第35話 アルカナの導き
第35話 アルカナの導き
「このノート、見てください」
セレスがテーブルにノートを広げて、レオンに声をかける。朝食の片付けを終えたばかりで、四人は工房のテーブルに集まって遺跡の記録を見直している。エリアが水筒に水を詰めながら、アルカナは古い文献のページをめくっている。
テーブルの上にノートを広げる。遺跡の記録。内部の構造、柱の数、通路の長さ。セレスが書き留めた詳細な記録。その横に、古い文献を並べる。魔力に関する資料。黄ばんだページ。古い文字。
「魔力を遮断する方法」
エリアが資料をめくる。ページが音を立てる。一枚、また一枚。目を通して、内容を確認する。でも、首を振る。
「文献にはいくつか書かれていますが、どれも実用的ではありません」
「材料が手に入らないものばかりですね」
レオンが別の資料を見る。指で文字を追う。古代の宝石。魔力を持つ生物の角。どれも、今では手に入らないもの。
「これは古代の宝石が必要だとか、こっちは魔力を持つ生物の角が必要だとか」
「現実的じゃないわね」
アルカナが資料を閉じる。手のひらで表紙を撫でる。古い知識。でも、今の時代には使えない。
「魔力を遮断するのは、とても難しいの」
セレスがノートに何か書き込む。遺跡で体調不良になった時の記録。頭の重さ、めまい、体の震え。症状を整理する。原因を探る。
レオンが顔を上げる。視線が作業台に向かう。あそこに、何かがある。
「待って」
レオンが作業台を見る。魔力の可視化装置。以前開発した装置。魔力を光で表示する。
「魔力の可視化装置があります」
彼が装置を手に取る。小さな箱型。表面には水晶のような透明な部分がある。手のひらに収まる大きさ。
「遺跡で試したんですが、魔力が強すぎて反応しませんでした」
レオンが装置を見る。じっと見つめる。何か方法が。調整の余地が。
「でも、感度を調整すれば、古代の魔力にも対応できるかもしれません」
「調整できるんですか?」
エリアが尋ねながら身を乗り出して、装置を覗き込む。
「やってみます」
レオンが装置を分解し始める。小さなネジを外して外装を開くと、内部の構造が露わになる。彼は水晶を取り出して配置を変え、魔力の受信感度を上げる調整を行う。指先で慎重に、一つ一つの部品を丁寧に動かしていく。
時間が経過し、窓の外の光が移動する。レオンの作業が続く中、エリアとセレスが横で見守り、アルカナが部品の配置や水晶の角度、回路の接続について助言を与える。
「これで、もう一度試してみましょう」
レオンが装置を組み立て直し、ネジを締めて外装を閉じる。完成だ。
「そうですね」
エリアが頷く。装置を見つめる。これで、遺跡の魔力が見えるかもしれない。
「魔力がどこに集中しているか分かれば、避けて通れるかもしれません」
「それはいい考えね」
アルカナが装置を見る。手に取って、確かめる。重さ、形、仕上がり。
「でも、それだけでは足りないかもしれないわ」
「足りない?」
セレスが尋ねながらペンを止めて、アルカナを見る。
「魔力の場所が分かっても、遺跡全体に魔力が満ちているなら、避けようがないわ」
アルカナが考え込み、腕を組んで視線を落とす。魔力の遮断は難しい。でも、別の方法があるかもしれない。
「それなら」
レオンが視線を上げてアルカナを見ながら提案する。
「アルカナさんが魔力を制御する方法と、可視化装置を組み合わせるのはどうでしょうか」
「制御?」
「はい。アルカナさんなら、古代の魔力を少し抑えることができるのでは」
レオンが尋ねる。期待を込めて。可能性を探って。
「そんなことができるんでしょうか」
「やってみないと分からないわ」
アルカナが立ち上がり、椅子から離れて窓に向かう。外を見ると、遺跡のある方角、北の山奥の方向が見える。
「でも、試す価値はあると思う」
「可視化装置で魔力の流れを見ながら」
