第32話 遺跡への道のり
第32話 遺跡への道のり
「これも持って行きましょう」
レオンが小さな箱型の装置を手に取る。魔力の可視化装置。彼が装置を荷物に加える。工房のテーブルには、昨夜確認した装備が整然と並ぶ。地図、羅針盤、水筒、保存食、野営用の布、調査機材。
「遺跡に古代の魔力が残っているかもしれません」
エリアが地図を広げる。指でルートを辿りながら、細かい文字を目で追う。街から遺跡まで。曲がりくねった山道。等高線が密集する場所。
「最初の山道までは4時間」
彼女の指が地図の上を動く。街の外れから、山の麓まで。そこから先は、さらに険しい道。
「そこから遺跡までがさらに6時間ほどでしょうか」
セレスが荷物を肩に担ぎ上げる。重量を確かめるように体を左右に振る。思ったよりも軽い。バランスを取りながら、肩紐の位置を調整する。
「思ったより重くないですね」
「これなら一日歩いても大丈夫そうです」
レオンが工房の制御パネルを確認する。数日間留守にする間、装置が正常に動作し続けるか。魔核炉心の出力レベル、温度調整装置の設定値を、一つずつ見ていく。数値は全て安定する。
「工房の方は問題ありません」
パネルの青い光が、規則正しく明滅する。自動制御。数日なら、問題なく動作するはず。
「自動制御で数日は動作するはずです」
アルカナが工房の扉に手をかける。彼女が扉を開く。外の新鮮な空気が室内に流れ込む。朝の清涼な空気が肺を満たす。窓から見える空は晴れる。
「それでは出発しましょう」
「楽しい旅になりそうね」
四人は工房の扉をくぐる。舗装された道を進む。街の外れへ。やがて道は徐々に自然の小道へと変わる。足音が土の上で響く。周囲の景色が、建物から木々へと変わっていく。
エリアが手に持った羅針盤の針を見つめる。地図と照らし合わせて、針の指す方向を確認する。針は北を指す。
「方向は合っています」
「このまま北に向かって進みましょう」
道の両側には背の高い木々が立ち並ぶ。木漏れ日が道に斑模様の影を作り出す。鳥のさえずりが響く。時折小動物が茂みの奥で枝を揺らす音が聞こえる。街とは違う、自然の音。
「自然がいっぱいですね」
セレスが深く息を吸う。清々しい空気。木の香り。土の匂い。
「普段工房にいることが多いので、こういう空気は本当に新鮮です」
道の脇に小さな白い花が咲く。レオンが興味深そうに近づく。花弁の形や葉の付き方を観察する。街の花壇では見たことがない種類。
「こんな花があるんですね」
「山の植物でしょうか」
アルカナが振り返って微笑む。彼女が歩きながら言う。古代の記憶の中にも、こういう花があった。山の中、自然の中で咲く花。
「山の方は植物の種類も全然違うのよ」
「歩いていれば面白い発見がたくさんあると思うわ」
エリアが地図を折りたたんでポケットに仕舞う。道筋は頭に入る。次の目印は、小高い丘。そこで休憩を取る予定。
「最初の休憩地点まであと2時間ほどです」
「ゆっくり歩いて行きましょう」
四人は歩き続ける。太陽が空を移動する。影の向きが変わる。足元の石ころを避けながら、着実に前進する。
小高い丘が見えてくる。木々の向こうに、なだらかな斜面。あそこまで行けば、来た道が見渡せるはず。
「あそこで休憩しましょうか」
セレスが丘を指差す。四人は丘の上へ登る。適度な疲労が足に溜まる。でも、まだ余裕がある。
丘の上からは今まで歩いてきた道のりが一望できる。遠くに街の建物群がかすかに見える。思った以上に距離を歩いてきた。あの街から、ここまで。
セレスが水筒の蓋を開けて水を飲む。喉を潤す。体の熱が、少し冷める。
「良い眺めですね」
街がずいぶん小さく見える。あんなに大きく感じた建物が、今は豆粒のよう。
「こんなに歩いてきたんですね」
エリアが地図を膝の上に広げる。羅針盤で現在位置を確認する。地図上の点と、今いる場所が一致する。
「順調に進んでいます」
指で地図上の位置を示す。街から、ここまで。そして、ここから遺跡まで。まだ半分以上残る。
「この調子なら夕方には目的地近くに到着できるでしょう」
レオンが北の山並みを眺める。山々が連なって、遠くまで続く。あの山の向こうに、遺跡がある。古代の建物。どんなものなのか。
「まだまだ先は長そうですね」
彼が振り返る。仲間たちの顔。疲れはあるが、表情は明るい。
