第14話 交渉
第14話 交渉
「分かりました。話し合いましょう」
レオンがスピーカーで答えると、外から落ち着いた声が返ってきた。
「ありがとうございます。私一人で伺います」
「一人で?」
セレスが美しい眉をひそめて驚いた。
「部下は待機させておきます。あくまで話し合いですから」
エリアが震え声で聞く。その手がまだレオンの袖を掴んでいた。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
「罠かもしれないわ」
セレスが鋭い視線で扉を見つめる。
「でも、他に選択肢はないでしょうか?」
レオンが深呼吸してから工房の扉に向かう。その足取りに、わずかな迷いが見えた。
「レオンさん、絶対に技術の詳細は話しちゃダメよ」
セレスの声に、切実な警告が込められていた。
「分かっています」
扉を開けると、一人の威厳のある中年男性が立っていた。整った軍服に身を包み、知性的な瞳を持つ人物だった。
「初めてお目にかかります。王国魔導技師団のアルベルトです」
彼の声には、上位の魔導技師にふさわしい威厳があった。
「レオン・アークライトです」
「こちらが?」
「エリア・セルクライトです」
エリアが緊張で顔を強張らせながら挨拶する。
「セレス・ノードストロムです」
セレスが知的な美しさを保ちながら、警戒を隠さずに答える。
アルベルトが工房の中をゆっくりと見回す。その瞳に、専門家としての驚きが浮かんでいた。
「これが古代遺跡ですか……」
【魔核炉心】に目を向けた瞬間、彼の表情が劇的に変わった。口を半開きにして、まるで伝説の存在を目の当たりにしたような驚愕が浮かんだ。
「本物の古代魔核炉心……」
「さて」
アルベルトが咳払いをして、プロフェッショナルな表情に戻る。
「昨夜は失礼いたしました。あれは正式な手続きを踏まない、独断専行でした」
「独断専行?」
エリアが困惑して聞き返す。
「担当者は既に処分済みです。王国として正式に謝罪します」
レオンが予想していなかった言葉に、目を丸くして驚く。
「謝罪?」
「しかし」
アルベルトの表情が一転して厳しくなる。その瞳に、責任を背負う者の重みが宿った。
「あなた方の技術について、王国として見過ごせない問題があります」
「問題?」
レオンの声がわずかに上ずる。
「軍事転用可能な技術の無許可開発です」
アルベルトの声が公式な厳しさを帯びる。
「特に、昨夜我々の部隊に使用された魔法技術は、軍事レベルを遥かに超えています」
セレスが一歩前に出る。その動きに、レオンを守ろうとする意志が見えた。
「正当防衛です。不法侵入に対する防御でしょう?」
「確かにそうですが……」
アルベルトが困った表情でため息をつく。
「問題は技術レベルの高さです。現代の軍事技術を凌駕する魔法など、一般市民が扱うべきものではありません」
「つまり?」
「技術の管理下移行をお願いしたい」
エリアの顔が紙のように青くなる。
「管理下移行って……」
「技術を王国に提供していただき、適切な管理の下で研究開発を継続していただく」
「研究の自由は?」
セレスが知識人らしい鋭さで問う。
「制限されます。軍事転用リスクのある技術は、王国の承認が必要になります」
【魔核炉心】が突然、荘厳な声を発した。
『面白い提案だな』
アルベルトが驚いて振り返る。その瞳に、現実を超えた存在への畏怖が浮かんだ。
「今の声は?」
「【魔核炉心】です。古代の意識体ですね」
レオンが自然に説明する。
『人間よ、君は古代文明がなぜ滅んだか知っているか?』
「古代文明の滅亡?大災害によるものと聞いていますが……」
『技術の軍事利用が原因だ』
アルベルトの表情が深刻に変わった。その瞳に、歴史の重みを理解した者の恐怖が宿る。
『君たちが求めているのは、滅亡への道だ』
アルベルトが静かに【魔核炉心】に向き直る。
「古代文明の滅亡について、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
『技術の軍事利用がエスカレートした結果だ。最終的に世界の魔力バランスが崩壊し、大災害が発生した』
「つまり……」
「つまり、技術を軍事管理下に置くのは危険かもしれません」
レオンが遠慮がちに言う。
アルベルトがしばらく深く考え込んだ。その表情に、責任ある立場の者の苦悩が浮かんでいる。
「しかし、現状のまま放置するのも危険では?」
「なぜですか?」
レオンが心配そうに聞く。
「他の組織の関心です。あなた方の技術が知られれば、必ず他の人々も動きます」
セレスが理解を示すように頷く。
「それは私たちも心配しています」
「では?」
「第三の選択肢を提案してみても良いでしょうか?」
レオンが控えめに提案する。
アルベルトが興味深そうに眉を上げる。
「第三の選択肢?」
「技術の平和利用に限定した協力関係です」
レオンが誠実な瞳で説明する。
「軍事技術は一切提供しません。その代わり、民生技術での協力を行えればと思います」
「民生技術……具体的には?」
「医療、農業、インフラ整備。人々の生活を豊かにする技術です」
アルベルトの瞳が興味深そうに輝いた。
「どの程度のことが可能ですか?」
「病気の治癒率向上、農作物の収穫量増加、魔法インフラの効率化……」
レオンが慎重に答える。
「それは……」
アルベルトの瞳が希望の光で輝いた。
「王国にとって非常に価値の高い技術ですね」
「はい。ただし条件があります」
「条件とは?」
「技術の強制接収や軍事転用は一切行わないこと」
「それは……」
アルベルトが責任ある立場の者として悩む。
「私個人としては賛成ですが、上層部を説得するのは困難かもしれません」
その時、外から緊迫した声が聞こえた。
「技師団長!緊急事態です!」
アルベルトの表情が一瞬で厳しさに変わった。
「何事だ?」
「他の組織の人々が近づいています!目標はこの地区と思われます!」
工房の空気が張り詰めた。
「他の組織……」
セレスの美しい顔が心配そうになる。
「これはどういうことですか?」
レオンが不安そうに聞く。
「恐れていたことが現実になったかもしれません」
アルベルトが困った表情で答える。
「他の人々も、あなた方の技術に関心を持ち始めているようです」