エリアが立ち上がってレオンの隣に立ちながら続ける。
「アルカナさんが制御する。そうすれば、より効果的に魔力を抑えられるかもしれません」
「そうね」
アルカナが振り返って三人を見ながら頷く。レオン、エリア、セレスの顔には、期待と不安と決意が浮かんでいる。
「魔力というのは、流れのようなものなの。可視化装置でその流れが見えれば、私も制御しやすくなるわ」
「それなら」
レオンが立ち上がって拳を握る。やってみよう。
「試してみましょう」
「また遺跡に行くんですか?」
セレスがノートを閉じながら立ち上がって確認する。
「はい」
レオンが頷く。視線が強い。諦めない目。
「せっかくここまで来たんです。諦めたくありません」
「私も賛成です」
エリアが立ち上がる。手を握って、決意を示す。
「アルカナさんが制御してくれるなら、きっと大丈夫です」
「私も」
セレスも立ち上がる。四人が揃う。同じ気持ち。
「もう一度挑戦してみましょう」
四人は荷物を整理し、テーブルの上の資料を片付ける。ノート、文献、装置の中から必要なものを選んで袋に詰める。ロープ、灯り、保存食も一つ一つ確認しながら、準備を整えていく。
空が暗くなって星が見え始める頃、四人は夕食を作って食事を済ませ、翌日に備えて早めに休む。
翌朝、空が白み始める頃に四人は目を覚まし、簡単な朝食を済ませて最後の確認を行う。工房を出発し、山道を登って森の中を進む。一日目が終わると野営し、二日目も歩き続ける。
やがて遺跡が見えてくる。巨大な石の建造物が、天に向かって伸びている。
「戻ってきました」
レオンが遺跡を見上げる。今度こそ。奥まで。
「今度こそ、奥まで進みましょう」
四人は扉の隙間をくぐる。石の扉が体に触れる。冷たい感触。内部の広間に入る。暗闇。灯りを掲げる。光が広がる。石の柱、高い天井、埃の積もった床。
「まず可視化装置を使いましょう」
レオンが装置を取り出す。小さな箱型の装置。手のひらに乗せる。
「起動します」
装置のスイッチを入れる。カチリ、と音がする。装置が淡く光り始める。透明な部分に、色が浮かび上がる。青い光の筋。空間に漂うように見える。魔力の流れ。
「これが魔力の流れ」
エリアが装置を覗き込む。青い光。細い筋が、空間を横切る。広間全体に広がる。
「広間全体に流れていますね」
「通路の方が濃いようです」
セレスが装置の表示を見る。通路の方向。そこに、青い光が濃く集まる。密度が高い。
「やはり」
アルカナが装置を見る。予想通り。通路に魔力が集中する。
「通路に魔力が集中しているのね」
彼女が広間の中央に立つ。足を肩幅に開く。姿勢を整える。
「装置を見ながら、魔力を制御してみるわ」
アルカナが目を閉じる。両手を広げる。静かに立つ。呼吸を整える。魔力を感じ取る。空間に満ちる魔力。古い、重い魔力。流れを感じる。
時間が経つ。静寂。四人が息を潜める。
アルカナの周囲の空気が揺れる。わずかに。でも、確かに。
「流れが見えるわ」
アルカナが呟く。目を閉じたまま。でも、見えている。魔力の流れ。装置が示す青い光。それが、彼女の意識の中に映る。
「装置のおかげで、魔力の流れがはっきり分かる」
彼女の手が光る。淡い青い光。手のひらから溢れ出る。魔力。アルカナの魔力。古代の魔力と同じ質。でも、制御されている。
光が広がっていく。手のひらから、腕へ、体へ。そして空間へ。広間を包み込む。通路へと伸びていく。青い光が、空間を満たす。
「装置を見て」
アルカナが言う。目を開ける。青い瞳が、レオンを見る。
レオンが装置を確認する。透明な部分を覗き込む。青い光。でも、変わっている。通路に集中していた青い光が、薄くなる。密度が下がる。
「薄くなっています」
レオンが報告する。声に驚きが混じる。本当に。
「魔力が弱まっているようです」
「これで少し抑えられたはずよ」