「でも、とても楽しい道のりです」
アルカナが腰を上げて立ち上がる。西の空を見る。太陽はまだ高い位置にある。時間は十分ある。
「そろそろ出発しましょうか」
「日が暮れる前に、もう少し先まで進んでおきたいわ」
四人は荷物を担ぎ直す。北へと続く山道へ向かう。道が上り坂になる。平地から山間部へ。地形が変化する。足元が険しくなる。
エリアが額の汗を手の甲で拭う。振り返ると、来た道が遠くまで見える。あんなに遠くから、ここまで来た。
「山道になってきました」
彼女が足元を確認する。石がゴロゴロと転がる。苔で滑りやすい場所もある。
「足元が不安定な場所もあるので気をつけましょう」
木々の密度が高くなる。涼しい山の空気が頬を撫でる。街の暑さとは違う清涼感。火照った体を冷やしてくれる。近くから川のせせらぎが聞こえる。水の音。
セレスが小川を発見して駆け寄る。透明な水が岩の間を流れる。手を浸してみる。指先がびりっと痺れるほど冷たい。
「きれいな水ですね」
「とても冷たいです。少し顔を洗わせてもらいましょう」
レオンが川べりでしゃがみ込む。両手で水をすくって顔を洗う。冷たい水が顔を包む。疲れが、少し取れる。
「冷たくて本当に気持ちいいです」
水が顔から滴り落ちる。目を開ける。視界がクリアになる。
「こんなにきれいな水は久しぶりです」
アルカナが周囲の山々を見回す。遠くの山。近くの山。緑に覆われた斜面。空気が澄んでいる。
「明日にはもっと奥の山まで行くのね」
彼女が遠くを見つめる。遺跡。古代の建物。どんなものが残されているのか。
「古代の遺跡というと、どんなものが見つかるかしら」
「今日はここで野営しましょうか」
レオンが小川のほとりを見回す。平らな場所。水もある。野営に適した環境。
「水もあるし、良い場所です」
セレスが布を広げ始め、エリアが荷物を降ろす。夜が近づいてきて、空の色が少しずつ変わっていく。四人は野営の準備を進めながら、布を敷いて保存食を取り出し、簡単な夕食を済ませる。
星が空に輝き始める。街では見えない星々が、無数に瞬く。天の川が、はっきりと見える。こんなに星があるのか。
「きれいな星空ですね」
エリアが空を見上げる。星の数。数えきれない。
「こんなにたくさんの星、初めて見ました」
四人は星空を眺める。セレスが口を開く。「遺跡で何が見つかるでしょうね」。エリアが答える。「古代の技術が残っているかもしれません」。レオンも頷く。「楽しみですね」。話は尽きない。やがて眠りにつく。星が、静かに瞬き続ける。
レオンは鳥のさえずりで目が覚める。川のせせらぎが聞こえる。街では聞いたことのない鳴き声が混じる。体を起こす。空が明るくなっている。新しい一日の始まりだ。
四人は携帯用の食料を取り出す。簡単な朝食を済ませる。エリアが地図を膝の上に広げて確認する。今日のルート。ここから遺跡まで。
「あと半日ほどで到着できそうです」
指で距離を測る。あと少し。午後には、遺跡が見えるはず。
「午後には遺跡が見えてくるでしょう」
セレスが背負い袋の中身を整理する。保存食、水筒、調査機材を確認する。全て揃う。
「今日でついに到着ですね」
彼女が顔を上げる。期待と興奮が、表情に滲む。
「どんな遺跡なのか、本当に楽しみです」
レオンが山道の先を見上げる。木々の向こうに、さらに高い山が見える。あの向こうに、遺跡がある。古代の技術。実物を見る機会。
「古代の技術というと、どんなものなのでしょうか」
彼が腕を組む。本で読んだ知識。でも、実際に見るのは初めて。どんな感動があるのか。
「本で読んだことはありますが、実物を見るのは初めてです」
アルカナが荷物を背負って先頭に立つ。彼女が振り返る。三人の顔を見る。
「私が先に行くわ」
「足元の悪い場所や滑りやすい所があったら声をかけるから、無理をしないで付いてきて」
四人は川に別れを告げる。さらに奥の山道へ向かう。道は険しくなる。木々の間を縫うように進む。時折、足を滑らせそうになる場所もある。アルカナが先頭で、危険な箇所を声で知らせる。
「ここは滑りやすいです。気をつけて」
四人は慎重に進み続ける。太陽が空を移動して影が短くなり、昼が近づいてくる。
やがて小さな山村が見えてくる。数軒の家が点在するだけの静かな村で、住民たちはのんびりとした時間を過ごしている。畑を耕す人、洗濯物を干す人、縁側で休む老人。
