第23話 来訪者たち
第23話 来訪者たち
朝の工房に、期待に満ちた空気が漂っていた。
昨日連絡したトーマスが、改良版【魔力視覚化装置】の試用にやってくる予定だ。
「トーマスさん、時間通りに来てくれるでしょうか」
エリアが少し心配そうに呟く。
「大丈夫だと思います」
レオンが作業台の装置を確認しながら答える。
「昨日の返事からして、すごく楽しみにしてるようでしたから」
作業台には、昨日完成したばかりの改良版装置が置かれている。
三個のクリスタルが美しい三角形を描き、銀線の回路が芸術的な模様を作っている。
「本当に綺麗な仕上がりですね」
セレスが改めて装置を見つめる。
「実用品というより、宝石細工みたい」
「古代の技術は、美しさも重視していたからよ」
アルカナが誇らしげに説明する。
「技術と芸術の融合が古代文明の特徴だった」
その時、工房の扉がノックされた。
「失礼します!トーマスです!」
扉の向こうから、明るい声が聞こえてくる。
「トーマスさん、いらっしゃい」
エリアが扉を開けて迎え入れる。
「おはようございます」
トーマスが元気よく工房に入ってくる。
彼の顔には、期待と興奮が入り混じった表情が浮かんでいた。
「改良版、本当に完成したんですね」
「はい。昨日から大幅に改良されています」
アルカナが説明を始める。
「どんな風に改良されたんですか?」
「視野角が180度に拡大されたの」
アルカナが技術的な詳細を説明する。
「従来は真正面の狭い範囲しか見えなかったけれど、改良版はほぼ全方位をカバーするわ」
「すごい……」
トーマスが感心する。
「それだけで十分すぎます」
「それだけじゃないんです」
エリアが続ける。
「解像度も格段に向上してます」
「魔力の細かい流れまで、はっきりと見えるようになりました」
セレスが補足する。
「色彩表現も美しくなって、魔力の質や強さが直感的に理解できるかもしれません」
「どんどん期待が高まります」
トーマスが手を握りしめる。
「早く体験してみたいです」
「それでは、装着してみてください」
レオンが改良版装置を手渡す。
装置自体も昨日より洗練されている。
三個のクリスタルを収めたフレームは、工芸品のような美しさを持ち、装着感も向上している。
トーマスが装置を頭に着けた瞬間。
「うおおおお!」
彼が感動の叫び声を上げた。
予想を遥かに超える反応だった。
「これは……これは信じられない!」
トーマスが興奮で身震いしている。
「まるで新しい世界が見えるようです」
「何が見えますか?」
エリアが期待を込めて聞く。
「全てです!」
トーマスが詳細に報告し始める。
「工房全体の魔力の流れが、立体的に見えてます」
彼がゆっくりと首を回しながら説明する。
「左側では【魔核炉心】から青い光の滝が流れ出て」
「正面ではレオンさんから金色の光が渦巻いて」
「右側ではエリアさんとセレスさんから緑と青の光が踊ってる」
「素晴らしい描写ですね」
セレスが満足そうに頷く。
「期待通りの性能のようです」
「期待以上かもしれません」
アルカナが控えめに答える。
「昨日の装置では、こんなに詳細には見えなかった」
「でも、一番驚いたのは」
トーマスが興奮を抑えきれない様子で続ける。
「自分の魔力が見えることです」
「自分の?」
エリアが興味深そうに聞く。
「どんな風に?」
「手から淡い青い光が出てるんです」
トーマスが手をかざしながら説明する。
「でも、その光が不安定に揺れてる」
彼が困ったような表情を見せる。
「やっぱり僕の魔力制御、おかしいんですね」
「いえ、それが重要なんです」
レオンが説明する。
「問題が見えるということは、解決できるということかもしれません」
「本当ですか?」
「たぶん」
アルカナが控えめに答える。
「古代でも、魔力視覚化は訓練の基本だったのよ」
「訓練?」
「魔力制御の練習をするとき、視覚的フィードバックがあれば効率が上がるかもしれないの」
アルカナが指導者の顔になる。
「試しに、魔力を集中してみて」
「はい」
トーマスが装置を着けたまま、手に魔力を集中させる。
「うわあ……」
彼が驚きの声を上げる。
「魔力の流れが目で見えるから、どこで無駄が起きてるか分かります」
実際、装置を通して見ると、トーマスの魔力制御の問題点が明確だった。
魔力を集中させる際、必要以上に強く出力し、途中で制御を失って散らばってしまう。
「問題は集中しすぎることかもしれませんね」
セレスが分析する。
「もう少し緩やかに、段階的に魔力を高めてみてください」
「こうですか?」
トーマスが指示に従って、ゆっくりと魔力を集中させる。
「おお!」
今度は魔力が安定している。
