第18話 新たな現実
第18話 新たな現実
古代防衛システムの光が消えてから三時間後、工房の重い扉がノックされた。
「レオンさん、お疲れ様でした」
扉の向こうから聞こえてきたのはアルベルト・フォン・シュタインの声だった。しかし、いつもの威厳ある調子ではなく、疲労と驚きに満ちた震え声だった。
エリアが慎重に扉を開ける。そこに立つアルベルトは、いつもと少し違って見えた。
装備は汚れて、表情にも疲れが見えている。王国最高位の技師として常に完璧な身なりを保っていた男の普段とは違う姿がそこにあった。
「アルベルトさん…」レオンが言葉を失う。
アルベルトは工房に足を踏み入れると、【魔核炉心】を見上げて深いため息をついた。その瞳には、驚きと尊敬、そして複雑な感情が混在していた。
「あれが…真の古代技術でしたか」
重い沈黙が工房を支配する。
「先ほどの……あれが第四層でしたか」
「はい。古代防衛システムです」
「信じられません。二十名の調査部隊が一瞬で……」
アルベルトが敬意を込めて【魔核炉心】を見上げる。
『技師団長、久しぶりだな』
【魔核炉心】が古代の威厳で語りかけた。
「え?」
アルベルトが驚きで目を見開く。
『君の祖父、エドワード・フォン・シュタインを覚えている』
「祖父を……ご存知なのですか?」
アルベルトの声が震えている。
『彼は古代技術の研究者だった。優秀な男だったが……』
【魔核炉心】の声が重い過去を背負うように沈んだ。
『技術の軍事利用に反対し、研究を禁止された』
「そんな……」
アルベルトの顔が血の気を失って青ざめる。
「祖父の研究は危険だと聞いていましたが……」
『彼の研究は正しかった。ただ、理解されなかった』
「理解されなかった……」
『今なら、君になら分かってもらえるだろう』
工房の中に重い沈黙が流れる。その静寂の中で、三人それぞれが歴史の重みを感じていた。
エリアが恐る恐る口を開いた。
「アルベルトさん、調査機関の人たちはどうなったんですか?」
彼女の声に心配が込められている。
「転移魔法で少し離れた場所まで送りました」
アルベルトが責任感を込めて答える。
「幸い、大怪我をした者はいません。ただ……」
「ただ?」
「かなり驚いていました。ドラゴフ隊長も含めて」
「驚いて?」
セレスが心配そうに首をかしげる。
「古代技術の威力を目の当たりにして、困惑していたんです」
アルベルトが心配そうに深いため息をつく。
「あれほどの技術を見せつけられれば、当然でしょう」
「つまり……」
「当分の間、あの組織はこの遺跡に近づけないでしょう」
「よかった……」
エリアが安堵で胸をほっと息をつく。
「でも、これで終わりではありません」
アルベルトが心配そうな表情を見せる。
「むしろ、これから本当の困難が始まるかもしれません」
「困難…?」エリアが不安そうに聞き返す。
アルベルトは疲れた手で額を押さえた。「今回の件の目撃者は相当な数に上ります。王国軍、調査機関、そして周辺の村々の住民も光を見ています」
「それが…問題なんでしょうか?」レオンがまだ状況を理解しきれずにいる。
「問題というより……」アルベルトが困った表情で首を振る。「近いうちに、この情報がもっと広い範囲に広がってしまうでしょう。古代技術が実在し、それを操る人がいると」
セレスが青ざめる。「つまり…」
「より多くの組織や人々がレオンさんに関心を持ってくるということです」
「どうすればいいんでしょうか?」
「いくつか選択肢があります」
アルベルトが重要な局面で指を立てる。
「王国の保護下に入るか、どこか遠くに避難するか……」
彼が大切な決断の重さを込めて一呼吸置く。
「もしくは、技術者としての独立した立場を維持するか」
「独立した立場?」
「どの組織にも属さない、技術管理者としての立場です」
『興味深い提案だな』
【魔核炉心】が古代の知恵で反応する。
『古代文明の時代にも、そのような立場の人々がいた』
「古代にも?」
『技術者集団と呼ばれていた。各組織から独立して、技術の適切な利用を指導していた』
「でも、その人たちはどうなったんですか?」
エリアが歴史への不安で聞く。
『困難に直面した。権力を持ちすぎて、技術を独占するようになった』
「独占……」
『最終的には各方面の反発を招き、古代文明の問題の一因となった』
工房の空気が歴史の教訓で重くなる。
「同じ過ちを繰り返さないためには?」
セレスが知識人としての鋭さで質問する。
『透明性と謙虚さだ』
【魔核炉心】が古代の叡智で答える。
『活動を公開し、権力を集中させないこと』
「具体的には?」
「私が提案してみます」
アルベルトが王国の代表として前に出る。
「王国が技術者としての立場を後援し、他の組織にも協力を呼びかける」
「協力組織ということでしょうか?」
「はい。各組織から代表者に参加してもらい、相談しながら運営する」
「でも、各組織の考えが対立したら?」
「そのために、中立的な技術者集団が必要なんです」
「中立的な技術者集団……」
レオンが責任の重さに考え込む。
「僕一人では無理です」
「一人でやる必要はありません」
アルベルトが励ますように微笑む。
「適切な仲間を集めればいいんです」
「仲間……」
「古代技術に理解があり、平和利用を願う技術者たち」
「そんな人、いるんでしょうか?」
「います」
アルベルトが希望を込めて断言する。
「実は、王国内にも古代技術研究者が何人かいるんです」
「え?」
「表向きは禁止されていますが、秘密裏に研究を続けている者たちがいます」
『なるほど』
【魔核炉心】が理解を示して納得する。