村の人々は珍しい訪問者である四人に視線を向けてくる。窓から顔を出して眺める女性、作業の手を止めて振り返る男性、子供たちは母親の後ろに隠れながらも好奇心いっぱいの目で四人を見つめている。
村の入り口で、日に焼けた顔に深い皺が刻まれた老人が歩いてくる。長年この山奥で暮らしてきた人だ。彼が四人に近づいてくる。
「珍しいお客さんだね」
老人が声をかけてくる。彼の声は穏やか。でも、少し警戒の色も混じる。
「こんな山奥まで、どちらまでお行きなんだ?」
セレスが丁寧にお辞儀をして答える。彼女が顔を上げる。
「私たちは北の山奥まで行く予定です」
「古い遺跡があると聞いて、調査に来たんです」
老人の表情が少し曇る。口元に困ったような色が浮かぶ。老人は手にしていた木の棒を地面について、数秒間考え込む。何かを思い出す様子。
「北の奥か」
彼が顔を上げる。四人を見る。若者たち。好奇心に満ちた目。
「気をつけなさい。あそこには変わった場所があるからね」
エリアが前に出て身を乗り出す。変わった場所。それは遺跡のことか。
「変わった場所というと、どのようなものでしょうか?」
老人がしばらく言葉を探す。やがて口を開く。重い口調。
「古い石の建物があるんだ」
彼が遠くを見る。山の向こう。森の奥。そこにある、古い建物。
「誰が作ったかは分からんが、とにかく昔からある。なんでも、わしの父親のまた父親の時代からあったと聞いておる」
レオンが一歩近づく。興味深そうに尋ねる。石の建物。それが遺跡。
「石の建物ですか」
「どのくらいの大きさなのでしょうか?詳しく教えていただけませんか?」
老人が手を伸ばして山の奥を指差す。その方向には濃い緑の森が広がる。人の手がまったく入っていない自然の景観。木々の向こうにかすかに山影が見える。
「あの森のずっと奥、さらに山を二つほど越えたところにあるんだ」
老人が指を動かす。方向を示す。あっち。さらに奥。
「大きな石で作られているらしいが、誰も近づかない。大きさはわからんが、山の上からでも影が見えるから、かなりのもんだろう」
アルカナが関心深そうに聴き入る。彼女が尋ねる。誰も近づかない。その理由。
「皆さんが近づかない理由があるのでしょうか?」
「危険なことでも?」
老人が首を振る。危険ではない。でも、何か。
「いや、特に危険はないんだ」
彼が言葉を選ぶ。どう説明すればいいか。
「ただね、なんとなく気味が悪いんだよ。古すぎてね、人間が住むような場所じゃないんだ。近づくと、なんだか背筋がぞっとするしね」
四人は老人の話を真剣に聞く。地元の人の生の証言。本で読んだ理論と現実が結びつく。遺跡は確かにある。そして、古代のもの。
セレスが頭を下げる。貴重な情報。ありがたい。
「貴重なお話をありがとうございます」
彼女が顔を上げる。老人の目を見る。
「気をつけて行ってまいります」
老人が手を振る。心配そうな表情。でも、止めはしない。
「気をつけてな。何かあったら、すぐに引き返すんだよ」
四人は村を後にする。さらに山深くへ向かう。老人の証言で目的地への確信が高まる。足取りも軽やかになる。
森の中は木々が密生する。昼間でも薄暗い環境が続く。時折差し込む陽光が幻想的な雰囲気を演出する。光と影。木々の間を縫うように進む。
エリアが木々の隙間から見える山の頂を見上げる。老人が指差した方向に、何かが見える。自然の山とは違う、規則的な形。
「あそこに何か見えますね」
彼女が指を差す。四人が視線を向ける。
セレスが目を凝らして確認する。自然の岩山とは明らかに違う、規則正しい形状の影。人工物。建物。
「確かに建物のようなものが見えます」
レオンが歩を早める。ついに目的地に近づく。期待が高まる。
「もうすぐ到着でしょうか」
彼の声に興奮が混じる。もうすぐ。実物が見られる。
「楽しみです」
アルカナが前方を指差す。森の向こうに、明らかに人工物である石造りの建造物が姿を現す。巨大な構造物。石を積み上げて作られた、古代の建物。
「見えたわ」
彼女が立ち止まる。四人も立ち止まる。全員が、その建物を見つめる。
「あれが遺跡ね」
四人は足を止めて、遠くの建造物を見つめる。巨大な石の構造物が、木々の向こうに聳え立つ。古代の遺跡。ついに、見つけた。