アルカナが目を開ける。手を下ろす。光が消える。でも、効果は残る。魔力が抑えられている。
「通路に入ってみて」
レオンが通路に近づく。慎重に。一歩、また一歩。石の床を踏む。足音が響く。通路に入る。立ち止まる。様子を確かめる。頭の重さは。めまいは。
「どうですか?」
エリアが後ろから尋ねる。緊張した声。
「大丈夫です」
レオンが振り返る。笑顔を見せる。本当に。
「前よりずっと楽です。頭の重さを感じません」
「本当に?」
セレスも通路に入る。一歩、二歩。様子を確かめる。体の感覚。異常はない。頭が軽い。呼吸が楽。
「本当ですね。こんなに違うなんて」
エリアも続く。通路に入る。深呼吸をする。大丈夫。
「アルカナさん、すごいです」
「良かったわ」
アルカナが微笑む。でも、すぐに表情を引き締める。
「でも、完全に抑えられたわけじゃないの。奥に進むほど、魔力は強くなるかもしれない。気をつけて」
四人は通路を進む。前回は数メートルしか進めなかった。今回は、その先へ。灯りを掲げて、足元を確認する。一歩ずつ、慎重に。
通路は真っ直ぐ続く。石の壁。滑らかな表面。天井は低い。圧迫感がある。でも、進める。体調は問題ない。
「この通路、かなり長いですね」
レオンが前方を見る。暗闇が続く。光が届かない先。
「まだ先が見えません」
10メートル、20メートル、30メートル。通路を進む。足音が響く。四人の息遣い。灯りの揺れる音。
通路が広がる。小さな部屋のような空間。壁には文字が刻まれる。古代文字。複雑な形。そして正面には、石の扉がある。
「扉ですね」
エリアが扉に近づく。灯りを掲げて、扉を照らす。石でできた扉。表面に模様がある。
「でも、入口の扉よりは小さいです」
扉の高さは2メートルほど。幅は1メートル。表面には複雑な模様が刻まれる。円、三角、四角、星型。様々な図形が組み合わさる。
「開きますか?」
セレスが扉を押してみる。両手を扉に当てる。力を込める。でも、動かない。びくともしない。
「鍵がかかっているようです」
アルカナが扉の模様を見る。じっと見つめる。目を細めて、図形を確認する。一つ一つ。意味を読み取る。
「これは」
彼女が模様に触れる。指で辿る。円、三角、四角、星型。
「謎解きね」
「謎解き?」
レオンが尋ねる。扉の横に立つ。模様を見る。
「この模様が謎なんですか?」
「そうよ」
アルカナが頷く。指で模様を示す。
「この模様は、ある順番で触れると扉が開くようになっているの」
「どういう順番ですか?」
エリアが模様を見る。図形の配置。何を示すのか。どんな順序なのか。
「これは古代の記号よ」
アルカナが説明する。一つずつ、図形を指差す。
「それぞれの図形が意味を持っているの」
「どんな意味ですか?」
セレスがノートを取り出す。ペンを用意する。記録する準備。
「円は始まり、三角は進行、四角は安定」
アルカナが一つずつ指差す。円、三角、四角。順番に。
「そして、この星型は完成を意味するわ」
「では」
レオンが考える。意味を組み合わせる。順序を推測する。
「始まり、進行、安定、完成の順番で触れればいいんでしょうか」
「その通りよ」
アルカナが微笑む。正解。
「やってみて」
レオンが円に触れる。指で図形をなぞる。次に三角。次に四角。最後に星型。
カチリ、と音がする。内部で何かが動く音。機械の音。
扉がゆっくりと開き始める。重い音を立てて、内側に開いていく。石が石を擦る音。
「開きました」
レオンが言う。驚きが声に乗る。本当に開いた。
「本当に開きました」
扉の向こうに、新たな通路が見える。さらに奥へと続く。暗闇。でも、進める道。
「最初の謎解きね」
アルカナが扉の向こうを見る。通路の奥。何があるのか。
「この先にも、まだ仕掛けがあるかもしれないわ」
「どんな仕掛けでしょうか」
エリアが通路を覗き込む。灯りを掲げる。光が通路に届く。でも、先は見えない。