装置を通して見える青い光が、穏やかで一定の強さを保っている。
「できました!」
トーマスが感動する。
「今まで感覚だけで制御しようとしてたから、上手くいかなかったんですね」
「そういうことです」
レオンが頷く。
「視覚化装置があれば、魔力制御の訓練効率が向上するかもしれません」
「これは本当に革命的ですね」
トーマスが装置を外しながら言う。
「こんな技術、他では絶対に見つからない」
「ありがとうございます」
エリアが嬉しそうに答える。
「お役に立てて良かったです」
「でも、どうやって入手できるんですか?」
トーマスが現実的な質問をする。
「価格はどれくらいに?」
四人が顔を見合わせる。
実は、価格についてまだ具体的に決めていなかった。
「う〜ん……」
レオンが困った顔をする。
「まだ決めてないんです」
「決めてない?」
「技術開発に夢中で、商売のことまで考えてませんでした」
セレスが苦笑いする。
「技術者らしいですね」
「でも、考えなければいけませんね」
アルカナが現実的な提案をする。
「材料費、開発費、そして手間を考慮して」
「材料費だけでもかなりかかってますからね」
エリアが計算し始める。
「クリスタルの精製、魔導金属の加工、特殊な銀線……」
「手作業の時間も相当ですし」
セレスが作業時間を振り返る。
「一個作るのに丸一日はかかります」
「それなら、相当高額になってしまいますね」
トーマスが心配そうに言う。
「新人冒険者の僕には、高すぎるかもしれません」
「いえ、大丈夫です」
レオンが即座に答える。
「トーマスさんは特別です」
「特別?」
「僕たちの最初のお客様ですから」
レオンが真剣な表情になる。
「技術開発のきっかけをくれた人でもある」
「そうですね」
アルカナが同意する。
「トーマスさんがいなければ、改良版は生まれなかった」
「だから」
エリアが提案する。
「材料費だけでいかがですか?」
「材料費だけ?」
トーマスが驚く。
「それでは申し訳ありません」
「いえいえ」
セレスが手を振る。
「私たちにとっても勉強になりましたから」
「技術的な経験値の方が価値があります」
「でも……」
「それに」
レオンが付け加える。
「もしトーマスさんが満足してくれたら、他の人に紹介してください」
「紹介?」
「同じような問題で困ってる冒険者の方がいたら」
「それが一番の宣伝になると思います」
アルカナが商売的な視点を示す。
「口コミが広がれば、正式な価格でも買ってくれる人が現れるかもしれません」
「なるほど!」
トーマスが理解する。
「つまり、僕はモニター第一号ということですね」
「そういうことです」
「ありがとうございます」
トーマスが深々と頭を下げる。
「必ずや期待に応えます」
「材料費の計算をしますね」
セレスが帳簿を取り出す。
「クリスタル三個、魔導金属、銀線、その他諸々……」
計算の結果、材料費は冒険者の日当三日分程度だった。
「これなら十分払えます」
トーマスが安堵する。
「本当にありがとうございます」
「それでは、お渡ししますね」
レオンが装置を専用の箱に収める。
「使用方法の説明書も一緒に」
「説明書?」
「アルカナさんが作ってくれました」
エリアが感謝を込めて説明する。
「効果的な訓練方法とか、注意事項とか」
「すごく詳しく書いてあります」
アルカナが控えめに答える。
「古代の魔力制御理論も盛り込んだのよ」
「ありがとうございます」
トーマスが装置と説明書を受け取る。
「大切に使わせていただきます」
支払いを済ませて、トーマスが帰ろうとした時。
「あ、そうそう」
彼が振り返る。
「実は、僕の仲間にも魔力制御で困ってる人がいるんです」
「仲間に?」
エリアが興味を示す。
「どんな方ですか?」
「魔法使いの女の子なんですが」
トーマスが説明する。
「魔力は強いんですが、細かい制御が苦手で」
「それはこの装置が役に立ちそうですね」
セレスが判断する。
「もしよろしければ、今度一緒に来てもらえませんか?」
レオンが提案する。
「相談だけでも構いません」
「本当ですか?」
「もちろんです」
「それでは、今度お連れします」
トーマスが約束する。
「きっと喜びます」
トーマスが帰った後、工房には満足感が漂っていた。
「初めての本格的な販売でしたね」
エリアが感慨深そうに言う。
「お客様に喜んでもらえて良かったです」
「技術で人を助けるという実感が湧きました」
セレスが技術者としての満足を示す。
「これが本当の意味ですね」
「でも、価格設定は真剣に考えないといけませんね」
アルカナが現実的な問題を指摘する。
「材料費だけでは、研究開発費が回収できないもの」
「そうですね」