『技術への興味は、簡単には止められないからな』
「その研究者たちも、軍事利用には反対しています」
アルベルトが希望を込めて説明を続ける。
「平和的な技術開発を目指している人たちです」
「会ってみたいです」
レオンが技術者としての好奇心で目を輝かせる。
「同じ志を持つ技術者と話してみたい」
「手配してみましょう」
アルベルトが責任を持ってうなずく。
「ただし、慎重に行う必要があります」
「慎重?」
「彼らの研究は、まだ王国内でも公認されていませんから」
「分かりました」
「それと……」
アルベルトが真剣な表情になる。
「もう一つ、重要な問題があります」
「重要な問題?」
「今回の件で、レオンさんは完全に『継承者』として認定されました」
「継承者……」
「古代技術の正統な後継者という意味です」
『そのとおりだ』
【魔核炉心】が厳かに確認する。
『レオンは正式に認証された。もう引き返すことはできない』
「引き返せないって……」
エリアが不安で声を震わせて聞く。
「つまり、レオンは普通の職人には戻れないということです」
アルベルトが現実を説明する。
「多くの人々の注目を集める存在になってしまいました」
「多くの人々の……」
「各組織の研究機関、技術者たち……いろいろな人がレオンさんの技術に関心を持ってきます」
「心配……」
エリアが不安で小さく震える。
「でも、逃げることはできません」
セレスが知識人としての現実認識で言う。
「技術を持ってしまった以上、責任もついてくる」
「責任……」
レオンが古代の知恵を求めて【魔核炉心】を見上げる。
「僕はどうすればいいんでしょうか?」
『君の心に従え』
【魔核炉心】が変わらぬ信念で答える。
『技術は人を幸せにするためにある。それを忘れなければ、道は自ずと見えてくる』
「人を幸せにする……」
「その理念を実現するために、組織が必要なんです」
アルベルトが建設的に提案する。
「技術の平和利用を推進し、悪用を防ぐ組織が」
「でも、僕に組織なんて運営できるでしょうか?」
「一人でやる必要はありません」
「仲間と一緒に、でしょうか?」
「そうです。適切な人材を集めて、役割分担をすればいい」
「どんな人材が必要でしょうか?」
「技術者、管理者、連絡担当……」
アルベルトが実務的に指を折って数える。
「それに、各組織との相談担当も必要でしょう」
「たくさん必要なんですね」
「大きな責任には、大きな支援が必要です」
「分かりました」
レオンが技術者としての決意を固める。
「やってみます。技術を正しく使うために」
「その決意があれば大丈夫です」
アルベルトが信頼を込めて微笑む。
「王国も全面的に支援します」
「ありがとうございます」
「ただし……」
アルベルトが急に心配そうな表情になる。
「時間があまりありません」
「時間?」
「他の組織の動きが早いんです。特に一部の組織が」
「どんな組織?」
「技術重視の研究機関です。技術を入手しようとしてくるでしょう」
「技術を譲ってほしいと?」
「そうです。相当な対価を提示してくる可能性があります」
「僕は譲りませんよ」
レオンが技術者としての信念で断言する。
「でも、圧力をかけてくるかもしれません」
「圧力……」
「協力の停止、関係の悪化……様々な手段があります」
「そんな……」
エリアが現実の厳しさに青ざめる。
「だからこそ、早急に組織を設立する必要があるんです」
アルベルトが必要性を説明する。
「複数の組織が支援していれば、一つの組織だけでは圧力をかけにくくなります」
「複数の組織の支援……」
「まずは王国内で基盤を固めましょう」
「どのくらいの期間で?」
「一週間以内に」
アルベルトが緊急性を込めて断言する。
「それ以上遅れると、他の組織の介入が本格化します」
「一週間……」
レオンが時間の短さに驚く。
「短すぎませんか?」
「緊急事態ですから」
「分かりました」
レオンが技術者としての覚悟を決める。
「一週間で組織の基盤を作ってみましょう」
「その意気です」
アルベルトが満足そうにうなずく。
「明日から人材集めを始めましょう」
「どこから始めますか?」
「まずは技術者です」
アルベルトが実務的に答える。
「レオンさん一人では限界がありますから」
『適性のある者は少ないぞ』
【魔核炉心】が現実的に警告する。
『古代技術を理解できる者は、なかなかいない』
「それでも探さなければなりません」
アルベルトが責任感で言う。
「王国内の研究者から、適性のある者を選んでみましょう」
「どうやって選ぶんですか?」
「実技試験です」
「実技試験?」
「【魔核炉心】に触れさせて、反応を見る」
『それは良い方法だ』
【魔核炉心】が古代の知恵で同意する。
『真の技術者なら、必ず反応を示すはずだ』
「分かりました」
レオンが技術者として納得してうなずく。
「明日、候補者を連れてきてください」
「承知しました」
アルベルトが責任を持って立ち上がる。
「それでは、準備に取りかかります」
「お疲れ様でした」
「いえ、これからが本番です」
アルベルトが決意を込めて工房を出ていく。
「本当に大丈夫でしょうか?」
エリアが不安そうに呟く。
「大丈夫だと思います」
レオンが答える。
「技術は人を幸せにするためにある。それさえ忘れなければ」
『その通りだ』
【魔核炉心】が言う。
『君たちなら、きっと正しい道を歩めるだろう』
「じゃあ、明日から頑張りましょうね」
エリアが少し明るくなった声で言った。
「ええ、頑張りましょう」
セレスがうなずく。
「一週間で組織作りなんて大変だけど、やってみる価値はありそうね」