第13話 逃げられない現実
第13話 逃げられない現実
朝食のパンが、まるで砂を噛んでいるように味がしない。
エリアはパンを小さくちぎって、それでも噛み込むのに苦労していた。昨夜からずっと眠れずにいたせいで、軍の調査班を魔法で撃退したのは良いが、これで本当に解決したのだろうか。目の下にくまができている。
「エリアさん、顔色悪いですね」
レオンがパンくずを払いながら、心配そうにエリアの顔を覗き込んでくる。
「昨夜のこと、気にしすぎではありませんか?」
レオンの声には、彼なりの気遣いがこもっていた。
「でも……また来るかもしれないでしょう?」
エリアの声がかすれている。彼女の手がカップを持ったまま静止していた。
その時、セレスが深く、まるで運命を受け入れるような重いため息をついた。
「来るわよ。間違いなく」
彼女の声に、確信が混じっていた。
エリアの手がカップを持ったまま小さく震え始めた。彼女の顔がまた一段と青ざめる。
「昨日の件で、政府はあなたの技術が本物だと確信したはず」
セレスがレオンを真っ直ぐ見詰める。
「軍の特別調査班を魔法で撃退できる民間人なんて、普通いない」
「それで?」
レオンが心配そうに聞く。
「次は、もっと本格的な組織が動く」
工房の空気が、まるで鉛のような重さで三人を押し潰そうとしていた。
「どんな組織ですか?」
レオンが不安そうに聞くと、セレスの美しい顔がさらに暗い影に覆われる。
「王国の古代技術対策部」
彼女が深く息を吸ってから、さらに心配なことを口にした。
「最悪の場合は……他の組織や人々も関心を持つかもしれないわ」
エリアの顔から、最後に残っていた血の気も完全に失われた。
「他の組織って……どういうこと?」
「この王国だけの問題じゃなくなるかもしれないのよ」
セレスの声が、普段の知的な落ち着きを失って震えている。
「いろいろな人たちが、レオンさんの技術に興味を持つでしょうね」
その言葉が工房に響くと、静寂が三人を包み込んだ。
レオンが両手で頭を抱える。彼の肩が小さく震えていた。
「僕は魔道具を作りたかっただけなのに……」
「もう手遅れかもしれないわ」
セレスの声が重い。
「あなたの技術は、もう個人の趣味の範囲を超えてしまってる」
エリアが今にも泣き出しそうな震え声で聞いた。
「どうすればいいんですか?」
「選択肢は三つ」
セレスが指を一本ずつ立てていく。その手がわずかに震えていた。
「政府に協力するか、逃げるか……」
彼女が一度息を止めてから、最後の選択肢を口にした。
「抵抗するか」
「抵抗って……」
レオンが困惑した顔を上げた。その瞳に戸惑いと恐怖が混じっている。
「どうやって対抗するんですか?」
「技術で自分たちを守るのよ」
セレスの瞳に、複雑な光が宿る。
「あなたの古代技術なら、ある程度の防御は可能なはず」
エリアが慌てて両手を振り回した。
「ちょっと待ってください!そんな物騒な話……」
「物騒?」
セレスがゆっくりと振り返る。その美しい顔に、現実の厳しさを知る者の表情が浮かんでいた。
「もうあなたたちは、難しい立場にいるのよ。貴重な技術を持ってしまったんだから」
ピーピーピー!
突然鳴り響く警告音に、三人が椅子から飛び上がった。
「まさか……もう来たの?」
エリアの顔が紙のように青白くなる。
レオンが慌てて表示パネルに駆け寄った。
「接近者……十二人!」
「十二人?」
セレスの整った顔が緊張に凍りついた。
「昨日の倍以上ね」
画面には、より厳重な装備を身につけた軍人たちが映っている。昨日とは明らかに規模が違う。
「どうしましょう?」
「第二層を起動しましょう」
レオンが手を伸ばしたが、セレスが素早くその手を掴んで止めた。
「待って」
彼女の声が震えている。
「あの装備……最新型の魔法対策装備よ」
「つまり?」
「第二層が効かない可能性が高い」
工房の空気が、ガラスが割れる寸前のように張り詰めた。
「じゃあ、どうすれば……」
その時、外から威厳に満ちた大きな声が響いた。
「工房の住人に告ぐ!王国魔導技師団の者が直接交渉を求める!」
三人が顔を見合わせた。互いの瞳に、同じ驚愕が映っている。
技師団が直接?
「王国の魔導技師団……」
セレスが青い顔で呟く。その声に、緊張が混じっていた。
「どういう組織なんですか?」
レオンが不安そうに聞く。
「王国でも上位レベルの魔導技師たちよ。彼らが直接来るなんて……」
彼女の声が震えている。
「これは、もう個人レベルの問題じゃないわ」
再び外から、威厳を持った声が響いた。
「三分以内に返答せよ!協力いただけるなら、身の安全は保証する!」
レオンがパネルを見る。十二人の軍人が、きちんとした陣形で工房を包囲している。
「どうしましょう?」
エリアが震え声で聞く。
「逃げましょうか?第三層で転移して……」
「難しいと思うわ」
セレスが困ったように首を振る。
「あの規模の部隊なら、転移先まで追跡する技術を持ってるかもしれない」
残り時間は二分を切っていた。
「話し合ってみましょう」
レオンが重い決断を下した。
「相手が何を求めているのか、まずは聞いてみませんか?」
「レオンさん……」
エリアが不安そうに見つめる。その瞳が潤んでいた。
「何とかなるかもしれません」
レオンがスピーカーに向かった。その背中に、決意と不安が入り混じっていた。
「分かりました。話し合いましょう」