第19話 孤独な記憶
第19話 孤独な記憶
アルベルトが去った後、工房には重い静寂が戻った。
しかし、その静寂は以前と違っていた。古代防衛システムの使用により、レオンが正式に「継承者」として認証された今、【魔核炉心】との結びつきが以前より深くなっていたのだ。
「ねえ、レオン」エリアがそっと声をかける。「大丈夫?さっきから黙り込んでるけど」
レオンは【魔核炉心】を見上げたまま答えなかった。彼の頭の中に、断片的な映像が流れ込んでくる。古代文明の記憶、【魔核炉心】に宿った無数の技術者たちの思い…
「レオン?」セレスも心配そうに近づいてくる。
その時、【魔核炉心】の青い光が普段より強く脈動し始めた。まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムを刻んでいる。
『レオン…感じるか?』
【魔核炉心】の声が、今まで以上に近く、親しみやすく響いた。
『三千年間…私は一人だった』
「三千年間……」
セレスが呟く。
レオンの意識が急に深い場所へと引き込まれていく。
気がつくと、彼は見たことのない空間に立っていた。無数の光る粒子が宙に浮かび、古代文字が空中に文章を綴っている。そこは【魔核炉心】の内部世界だった。
「ここは…」
「私の記憶の中よ」
振り返ると、そこに一人の少女が立っていた。
外見は十二、三歳ほど。銀色の髪が腰まで伸び、青い瞳が悲しげに微笑んでいる。古代の技術者が着ていたような、魔導回路の刺繍が施された白いローブに身を包んでいた。
「君は…」
「私はアルカナ。【魔核炉心】に眠る、最後の古代技術者よ」
彼女の声には、三千年という時の重さが込められていた。
「最後の…?」
「古代文明が困難に直面した時、私は自分の意識を【魔核炉心】に封じ込めた。技術を後世に伝えるために」
「初めまして、レオン」
少女が微笑みかける。
「私はアルカナ。【魔核炉心】の人格化した姿よ」
「アルカナ……」
レオンが名前を繰り返す。
古代文明の名前そのものだった。
「どうして人の姿に?」
「あなたたちが組織を作るなら、私も直接お手伝いしたいと思ったの」
アルカナが説明する。
「今まで【魔核炉心】として声だけで助言していたけれど、これからはもっと積極的に関わりたいわ」
「関わる?」
セレスが戸惑う。
「具体的には何を?」
「技術指導よ」
アルカナが控えめに答える。
「私は三千年間、古代技術の知識を蓄積してきたの」
「三千年……」
エリアが呟く。
「想像できない長さですね」
「でも、一人でいるのは寂しかったの」
アルカナが少し悲しそうな表情を見せる。
「やっと、技術を愛する人たちと出会えた」
「技術を愛する……」
レオンが反応する。
「僕たちを認めてくれるんですか?」
「もちろんよ!」
アルカナが手を叩く。
「レオンの技術への情熱は素晴らしいわ。エリアとセレスの学習意欲も」
「ありがとうございます」
「それで」
アルカナが真剣な表情になる。
「あなたたちに提案があるの」
「提案?」
「まずは私たちの技術を、もっと良いものにしてみましょう」
アルカナが【魔核炉心】の方を振り返る。
「私の知識と、皆さんの気持ちを組み合わせれば、今まで作れなかったものが作れるかもしれません」
「今まで作れなかったもの?」
セレスが興味深そうに聞く。
「例えば【魔力視覚化装置】よ」
アルカナが手を胸の前に組む。
「現在の技術では実現困難とされている装置」
「魔力を目で見ることができるんですか?」
エリアが驚く。
「そうよ。魔力の流れが色つきの光として見えるようになるの」
「それは……すごいですね」
レオンが技術者の血が騒ぐのを感じる。
「作れるんでしょうか?」
「私一人では無理」
アルカナが首を振る。
「でも、レオンの【古代視】と組み合わせれば可能かもしれません」
「僕の能力と?」
「あなたの【古代視】は、古代技術の真の姿を見抜く力」
アルカナが期待を込めて語る。
「私の知識と融合すれば、現代では失われた技術を再現できるかもしれません」
「やってみたいです」
レオンが控えめに答える。
「面白そうです」
「本当に?」
アルカナが嬉しそうに瞳を輝かせる。
「私、久しぶりに技術開発ができるのね」
「もちろんです」
エリアも前向きに頷く。
「私たちも勉強になります」
「私も協力します」
セレスが知的な興味を示す。
「古代技術の復元なんて、めったにない機会ですから」
「ありがとう!」
アルカナが嬉しそうに飛び跳ねる。
その仕草が愛らしく、三人は思わず微笑む。
「それじゃあ、早速始めましょう」
レオンが作業台に向かう。
「【魔力視覚化装置】の設計から」
「まずは理論の説明からね」
アルカナが技術者の顔になる。
「魔力は本来、不可視のエネルギーよ」
「はい」
「でも、特定の結晶を通すことで、可視光に変換できるの」
アルカナが手を動かしながら説明する。
「問題は、その結晶の精製方法」
「現代技術では作れないんですか?」
エリアが質問する。
「純度が足りないの」
アルカナが頷く。
「古代の精製技術でないと、必要な純度は得られない」
「古代の精製技術……」
レオンが【古代視】を発動させる。
瞬間、アルカナの説明している内容が、頭の中で映像として浮かび上がった。
「見えるかもしれません」
レオンが控えめに言う。
「結晶の精製プロセスが」
「本当に?」
アルカナが驚く。
「詳しく教えて」
レオンが【古代視】で見た映像を、慎重に説明し始める。
精製炉の構造、魔力の流れ、結晶形成のプロセス。
「素晴らしい!」
アルカナが感動する。
「完璧に理解してるわ」
「じゃあ、作れるかもしれませんね」
セレスが確認する。
「作れると思うわ」
アルカナが希望を込めて答える。
「時間はかかるけれど、きっと成功させましょう」
「やってみましょう!」
エリアが手を叩く。
「新しい技術の誕生ですね」
こうして、アルカナを加えた四人での技術開発が始まった。
古代の知識と現代の情熱が融合する、画期的なプロジェクト。
【魔力視覚化装置】の開発は、彼らの技術力を新たな次元へと押し上げることになる。
「これで本格的な組織として活動できそうですね」
レオンが希望を込めて呟く。
「アルカナ研究機構の誕生ね」
アルカナが嬉しそうに提案する。
「私の名前を使ってくれるの?」
「もちろんです」
レオンが頷く。
「あなたなしには、何も始まりませんから」
「ありがとう、レオン」
アルカナが胸に手を当てて微笑む。
「久しぶりに、本当の仲間ができた気がするわ」
「僕たちも同じ気持ちです」
エリアが温かく答える。
「これからよろしくお願いします、アルカナさん」