レオンが同意する。
「次回からは適正価格で販売しましょう」
「適正価格って、どれくらいでしょう?」
エリアが質問する。
「開発時間、技術価値、希少性を考慮すると……」
セレスが計算し始める。
「冒険者の月収程度でしょうか」
「月収!」
エリアが驚く。
「それは高すぎませんか?」
「でも、これだけの技術なら妥当かもしれません」
アルカナが専門的な見解を示す。
「現代では作れない技術だもの」
「確かに、他では買えませんからね」
レオンが技術的優位性を確認する。
「僕たちだけの技術だと思います」
昼食後、四人は今後の方針について話し合っていた。
「トーマスさんの仲間の話ですが」
セレスが議題を提起する。
「どんな対応をしましょうか?」
「まずは相談を聞いてみましょう」
レオンが提案する。
「どんな問題を抱えているか確認してから」
「魔力が強いけれど制御が苦手」
アルカナが分析する。
「典型的な魔力過多症候群かもしれないわね」
「魔力過多症候群?」
エリアが初耳の用語に反応する。
「どんな症状ですか?」
「魔力量は十分だけれど、出力調整ができない状態よ」
アルカナが専門知識で説明する。
「古代でも時々見られた症状」
「それは装置で改善できるんですか?」
「たぶん」
アルカナが控えめに答える。
「視覚化装置は、そういう症状に効果的だと思います」
「それなら、ぜひ助けてあげたいですね」
エリアが積極的になる。
「困ってる人がいるなら、技術で支援しましょう」
「そうですね」
セレスが同意する。
「それが私たちの使命でもあります」
「でも、装置がもう一個必要ですね」
レオンが現実的な問題を指摘する。
「トーマスさんに渡した分しかありませんから」
「じゃあ、もう一個作りましょう」
アルカナが提案する。
「今度はもっと効率よく作れるはず」
「確かに、手順は完全に把握しましたからね」
エリアが作業工程を思い出す。
「材料の準備から完成まで、一日あれば十分だと思います」
「それでは、明日から制作開始ですね」
セレスが計画を立てる。
「材料の在庫確認から始めましょう」
午後、材料の確認作業が始まった。
「クリスタルの在庫は?」
レオンが倉庫を確認する。
「原石はたくさんありますね」
「精製用の設備も問題なし」
エリアが精製炉の状態をチェックする。
「魔導金属は?」
「十分あります」
セレスが金属在庫を確認する。
「銀線も問題ありません」
「それなら、明日すぐに制作開始できますね」
アルカナが満足そうに頷く。
「二個目は、もっと美しく仕上げましょう」
「美しく?」
「機能性だけでなく、見た目の美しさも重要よ」
アルカナが古代技術の理念を説明する。
「技術と芸術の融合が、古代文明の特徴だった」
「確かに、装置としての魅力も大切ですね」
レオンが同意する。
「使う人が愛着を持てるような」
「デザインの改良もしてみましょうか」
エリアが提案する。
「もう少しコンパクトに、使いやすく」
「いいアイデアですね」
セレスが賛成する。
「機能美を追求しましょう」
夕方、今日の成果を振り返っていた。
「初めての販売、大成功でしたね」
エリアが満足そうに言う。
「トーマスさんにも喜んでもらえました」
「技術的にも、商売的にも良いスタートです」
セレスが総括する。
「これからが楽しみですね」
「でも、まだまだ改良の余地があります」
レオンが技術者としての向上心を示す。
「もっと良いものを作りたいです」
「そうですね」
アルカナが同意する。
「技術に完成はないもの」
『君たちの技術が、また一人の人生を変えた』
【魔核炉心】が評価する。
『トーマスの魔力制御問題は、確実に解決に向かうだろう』
「ありがとうございます」
レオンが感謝する。
「これからも、技術で人を助け続けたいです」
「明日からは二人目のお客様ですね」
エリアが次への期待を込める。
「どんな方か楽しみです」
「きっと、また新しい発見があるでしょう」
セレスが技術者としての好奇心を示す。
「人それぞれ、魔力の特徴は違いますから」
「それも技術改良のヒントになりますね」
アルカナが研究者の視点で付け加える。
「実際のユーザーからの情報は貴重よ」
「明日も頑張りましょう」
レオンが仲間たちを見回す。
「もっと多くの人に、僕たちの技術を」
「そうですね」
三人が声を揃えて答える。
「技術で世界をもっと良くしていきましょう」
「トーマスさんの仲間の方、どんな問題を抱えてるのでしょうね」
アルカナが興味深そうに言う。
「魔力過多症候群なら、きっと力になれると思います」
「楽しみですね」
エリアが微笑む。
「また新しい人を助けられるかもしれません」