「気をつけて進みましょう」
セレスが言う。ノートをしまう。装備を確認する。
「何があるか分かりませんから」
「そうね」
アルカナが先頭に立つ。扉をくぐる。通路に入る。
「私が先に行くわ。後について来て」
四人は扉をくぐる。新たな通路へと進む。レオン、エリア、セレス。一人ずつ、扉を通る。
通路は緩やかに下る。地下へと続く。壁には所々、光る石が埋め込まれる。淡い光。青白い光。通路を照らす。灯りがなくても、見える。
「光る石?」
レオンが壁の石に触れる。指で表面を撫でる。冷たい。でも、光る。
「これは何でしょうか」
「魔力を帯びた鉱石ね」
アルカナが答える。壁を見る。光る石を確認する。
「古代の人々は、これを灯りとして使っていたの」
「すごい技術ですね」
エリアが感心する。光る石を見つめる。美しい光。
「電気も火も使わずに、光を作り出すなんて」
通路をさらに進む。下り坂。足元を確認しながら。慎重に。階段が現れる。石でできた階段。下へ、下へと続く。
「地下に降りるんですね」
セレスが階段を見下ろす。暗闇の先。どこまで続くのか。
「どこまで続いているんでしょうか」
「降りてみましょう」
レオンが階段に足をかける。一段目。二段目。慎重に体重をかける。
四人は階段を降りる。一段、また一段。数えながら。十段、二十段、三十段。階段は続く。終わりが見えない。
「かなり深いですね」
エリアが息を整える。足を止めて、深呼吸をする。
「まだ下が見えません」
四十段、五十段。ようやく階段の終わりが見えてくる。光が差す。空間が広がる。
階段を降りきる。また広間に出る。最初の広間よりは小さい。でも、それでも広い空間。天井は高く、柱が立つ。
そして、広間の奥に、何かが見える。大きな構造物。石でできた、巨大な機械のようなもの。複雑な形状。何に使うのか。
「あれは」
レオンが構造物に近づく。灯りを掲げる。光が構造物を照らす。
「何でしょうか」
四人は構造物を見上げる。高さは5メートルほど。幅は10メートル以上ある。石の部品が組み合わさる。歯車のようなもの、レバーのようなもの、複雑な機構。何に使うものなのか分からない。
「古代の装置ね」
アルカナが構造物に触れる。手のひらで表面を撫でる。冷たい石。でも、魔力を感じる。微かな脈動。
「でも、これが何をするものなのか」
彼女が首を傾げる。見たことがない。彼女の記憶にもない。
「私にも分からないわ」
「調べてみましょうか」
エリアが提案する。構造物の周りを歩く。様々な角度から見る。
「何か手がかりがあるかもしれません」
四人は構造物の周囲を調べ始める。表面を見て、文字を探して、仕掛けを確認する。一つ一つ、丁寧に。レオンが右側を、エリアが左側を、セレスが正面を、アルカナが背面を。それぞれの場所で、詳細に調査する。
窓の外の光が変わる。時間が経つ。疲労が溜まる。
「工房に戻って、記録を整理しましょう」
レオンが言う。装置の前から離れる。仲間たちを見る。
「この装置について、もっと調べる必要がありますね」
四人は来た道を戻る。階段を登る。一段ずつ。息を切らせながら。通路を抜ける。扉をくぐる。広間に戻る。入口の扉の隙間から、外に出る。新鮮な空気。肺が広がる。
遺跡の前で、四人は振り返る。巨大な石の建物。この中に、謎の装置がある。
「今日は大きな進歩でした」
エリアが言う。満足した表情。達成感。
「アルカナさんのおかげです」
「謎解きも突破できましたね」
セレスがノートを見る。記録を確認する。扉の模様、図形の意味、装置の形状。
「これで、次はもっと奥まで進めそうです」
「そうですね」
レオンが頷く。遺跡を見上げる。まだ、奥がある。まだ、謎がある。
「また来ましょう。もっと調査を進めましょう」
四人は工房への帰路につく。森を抜ける。山道を下る。一歩、また一歩。前に進む。




