるみたいです」
「共鳴金属って……」
エリアが目を丸くする。
「それ、伝説の材料じゃないですか? 現代では製法が失われていて……」
「失われてても、ここにありますから」
レオンが材料の加工を始める。古代の工具は現代のものとは比較にならないほど精密で、思った通りの形に成形できる。
「魔力回路はこんな感じで……」
レオンが作業を進めながらエリアに説明する。
「エネルギー損失を最小限に抑えて……」
彼女は魔法学院出身なので、理論的な部分は理解してくれる。
「すごい……」
エリアが作業を見つめる。
「こんな複雑な魔力回路、見たことないです」
「複雑に見えますけど、実は理にかなってるんです」
レオンが手を止めずに答える。
「無駄な経路を全部省いて、最短距離で魔力を伝達させてます」
二時間ほどで、指輪の形をした魔道具が完成した。銀色の金属に青い魔石が埋め込まれた、シンプルで美しいデザインだ。
「できました」
レオンが指輪を掲げる。
「え? もう?」
エリアが驚く。
「本当に二時間で魔道具を……」
「試してみてください」
レオンが指輪をそっとエリアに差し出す。彼女は恐る恐るそれを受け取って、少し迷ってから薬指にはめてみる。
「あ……」
瞬間、エリアの周りの魔力の流れが変わった。乱れていた魔力が整然と整列して、無駄な消費が劇的に減っている。
「これ、すごいです……」
エリアが息を呑み、指輪を見つめる瞳が輝く。
「魔力の消費量が半分以下になってます」
「半分以下?」
レオンが首を傾げる。
「計算では三分の一程度のはずでしたが……エリアさんの魔力パターンに特に相性が良かったのかもしれませんね」
「相性って……」
エリアの声が小さく震える。
「普通、魔道具に相性なんてないでしょう?」
「普通はそうですね」
レオンが困ったように頭を掻く。
「でも、これは普通じゃないみたいです」
エリアがいつものように深いため息をついた。
「レオンさんの『普通じゃない』は、もはや常識を超越してますね……」
『見事だ、レオン』
【魔核炉心】の声が響く。
『古代の技術と現代の理論を見事に融合させている』
「ありがとうございます」
レオンが指輪をじっと見つめる。
「でも、まだまだ改良の余地がありそうです」
さらなる改良点を考えていると、エリアが慌てて手を振った。
「ちょっと待ってください!」
エリアが立ち上がる。
「これ以上改良したら、一体どうなるんですか?」
「そうですね……」
レオンが考え込む。
「完全に魔力消費をゼロにできるかもしれません」
「魔力消費ゼロって……」
エリアが絶句する。
「それ、もはや魔法の概念を覆してませんか?」
「技術って、そういうものじゃないでしょうか?」
レオンが素直に答える。
「新しいことを試して、今までできなかったことを可能にする」
エリアは頭を抱えた。
「レオンさんと一緒にいると、本当に価値観が混乱します……」
「すみません。でも、技術の可能性を考えるのは楽しいんです」
レオンが申し訳なさそうに言う。
「固定観念って……」
エリアが困った顔をする。
「私が学んできた魔法理論は、何だったんでしょう……」
「基礎ですよ」
レオンがにっこりと笑う。
「基礎は大切です。ただ、基礎の上に応用を積み重ねるのが技術の発展だと思います」
エリアは指輪を見つめて、小さくため息をついた。
「……この指輪、いくらくらいの価値があるんでしょうか?」
「価値?」
レオンが首を傾げる。考えたことがなかった。
「さあ、材料費はほとんどかかってませんし……強いて言うなら、作るのに二時間かかったので、その分の時間くらいでしょうか?」
「時間って……」
エリアの表情が引きつる。
「レオンさん、これ、王国の国宝級の魔道具ですよ?」
「国宝?」
レオンが首を傾げる。
「そんなに大げさな……」
「大げさじゃありません!」
エリアが声を上げる。
「魔力消費を半分以下にする魔道具なんて、聞いたことないです!」
「でも、理論的には自然な結果だと思うんですが」
エリアは天を仰いだ。
「レオンさんの『自然』って言葉も、普通の人の『奇跡』なんです……」
エリアが頭を抱えながらも、どこか愛らしい困った顔をする。
『その通りだな』
【魔核炉心】が笑うような響きで言う。
『レオンの『自然』は、世界の『奇跡』に等しい』
「そうですか?」
レオンが首を傾げる。
「よく分からないですが……」
レオンが肩をすくめる。
「エリアさんと【魔核炉心】が満足しているようで良かったです」
「今度は何を作りますか?」
レオンが作業台に向かおうとした時、エリアが慌てて止めた。
「ちょっと待ってください!」
エリアが両手を振る。
「今日はもう十分です!」
「まだ午前中ですよ?」
「午前中だから止めるんです!」
エリアの必死さが面白くて、レオンは思わず笑ってしまった。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
レオンが苦笑いする。
「でも、確かに今日はよく働きました」
「はい、お疲れ様でした」
エリアがほっとした表情を浮かべながら、指輪を大切そうに見つめる。
「明日もまた、よろしくお願いします」
そう言うエリアの笑顔は、いつもより少し特別に見えた。
『良い一日だった』
【魔核炉心】の満足そうな声が、温かい工房に静かに響いた。




